なぞなぞ
なぞなぞ
更新日: 2023/06/02 21:46その他
本編
「パパー、なぞなぞー!」
玄関に入った途端、息子の和斗(かずと)が駆け寄って来た。外回りが順調に終わり、社には直帰を申し出て帰宅した。和斗が起きている間に戻るのはかなり久しぶりだった。靴を揃えていると鼻先にまとわりついてくる土と汗が混じった匂いが懐かしい。キッチンからは妻の博美(ひろみ)の声が聞こえる。同時にカレーの匂いもしてきた。私は立ち上がると、なぞなぞ? と和斗の頭をなでた。二人してキッチンに向かう間もずっと話しかけてくる。
「あのねー、1と3と4とえーと……ママ、次なんだっけ?」
和斗は博美に小声で何か聞いてから「そう、6にはあって、2と5と7にないものなーんだ!」と、自慢げに笑った。私は一度首を傾げて博美を見た。彼女はカレーをかき混ぜながら振り返り、自分で考えたみたいよ、と目を細めた。私が洗面所、寝室、キッチンと移動する間も和斗はくっついて来て、なーんだ、を繰り返す。その度になんだろうなぁ、と適当に返事をしていたら、ちゃんと考えてパパ! とスウェットに履き替えた太ももを叩かれた。
「今日、パパ早く帰って来るわよって言ったら、ずっと廊下で待ってたのよ」
帰宅が遅い仕事なので、子供には最初のうちは恋しがられて懐かれるが、そのうちに愛想を尽かされ無視され出すのがオチだ、と会社の先輩も言ってたなぁ。しかし小一というのはこんなにも幼く、父親にくっつきまわるものだろうか? 何十年も前の自分の姿や周りの小学生を思い起こしていた。
「おー、今日はカレーか。先にご飯にしようよ、和斗」
私は大袈裟に言うとテーブルに着いた。
「パパ、分からないんでしょ?」
「分かるさ、でも先にカレーが食べたい。一緒に食べよう」
「パパはクイズ王にはなれないよ」
和斗は口を尖らせながら私の前に座ったが、自分用の甘口カレーが運ばれて来ると笑顔になった。私は博美が注いでくれたビールで喉を潤した。今日一日の疲れが洗い流されるようだ。自分の皿が半分ほどになると、和斗がまた始めた。
「……なーんだ?」
「問題なんだっけ?」
「だからぁ、1と3と4と6にはあって、2と5と7と、それから9にもないよ」
「難しそうだなぁ」
私はちょっとまじめに考え始めた。子供の考えるなぞなぞなんて、と思っていたが案外すぐに答えが浮かばないものだった。博美が、今、学校で習ってるのよ。それで思いついたんだって、とビールを注いでくれた。
「算数の授業ね」
と、博美が言ったところで閃いたものがあったが、同時に和斗が、答えはぁ、と始めた。ここで私がクイズ王になる必要はないかもしれない。
「答えは丸だよ!」
和斗はスプーンを皿の上に置くと、右手の親指と人差し指で小さい輪を作った。こちらから見ていると、指を握っているようにしか見えないが、本人は精一杯真円を作ろうとしている。パパ分からなかったー、と言ってまたカレーを食べ始めた。ずいぶん得意そうだ。私は心の中ではやっぱりな、と思いつつ、和斗に答えの解説を促した。和斗はカレーのお代わりを母親に頼むと、私に向き直って、じゃ教えてあげるよ、と言った。
「1はいっぷん、2はにふん、3はさんぷん、4はよんぷん、6はろっぷんでしょう? ほら1と3と4と6は『ぷん』だから◯が要るんだよ。でも、2と5と、えーと7と9は『ふん』だから◯は要らなーい」
自分の前に置かれたカレーを再び掬いながら、カレー大好き、と笑った。「難しかった?」と訊くので、あー、難しかったよ、と私は頭を掻いて見せた。和斗は満足した表情でカレーを平らげると、パパ、ゲームしよう! 最近スイッチやってないでしょう? 新しいソフト、ママに買ってもらったんだ、ガチョウが色々タスクをするんだよ、と自慢げにリビングに走って行った。博美は、ごちそうさまはぁ? と和斗の背中に投げかけて、もう、最近あのゲームばっかりしてるの、と自分もビールを一口飲んだ。私の知らない間に、和斗は足にまとわりつく天使から大人の仲間入りをしたい小さな人間になりつつあった。これから先私は、和斗と何回「ぷん」と「ふん」を共にしていけるんだろう? 私は自分のカレーを途中にしてリビングのソファーに座ると、スイッチのコントローラーを手にした。
「Yでガーって鳴くからね」
和斗は私の隣に座り、一つ一つボタンの説明をする。あー、分かってるよと私が言うと、和斗は一度顎を上げ、よしっ、と大人びた返事をした。画面には二羽のガチョウが現れ、よちよちと歩き始めた。
