金魚アタック

作家: トガシテツヤ
作家(かな): とがしてつや

金魚アタック

更新日: 2024/03/13 20:37
現代ファンタジー

本編


「ただの風邪みたいですね。心配いりませんよ」

 動物病院の医師が真顔でそう言うのが、ちょっとおかしかった。金魚が風邪をひくなんて聞いたことがない。とにかく、心配はいらないってことで安心した。

「行くぞ」

 名残惜しそうに、ふよふよと医師の周りを漂う金魚に声をかけると、金魚は車の窓から遠慮がちに入って、静かに助手席に着地した。

「2、3日は水槽の中で安静にしないとな」

 水中で「安静」が成り立つのかどうかは分からないが、医師から言われた通りにするしかない。

 帰って玄関のドアを開けた瞬間、金魚達が一斉に泳いで来る。

「心配ない。風邪だとさ」

 俺は風邪っぴきの金魚と医師から処方された粉薬を1袋、そっと水槽に入れた。金魚は元気に泳ぎ出す。

 大気中に進出できるようになったとは言え、やっぱり金魚にとっては水中が快適なようだ。それに大昔、酸素は生物にとって猛毒だったと言うし、まだ金魚は順応できていないのかもしれない。

「みんな、ちょっかい出すなよ?」

 心配そうに水槽の周りに集まる金魚達にそう言うと、みんな俺の周りに集まって来た。ビスケットを細かく砕き、大きな皿に移す。

「俺は寝る。ちゃんと電気消してくれよ? 昨日、つけっぱなしだったぞ?」

 注意しないと、すぐに家中の電気をつけっぱなしにする。みんな「ON」は覚えたのに、なぜか「OFF」は忘れる。
 無視を決め込む金魚達に「あんまり電気代がかさむと、そのビスケットを買うお金がなくなるからな?」と言うと、みんなは一瞬「ギョッ!」とした顔で俺を見て、またすぐにビスケットを食べ始めた。

 ――まったく。結構良い値段するんだぞ? そのビスケット……。

 前に、安いビスケットを買ったところ、見事なまでに全員スルーしやがった。みんな舌は肥えているらしい。

 ベッドに横になると、掛け布団の隙間に何匹か侵入して来た。「寝返りを打つと潰すから、絶対に入って来るな」と、何度言っても入って来る。

 ――まぁ、風邪をひくよりはいいか。

 「おやすみ」

 そう呟いて、目を閉じた。
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