修理工のトークトークさん
修理工のトークトークさん
更新日: 2023/06/02 21:46SF
本編
「ピィィィ!シュシュシュシュ…ポッポ~!」
トークトークさんの擬似家族さんは、このように汽笛を鳴らしました。
「なるほどね…。でもね、擬似家族さん、あんたはそんなことを言うけど私はこの修理工房を手放したくないし、あんたとの擬似家族契約も解消したくない。それに、学校に通うつもりなんて私にはさらさらないの」
トークトークさんはヅバ株式会社という統治生産流通機構(国家・企業・コミューン等)出身で、50年前に擬似家族となったスチーム工業集団出身のヒトとの誼で修理工となり、小さな修理工房を開業しました。
ところが、ある日突然擬似家族さんは「この修理工房を売却して自分との擬似家族関係も解消しろ」と言い出したのです。
擬似家族さんはスチーム工業集団出身の自己再生産機械であり、工場で製造されます。
一方、トークトークさんはヅバ株式会社社員の通例として産みの親の顔を見たことがありません。
つまり、トークトークさんと擬似家族さんのどちらも「家族」という概念が希薄なのです。
しかしながら「擬似家族」であっても、自分と共に泣いたり笑ったり怒ったり労働したりメシを食ったり交尾をしたり…と、誰かと一緒に何かをしたいと思うのがヒトの情けというものです。
そして「棲み処」を介してヒトとヒトはつながるものなのです。
ところが、トークトークさんの擬似家族さんは突然何を思ったのか「2匹の棲み処の修理工房を売却して、それで得たポイントで60年間学校に通え。ついでに自分との擬似家族関係も解消しろ」と言い出して、聞き入れなかったら自分もハンガーストライキをして石炭の投入口を閉じてしまう、と主張し始めたのです。
スチーム工業集団のヒトたちは、蒸気機関で駆動します。
故に、一旦石炭の投入口を封鎖してしまうと、彼らは動けなくなってしまうのです(ちなみにスチーム工業集団のヒトたちは、500万年前に進化の過程で一旦熱した蒸気を凝縮させて水に戻し、それを循環させて再利用する方法を編み出したので、パイプやポンプ類が損傷しない限り水を補給する必要がありません)。
そうなると、ソーラーパネル衛星で発電した電気を地上に受電するための受電施設で働く擬似家族さんも出勤できなくなり、勢い、トークトークさんも自分の経営する機械修理工房で得た収入だけで生活をせざるを得なくなります。
これまで擬似家族さんと二人三脚で生活してきたトークトークさんにとり、このことは堪えられないのです。
そしてとうとう擬似家族さんは、「3000時間の期限付きでハンガーストライキを決行する。それまでに自分の要求を呑むように」などと汽笛を鳴らしてトークトークさんに伝えて、石炭の投入口を閉ざしてしまいました。
「…というわけなのよ。あのヒト、頑固なトコがあるから一度『こうだ!』と汽笛を鳴らしたら、何があっても自分の考えを曲げないんだから…」
トークトークさんはTV電話で『プロジェクト』本部勤務の100年前に擬似家族契約を交わしたものの、今現在はそれを解消しているラオ労働生産有限公司出身の腹鼓(はらつづみ)さんというヒトに近況を伝えました。
元擬似家族の腹鼓さんは、腹膜をポンポコポコポコと叩きながらトークトークさんに訊いてみます。
『…なるほどね。俺は「プロジェクト」本部に異動になったためにお前との擬似家族契約を解消したが、今の擬似家族のヤツも、お前との擬似家族契約を解消したいってのはどういう理由で…?』
「そうね…。私と擬似家族さんとの間には、トラブルらしいトラブルも無かったし、あのヒトが一方的に私との擬似家族契約を破棄する原因も思いつかない」
『う~むむ…。なるほど…。それじゃ、この理由はどうかな?お前がゼンマイ時計から核融合炉や常温超電導コイルまで、ありとあらゆる機器の修理で生計を立てていることは知っているが、それ以外の収入の宛として、お前には出身統治生産流通機構からの株式の配当があるんだろ?対して、あの擬似家族は一介の受電施設の保守・点検要員に過ぎない。自分が身を粉にして労働してようやく賃金にありつけているのに、トークトークのヤツは株式の配当でラクにポイントを儲けていやがる!許せん!!ってアイツが考えて、それで、どうせ株の配当だけで石炭が買えるなら――いや、お前の場合はコケモモが買える、だったな――ともあれ、そう考えて修理工房を売却して株の配当一本で学校の授業の合間に好きなだけコケモモを買ったらいい!!なんてキレかけているんじゃねーのかな?』
