旅鳥

作家: わか
作家(かな): わか

旅鳥

更新日: 2023/06/02 21:46
その他

本編


春から夏にかけての大型連休。

僕はこの時期にかけて小旅行を毎年している。

風の吹くまま気の向くまま。
目的地は特に決めていない。
心の赴くままに一歩を踏み出す。

駅に着くまでの裏道。
傷付いて横たわる鳥と出会った。

ポーチから消毒液と包帯を取り出して
応急処置をする。

お腹も空いているのかな?
大事に抱えてロータリーに備え付けてあるベンチへ腰掛けた。

「どうしようかな…」

包帯を巻いてあげた足を撫でた後、ポケットからスマートフォンを取り出す。

カシャリ。

小さなシャッター音と共に小さな友人が画面に写し出された。

Googleで調べてみる。

「チドリ…かな」

渡り鳥にしてはまだ季節が早い。
きっとこの子は「旅鳥」なのだろう。

何らかの事情で怪我をおってしまったのか、詳細など分からないけど。

体もやや小さいのでメスだろう。
頭を撫でる。
鳴き声の1つもない。

ただ目を細めて息をしている。
それでもその羽は空へ飛び立ちたいのか、ピクピクと脈動を続けていた。

「どうしようかな」

祝日なので保健所の類いはやってないだろう。
かといって元の場所に戻すのも何だか気が引けた。

「一緒に行くかい?」

微かに聞こえるくらいの鳴き声。
何となく。

この子はもう長くないだろう。

そっと小さな友人をバックに忍ばせる。
5分の1程の、その小さな顔が出せるようにチャックを開けてあげた。

ガタンゴトン、と乗り継いだ路面電車から響く振動を気に掛けながら開け放たれた車窓からホンの少しだけ顔を出して景色を眺める。

鳥の群れが目に止まった。

小さな友人が顔を覗かせる。

「お仲間かい?」

応えなく顔を引っ込めた。

そうして終には終点まで辿り着く。
なんの事はない、しごくありふれた田舎の駅。

僕の故郷。

何年振りだろう、こうして目的地を目指して移動したのは。

ただ何となく、家族の顔が見たくなったのだ。

駅を降りて真っ直ぐに実家の裏手にある小高い丘へ向かった。

備え付けのベンチに腰掛け、小さな友人を出してあげた。

「飛べるかい?」

その小さな羽は頼りなく小刻みに脈動を続け、やがて徐々に大きなゆっくりとした羽ばたきを見せた。

「行っておいで」

そして僕は振り返りもせずにくたびれた靴を鳴らして歩き出す。

小さな友人のその後は誰も知らない。

ふいに僕の背中に優しい言葉が掛けられた。

「おかえり」

振り返り僕は言う。

「ただいま」

小さな友人との旅の話を土産に懐かしい扉を開けた。

ふと振り返る。

鳥の群れが空を大きく横切っていった。
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