墓荒らしと少女

作家: 榛葉 涼
作家(かな):

墓荒らしと少女

更新日: 2023/06/02 21:46
その他

本編



 結局のところ、生きるとは何なのだろう? 死んでしまうと終わりなのだろうか?

 そんな問いに対する答えなんて、きっと山ほどある。そしてどの答えを聞いても正解に聞こえてしまうだろう。なぜなら、真実は誰も知らないのだから。死人は何も、語らないのだから。

 ある国の少しはずれにある、穏やかな起伏の丘は墓地だった。これまでに死んでしまった者たちが土の中に埋められている。それは丘のてっぺんだって例外ではなかった。

 今日はあいにくの霧模様。視界が悪く……だから、こんな日に墓地を訪れる人なんていないだろう。一人の男はそう考えて、この墓地を訪れていた。

 男は一つの墓の前に座り込む。

「墓碑に花を添えることを献花というらしい。死んだ人への思いとか気持ちを花に込めるんだとさ。花屋の店主が言ってたよ」

 男が取り出したのは一輪の花だった。

「これはシオンという花だ。紫の花は献花にあまり向いていないらしいんだけど、色々調べてさ。どうしてもこれにしたかったんだ」

 男は花を墓碑の前に添えた。それだと風に飛ばされてしまいそうだったから、茎の部分に石を置いた。

 …………。

「……よし。やることはやった。ようやく、やれた」

 ふぅと一息ついた男。彼は背負っていた重荷から解き放たれる感覚に襲われたのだった。

「ここからはさ、俺の独り言なんだけど……」

 男は軽く深呼吸をする。

「生きるというのはたぶん、足跡をつけるってことなんだと思う。君と出会って、それから色々あってさ。俺はそう思うようになったんだ」

 男は自身の右手へと目を移した。痙攣を繰り返す右手には、切り傷や火傷の跡が色濃く残っている。

「足跡って、歩いたら出来るだろう? 当然だけどさ。でもずっと長くは残らない。浜辺の足跡は波にさらわれて消えてしまうし、道路の足跡はわだちに塗り替えられてしまう。長くなんて、残らない。 ……でもさ。足跡がついた事実は確かなんだ。歩いている方はそんなこと気にしないよな? いちいち後ろを振り返ったりなんてしないから。振り返っても、もう見えなくなっているかもしれないのだから。 でも――」

 男は自身の胸に震える右手を添えた。

「足跡をつけられた方は、結構覚えていたりするよ。忘れられなくて、ならないんだ。だからこうやって足を運んだ。もう一度……君と話がしたくてね」

 上ずる声で話す男。込み上げてくる嗚咽を必死に押さえ込んだ。

「そっちは、どうだい? 死後の世界ってあるのかな。そんなの生きている方は分かんないし、もし無くて、君の意識や存在が跡形もないんだったら……今俺がやってることは全部エゴなんだろうね。君に届いて欲しいなんて、こんな気持ちだって」

 男は墓碑に手を触れた。 ……ザラザラとした感触。男は何度も撫でた。何度も、何度も。

「……自己満足なんだよな、たぶん。死者を弔うことって、生者の自己満足なんだよ」


 ――霧深い丘の上。昔、人を不幸にするだけだった男の背中は妙に小さかった。
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