「それもないと思う。確かに、私には自分の所属するヅバ株式会社からの株式の配当っていう収入の宛があるけど、ここ30年間は修理工としての収入の方が、株式の配当より遥かに多い。それに、私の所有するヅバ株式会社の株も微々たるもので、自分だってここ70年ばかり株主総会にも出席していない。あと、ヅバの株なら擬似家族さんも持っているからね」
『なるほど…。お前のトコと俺の所属するラオ労働生産有限公司とは、企業の仕組みが根本から違う。俺は“株”と“蕪”の区別すらつかないが、トークトークさんだって株式の配当だけじゃ食っていけないわけだな。ならば、擬似家族を説得して学校行きを断念させて、修理工房を存続させるにゃ、どうすればいいものか…?』
結局のところ、腹鼓さんとお話をしても、答えらしきものは出てきませんでした。
翌日。
トークトークさんは軽便電車に乗って、自身の棲む集落郊外の、広大なコケモモ農場へと赴きました。
そこには、缶詰にもならないようなC級品のコケモモを安く売っているンカパさんというヒトが働いています。
ンカパさんはズズ連邦という統治生産流通機構出身で、農場で水耕栽培のコケモモの種を播き、液肥を流し込み、生長したコケモモの余分な枝を剪定し、授粉用超小型ドローンを操縦して花粉をめしべに付着させ、実が生ったらそれを収穫し、A・B・Cの等級に選別し、缶詰工場に納品し、枯れ枝を処分するという毎日を送っています。
そして缶詰工場にも納品できないようなC級品のコケモモは、3000匹を擁する農園の小作人が各自持ち帰って自身で消費するか、契約購買者に安く売却して収入の足しにしているのです。
ンカパさんも、そんな小作人の1匹として集落内で安くコケモモを買いたいというヒトのために、C級品のコケモモを路上で販売しています。
そしてその契約購買者の1匹が、トークトークさんでした。
トークトークさんは何時も、そのンカパさんからコケモモを炭筆10本で買っては、毎日ヨーグルトにそれを混ぜ込んで口にしているのです。
トークトークさんは、ンカパさんからコケモモを買ったついでに訊いてみました。
「…なるほどね。私も言語学教授の玄孫(やしゃご)から、『6万種類の言語しか理解できないのはズズ連邦のヒトにとっては恥だから学校に通ってもっと多くの言語を学んでほしい』なんてしつっこく言われている。でもね、他の統治生産流通機構のヒトが自分たち以外の言語で理解できるのは、せいぜい1000種類か2000種類だから、私だってこれ以上多くの言語を学びたいなんて思わない。学校に通って言語を覚えるよりも、私はコケモモ農園で毎日労働するのが性に合っていると思うの。まぁ自分語りはここまでとして、トークトークさん、あなたの擬似家族のスチーム工業集団のヒトって、製造年月日は何百年前になるのかしら?」
「え?製造年月日?」
そう訊かれたトークトークさんは、返答に詰まりました。
よくよく考えてみると、擬似家族さんが絶対紀元何百何十何億何千何百何十何万何千何百何十何年に製造されたのか、トークトークさんは只の一度も訊いたことがありませんでした。
「もしかすると…?」
「そう!あのヒトの思考回路が、もう寿命を迎えつつあるんじゃないか?って、私は思うの」
「なるほどね…。製造されて2500年から3000年も経過しているのなら、ボイラーの火を落として完全な休止状態が何十年続いたとしても、思考回路自体に寿命が来たっておかしくない。そして自己再生産機械だって、身体を構成するパーツの交換ができても、思考回路自体を交換したらもうそのヒトは別人ということになってしまう。
ちょうどンカパさんの可愛がっている計算機の『けーちゃん』が、他の計算機に取って代わられたら、のようにね」
「そういうことね。まぁ、私と『けーちゃん』は自分が胎児だった頃からの長い付き合いだから、今さら他の計算機に思考だとか演算だとかを任せたくはないけどね」
そういうとンカパさんは、自分のクセである髪に挿したカンザシに付いている小さな櫛を、指で突いてゆらゆらと揺らしました。
翌日。
トークトークさんは、スクィーズ民主集中制共和国連邦出身のヒトから依頼された玩具のナノマシンを修理したすぐ後に、ンカパさんに会いに行きました。
そのンカパさんは、軽便鉄道の駅のベンチでボケェ~っとしています。
そしてンカパさんの頭を見ると、トレードマークのカタカシラが解かれて、ザンバラ髪となっていました。
「ねえねえ、ンカパさん、やっぱりあのヒト製造年月日が…」
トークトークさんは、ンカパさんを見つけるや話しかけようとします。
ところが…。
「あんた、だれ?」
「え?え?ちょ、ちょっとンカパさん、何時もC級品のコケモモを買っている私のことを、いきなり忘れてしまったの!?」
「しーきゅーひんのこけももって?あんたのかおだとか、わたししらない」