了
0玄関に入った途端、息子の和斗(かずと)が駆け寄って来た。外回りが順調に終わり、社には直帰を申し出て帰宅した。和斗が起きている間に戻るのはかなり久しぶりだった。靴を揃えていると鼻先にまとわりついてくる土と汗が混じった匂いが懐かしい。キッチンからは妻の博美(ひろみ)の声が聞こえる。同時にカレーの匂いもしてきた。私は立ち上がると、なぞなぞ? と和斗の頭をなでた。二人してキッチンに向かう間もずっと話しかけてくる。
「あのねー、1と3と4とえーと……ママ、次なんだっけ?」
和斗は博美に小声で何か聞いてから「そう、6にはあって、2と5と7にないものなーんだ!」と、自慢げに笑った。私は一度首を傾げて博美を見た。彼女はカレーをかき混ぜながら振り返り、自分で考えたみたいよ、と目を細めた。私が洗面所、寝室、キッチンと移動する間も和斗はくっついて来て、なーんだ、を繰り返す。その度になんだろうなぁ、と適当に返事をしていたら、ちゃんと考えてパパ! とスウェットに履き替えた太ももを叩かれた。
「今日、パパ早く帰って来るわよって言ったら、ずっと廊下で待ってたのよ」
帰宅が遅い仕事なので、子供には最初のうちは恋しがられて懐かれるが、そのうちに愛想を尽かされ無視され出すのがオチだ、と会社の先輩も言ってたなぁ。しかし小一というのはこんなにも幼く、父親にくっつきまわるものだろうか? 何十年も前の自分の姿や周りの小学生を思い起こしていた。
「おー、今日はカレーか。先にご飯にしようよ、和斗」
私は大袈裟に言うとテーブルに着いた。
「パパ、分からないんでしょ?」
「分かるさ、でも先にカレーが食べたい。一緒に食べよう」
「パパはクイズ王にはなれないよ」
和斗は口を尖らせながら私の前に座ったが、自分用の甘口カレーが運ばれて来ると笑顔になった。私は博美が注いでくれたビールで喉を潤した。今日一日の疲れが洗い流されるようだ。自分の皿が半分ほどになると、和斗がまた始めた。
「……なーんだ?」
「問題なんだっけ?」
「だからぁ、1と3と4と6にはあって、2と5と7と、それから9にもないよ」
「難しそうだなぁ」
私はちょっとまじめに考え始めた。子供の考えるなぞなぞなんて、と思っていたが案外すぐに答えが浮かばないものだった。博美が、今、学校で習ってるのよ。それで思いついたんだって、とビールを注いでくれた。
「算数の授業ね」
と、博美が言ったところで閃いたものがあったが、同時に和斗が、答えはぁ、と始めた。ここで私がクイズ王になる必要はないかもしれない。
「答えは丸だよ!」
和斗はスプーンを皿の上に置くと、右手の親指と人差し指で小さい輪を作った。こちらから見ていると、指を握っているようにしか見えないが、本人は精一杯真円を作ろうとしている。パパ分からなかったー、と言ってまたカレーを食べ始めた。ずいぶん得意そうだ。私は心の中ではやっぱりな、と思いつつ、和斗に答えの解説を促した。和斗はカレーのお代わりを母親に頼むと、私に向き直って、じゃ教えてあげるよ、と言った。
「1はいっぷん、2はにふん、3はさんぷん、4はよんぷん、6はろっぷんでしょう? ほら1と3と4と6は『ぷん』だから◯が要るんだよ。でも、2と5と、えーと7と9は『ふん』だから◯は要らなーい」
自分の前に置かれたカレーを再び掬いながら、カレー大好き、と笑った。「難しかった?」と訊くので、あー、難しかったよ、と私は頭を掻いて見せた。和斗は満足した表情でカレーを平らげると、パパ、ゲームしよう! 最近スイッチやってないでしょう? 新しいソフト、ママに買ってもらったんだ、ガチョウが色々タスクをするんだよ、と自慢げにリビングに走って行った。博美は、ごちそうさまはぁ? と和斗の背中に投げかけて、もう、最近あのゲームばっかりしてるの、と自分もビールを一口飲んだ。私の知らない間に、和斗は足にまとわりつく天使から大人の仲間入りをしたい小さな人間になりつつあった。これから先私は、和斗と何回「ぷん」と「ふん」を共にしていけるんだろう? 私は自分のカレーを途中にしてリビングのソファーに座ると、スイッチのコントローラーを手にした。
「Yでガーって鳴くからね」
和斗は私の隣に座り、一つ一つボタンの説明をする。あー、分かってるよと私が言うと、和斗は一度顎を上げ、よしっ、と大人びた返事をした。画面には二羽のガチョウが現れ、よちよちと歩き始めた。
了