ライン工のダニエラさん

作家: 蒸気宇宙船
作家(かな): じょうきうちゅうせん

ライン工のダニエラさん

更新日: 2023/06/02 21:46
SF

本編


「…そうなの…。貴方、正直なことを言うと、そろそろ仕事がしんどくなってきたのね」
ダニエラさんの母さんが優しい声をかけます。
「そういうこと。私はあの工場が開設された300年前からずっと、ライン工として働いてきたんだけど、ここ最近何というか…倦怠期が来たらしいのよ」
と、コケモモの缶詰工場で数百年間労働を続けてきたダニエラさんが応えます。

ここは様々な統治生産流通機構(国家・企業・コミューン等)が、ある『プロジェクト』を推進するために集結したソア国。
そのソア国の、ダニエラさんが棲んでいる生産集落に、『プロジェクト』本部の売店でお菓子を販売している母さんと、同じく本部の大食堂で、日夜研究に明け暮れる科学者・資金を提供するスポンサー企業役員・下働きの労働者たちのために餌を提供するコックの父さんが、休暇をもらって久々に帰ってきました。
そこでダニエラさんは父さんと母さんに、自分に倦怠期が来て今現在、仕事がつまらなく感じていることをお話ししているのです。
父さんもダニエラさんに話しかけます。
「なあダニエラ、お前も父さんも母さんも、一介の無名人に過ぎない。この『プロジェクト』が成功しても、称賛を浴びるのは研究者やスポンサー企業役員連中だ。だがな、そんな連中だって俺たちのような無名の裏方がいなくては、赤子も同然なんだぜ。裏方仕事のヒトが、長年日の当たらない仕事を続けてきて、そんな仕事が『面白くない』と感じるのは当然のことだな。それならば…」
父さんは、ダニエラさんが倦怠期から脱け出す方法を考えてみました。
父さんは3時間ほど考えて…。
「そうだな…。お前、60年間だけ学校に通ってみないか?そうして知見を広めた上で、卒業したらもう一度自分の職場に戻って、工場の役員を目指すんだよ。工場でなくとも、工事現場の監督でも派遣作業員でも修理工でも農場の小作人でも、何でも目指したらいい。とにかく、未来にはあらゆる可能性がある。その未来から、自分の進むたった1筋の道を択ぶのは他でもないお前自身だからな!」
「ありがとう、父さん!…あ、でも、私の働く工場の工場長って、ワンマン経営者体質がひどくて、『学校に通いたいから有給休暇をちょうだい!』ってお願いしても、にべもなく却下しそうなんだよね…」
ダニエラさんは、そう思いました。

翌日。
「おはよう!アイさん!!」
ダニエラさんが、同僚に挨拶します。
ところが…?
「…………」
アイさんの方は、何やら考え事をしているらしく、ダニエラさんの挨拶にも無反応です。
「アイさん!!!」
ダニエラさんは、ものすごい大声を発してアイさんの名を呼びます。
「…え?あ、ああ、ダニエラさん…。おはよう!」
と、先ほどまで何かを考えていたらしいアイさんが返します。

この日の勤務時間中、ダニエラさんは、アイさんから「自分の貯蓄ポイントがだいぶん貯まったから、60年間の有給休暇を貰って聖ンバンバ学園という掘立小屋のような学校に通学する」という話を聞きました。

アイさんとダニエラさんは、昼休みの時間帯が別々です。
そしてダニエラさんは自分の受け持つ部署の、ケントール不動産出身の班長と昼休みの時間帯が一緒です。
故に、ダニエラさんがカリカリとした餌を食っている横で、この班長が干草をモシャモシャと食むことも多々あるのです。
この日も、ダニエラさんは班長の横で、カリカリした餌を食っていました。

「ねえ班長、アイさんが60年間の有給休暇を取得したい、って言っているけど、あの強欲で従業員を搾取することしか考えていない工場長や役員連中のことだから、絶っ対に有給休暇の申請を却下すると思うのカリカリ。だからサ、私を含むこの班の班員全員でアイさんが工場長室に入室したら聞き耳を立てて、アイツらが『有給休暇却下』って言いだしたら、部屋になだれ込んで『ストライキ!』って叫ぼうよカリカリ」
ダニエラさんが、班長に話しかけます。
「…ふむ…。それは面白い話だなモシャモシャ。全員が全員、テレグラフ・ネット出身者で占められている工場長様以下役員の方々は、物理的な肉体をお持ちではない故に、疲労や眠気、その他生理的な不快感・苦痛をお感じにはなれないモシャモシャ。であれば、我々はストライキを訴えて、物理的な肉体を有する者の苦痛を、身を以てしてお解りいただくしかないだろうモシャモシャ」
と、班長。
そして班長は、自分の蹄でガリガリと床を引っかきました。
「ダニエラさんの意見に賛同した」というサインです。

そして、工場の従業員の勤務時間が退けて…。
ダニエラさんと班長の呼びかけで、コケモモ缶詰封入第7班の班員一同(10匹・班長をも含みます)が工場長室のドアの前に集結し、有給休暇の申請のために入室したアイさんと、工場長や役員連中の遣り取りに聞き耳を立てました。
案の定、強欲を絵に描いて額縁に入れたような工場長・役員連中は、従業員を搾取して自分たちが大儲けしたいという邪悪極まるホンネをあれこれ取り繕って、アイさんの60年間の有給休暇取得を却下しようとします。
しかし、突如なだれ込んできたダニエラさんたちによって、アイさんの有給休暇取得が認められたばかりか、工場を一時的に閉鎖して、長時間・低賃金労働に呻吟していた従業員もレイオフとすることが決定したのです。

さて、コケモモ缶詰工場の従業員全員のレイオフが決定したその日...。
ダニエラさんはアイさんと同じく、学校に通う決心を固めました。
そして、工場の閉鎖間近のある日、アイさんが非番で休暇を取っている間に、ダニエラさんは掘立小屋に毛が生えた程度の建物に構える、聖ンバンバ学園に入学願書を提出したのです。

「…ダニエラさん、あたし、貴方のことをずっとシャプレーっ子だと思っていた。けれど、ダニエラさんが今日お話ししたように、実はあたしと同じラニアケアにルーツがあるって判明したんだよね。だからその誼で、これからも一緒に登下校したり勉強したり給食を食べたりしようね!あ~、学校に入学する日が待ち遠しい!」
聖ンバンバ学園に入学する予定のアイさんは、ダニエラさんも同じ学校に入学すると聞いて、退勤時に語りかけます。
そしてダニエラさんも、満面の笑みを浮かべて応えます。
「ええ!私だって貴方と一緒に勉強する日、貴方に負けないくらいに、楽しみにしているよ!」

そしていよいよ、聖ンバンバ学園の入学試験当日がやってきました。
この日、ダニエラさんとアイさんの他には、4匹の受験者が来ていました。
ともあれ、ダニエラさんは適性検査が終了して、職員室のドアをノックします。
そしてこの学園の只1匹の先生であるヒノ先生が、ドアを開けて挨拶します。
「こんちゃ~っす!」
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