トークトークさんは、ハンガーストライキを実行中の擬似家族さんのボディを隅々まで調べて、ようやくボイラーのネジの1本に製造年月日が刻印されていることを発見しました。
ところが、それをンカパさんに報告して適切なアドバイスを貰おうとしたのに、当のンカパさんは計算機が逃げ出したのか、いきなり記憶喪失になってしまったのです。
トークトークさんも、これには困り果てました。
「仕方がない。擬似家族さんがハンストから明けたら、自分で何とかあのヒトを説得するしかないか…」
そして擬似家族さんの、3000時間のハンガーストライキが終了する日…。
「そろそろハンストが終わる時間ね…。このヒトがハンストを終えたら、『あんたの言い分も理解した』とは伝えるけど」
トークトークさんはつぶやきます。
と、すると…。
「…シュシュ…プシュ~…ピッピー…ゴォォ…」
3000時間のハンガーストライキを終えた擬似家族さんは汽笛を鳴らしましたが、その汽笛は何やら元気がない様子でした。
「解ってるよ。あんたがもうすぐ機能を停止を迎えるから、その後は1匹で孤独に過ごすよりも学校で気の置けない仲間と新しい擬似家族を作れ、ってね」トークトークさんのこの言を聞いた擬似家族さんは、アームを振り上げました。
「了解した」とのジェスチャーです。
「シュシュ…プシュ~…ゴォ…」
擬似家族さんはそう汽笛を鳴らすと、動かなくなりました。
「ぎ…擬似家族さん…!?」
トークトークさんは慌てて工具を引っ掴むや否や、擬似家族さんのボディによじ登って思考回路のブラックボックスを開けました。
けれども、擬似家族さんの思考を司る真空管も記憶を司る磁気テープも、その他の思考関連の中枢回路はもう完全に寿命が来ていたのです。
この瞬間から孤独になったトークトークさんは、ボディから降りて、完全に機能の停止した擬似家族さんに語り掛けました。
「…擬似家族さん、今まで私を支えてくれてありがとう。だから、擬似家族さんの遺言通り、学校に通うことにするよ」
「…というわけで、私も擬似家族さんの遺言に従って、聖ンバンバ学園という学校に通うことにしたの。そのために修理工房を売却して、ついでにスチーム工業集団の慣習通り、機能の停止したあのヒトを解体業者にスクラップにしてもらって学費を工面したのよ」
軽便鉄道の駅のベンチに腰かけて酸っぱいコケモモを口にしながら、トークトークさんは計算機が戻ってきて何時ものようにカタカシラを結い上げたンカパさんに語りかけました。
「そうなの…。実をいうと私も玄孫ちゃんから『ひいひいお祖母ちゃんの可愛がっている計算機のけーちゃんが、もっとこの世界のことを知るために学校に行きたい!って言っている』なんて話されて、勝手に聖ンバンバ学園の入学願書まで提出されたの。私自身は気が進まないけど、ともあれトークトークさん、学校に通うようになったら一緒に勉強しようね!」
ンカパさんも、傷がついたり虫食いがあったり、あるいは誤って未熟な状態で摘果されて缶詰工場にも納品できないコケモモを口にしながら応えました。
そして聖ンバンバ学園の入学考査の日。
この日、トークトークさんとンカパさんの他に、4匹の入学希望者が来ていました。
トークトークさんは、入学適性検査を受けると、面接を受けるためにこの学園の唯一の教職員であるヒノ先生のいる職員室のドアをノックしました。
そして先生は、ドアを開けると挨拶します。
「アンニョン!」
0トークトークさんの擬似家族さんは、このように汽笛を鳴らしました。
「なるほどね…。でもね、擬似家族さん、あんたはそんなことを言うけど私はこの修理工房を手放したくないし、あんたとの擬似家族契約も解消したくない。それに、学校に通うつもりなんて私にはさらさらないの」
トークトークさんはヅバ株式会社という統治生産流通機構(国家・企業・コミューン等)出身で、50年前に擬似家族となったスチーム工業集団出身のヒトとの誼で修理工となり、小さな修理工房を開業しました。
ところが、ある日突然擬似家族さんは「この修理工房を売却して自分との擬似家族関係も解消しろ」と言い出したのです。
擬似家族さんはスチーム工業集団出身の自己再生産機械であり、工場で製造されます。
一方、トークトークさんはヅバ株式会社社員の通例として産みの親の顔を見たことがありません。
つまり、トークトークさんと擬似家族さんのどちらも「家族」という概念が希薄なのです。
しかしながら「擬似家族」であっても、自分と共に泣いたり笑ったり怒ったり労働したりメシを食ったり交尾をしたり…と、誰かと一緒に何かをしたいと思うのがヒトの情けというものです。
そして「棲み処」を介してヒトとヒトはつながるものなのです。
