恋文を読む人

作家: トガシテツヤ
作家(かな): とがしてつや

恋文を読む人

更新日: 2024/01/15 02:53
現代ドラマ

本編


「あの人、ラブレター読んでる」

 オープンテラスのカフェで、向かいに座っている妻が突然言い出した。僕の肩越しに誰かを見ているようだ。

「あー振り向いちゃダメ! 気付かれるから!」

 90度動かした首を再び妻の方へと向ける。

「なんでラブレターって分かるの?」
「人差し指でこう……文字をなぞるように読んでるの。横にね。私も昔、ああいう風に読んでたから」
「ラブレターを?」
「そう」

 一瞬、「いつ、誰からもらったんだ?」と、嫉妬の念に駆られたが、とりあえず耐える。メールやメッセージアプリ全盛の時代、手紙を、しかも文字を指でなぞりながら読むなんて、ずいぶんとロマンがある。

「ちょっと微笑みながら読んでるの。しかも、ラブレターを文庫本で隠してる。道ならぬ恋かしら」
「道ならぬ恋って、ドラマじゃあるまいし」

 妻の観察眼と想像力には感心する。でも、そうやって細かく説明されると、余計に見たくなってしまう。それを察知したのか、妻は「ダメだからね」と釘を刺す。
 確かに、僕が振り返って、もしその人と目が合ったりしたら、それはそれで気まずい。ここは妻のたくましい想像力だけで我慢しよう。

「どんな人?」
「女性で歳は……私達よりちょっと上かな。40の手前くらい。黒髪でウェーブ巻きのセミロング。綺麗な人よ」
「へぇ……」
「あなたの好みのタイプかもね」
「いやいやそんな……」

 興味のないフリをして、空(から)になったコーヒーカップに口を付ける。

 40前で黒髪でウェーブ巻きのセミロングで、指で文字をなぞりながらラブレターを読んでて……。

 ――しかも、僕の好みのタイプだと?

 僕の脳が物凄い勢いで女性のイラストを描く。僕の想像力も、決して妻に負けてない。
 あの映画に出てた女優さんか……いや、あのCMに出てたタレントさんか……いやいや、あのドラマのヒロイン役のあの人か……。

 妄想は止まらない。

「ダメだ! やっぱり気になるよ。そっと見ていい?」

 妻が「そっとね」と言うのと同時に、ゆっくり……ゆっくりと首を回転させ、チラッと後ろを見た。しかし、そこには白いベンチがあるだけで、誰もいない。僕は思わず椅子から立ち上がり、キョロキョロと辺りを見回す。

「バーカ」

 驚いて妻を見ると、「あっかんべー」と舌を出している。

「そういうことして、楽しい?」
「うん、すっごく」

 あまりにも眩しい笑顔でそう言うので、何だか許す気になった。
 僕は店員さんを呼び、無駄に働かせてしまった脳に糖分を送るため、コーヒーのおかわりを頼んだ。

「ふぅ」と一息ついてコーヒーを飲むと、僕の脳は、文字を指でなぞりながらラブレターを読む、妻の姿を描いた。

 ――可愛いとこ、あるじゃないか。
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