ところが、トークトークさんの擬似家族さんは突然何を思ったのか「2匹の棲み処の修理工房を売却して、それで得たポイントで60年間学校に通え。ついでに自分との擬似家族関係も解消しろ」と言い出して、聞き入れなかったら自分もハンガーストライキをして石炭の投入口を閉じてしまう、と主張し始めたのです。
スチーム工業集団のヒトたちは、蒸気機関で駆動します。
故に、一旦石炭の投入口を封鎖してしまうと、彼らは動けなくなってしまうのです(ちなみにスチーム工業集団のヒトたちは、500万年前に進化の過程で一旦熱した蒸気を凝縮させて水に戻し、それを循環させて再利用する方法を編み出したので、パイプやポンプ類が損傷しない限り水を補給する必要がありません)。
そうなると、ソーラーパネル衛星で発電した電気を地上に受電するための受電施設で働く擬似家族さんも出勤できなくなり、勢い、トークトークさんも自分の経営する機械修理工房で得た収入だけで生活をせざるを得なくなります。
これまで擬似家族さんと二人三脚で生活してきたトークトークさんにとり、このことは堪えられないのです。
そしてとうとう擬似家族さんは、「3000時間の期限付きでハンガーストライキを決行する。それまでに自分の要求を呑むように」などと汽笛を鳴らしてトークトークさんに伝えて、石炭の投入口を閉ざしてしまいました。
「…というわけなのよ。あのヒト、頑固なトコがあるから一度『こうだ!』と汽笛を鳴らしたら、何があっても自分の考えを曲げないんだから…」
トークトークさんはTV電話で『プロジェクト』本部勤務の100年前に擬似家族契約を交わしたものの、今現在はそれを解消しているラオ労働生産有限公司出身の腹鼓(はらつづみ)さんというヒトに近況を伝えました。
元擬似家族の腹鼓さんは、腹膜をポンポコポコポコと叩きながらトークトークさんに訊いてみます。
『…なるほどね。俺は「プロジェクト」本部に異動になったためにお前との擬似家族契約を解消したが、今の擬似家族のヤツも、お前との擬似家族契約を解消したいってのはどういう理由で…?』
「そうね…。私と擬似家族さんとの間には、トラブルらしいトラブルも無かったし、あのヒトが一方的に私との擬似家族契約を破棄する原因も思いつかない」
『う~むむ…。なるほど…。それじゃ、この理由はどうかな?お前がゼンマイ時計から核融合炉や常温超電導コイルまで、ありとあらゆる機器の修理で生計を立てていることは知っているが、それ以外の収入の宛として、お前には出身統治生産流通機構からの株式の配当があるんだろ?対して、あの擬似家族は一介の受電施設の保守・点検要員に過ぎない。自分が身を粉にして労働してようやく賃金にありつけているのに、トークトークのヤツは株式の配当でラクにポイントを儲けていやがる!許せん!!ってアイツが考えて、それで、どうせ株の配当だけで石炭が買えるなら――いや、お前の場合はコケモモが買える、だったな――ともあれ、そう考えて修理工房を売却して株の配当一本で学校の授業の合間に好きなだけコケモモを買ったらいい!!なんてキレかけているんじゃねーのかな?』
「それもないと思う。確かに、私には自分の所属するヅバ株式会社からの株式の配当っていう収入の宛があるけど、ここ30年間は修理工としての収入の方が、株式の配当より遥かに多い。それに、私の所有するヅバ株式会社の株も微々たるもので、自分だってここ70年ばかり株主総会にも出席していない。あと、ヅバの株なら擬似家族さんも持っているからね」
『なるほど…。お前のトコと俺の所属するラオ労働生産有限公司とは、企業の仕組みが根本から違う。俺は“株”と“蕪”の区別すらつかないが、トークトークさんだって株式の配当だけじゃ食っていけないわけだな。ならば、擬似家族を説得して学校行きを断念させて、修理工房を存続させるにゃ、どうすればいいものか…?』
結局のところ、腹鼓さんとお話をしても、答えらしきものは出てきませんでした。
翌日。
トークトークさんは軽便電車に乗って、自身の棲む集落郊外の、広大なコケモモ農場へと赴きました。
そこには、缶詰にもならないようなC級品のコケモモを安く売っているンカパさんというヒトが働いています。
ンカパさんはズズ連邦という統治生産流通機構出身で、農場で水耕栽培のコケモモの種を播き、液肥を流し込み、生長したコケモモの余分な枝を剪定し、授粉用超小型ドローンを操縦して花粉をめしべに付着させ、実が生ったらそれを収穫し、A・B・Cの等級に選別し、缶詰工場に納品し、枯れ枝を処分するという毎日を送っています。
そして缶詰工場にも納品できないようなC級品のコケモモは、3000匹を擁する農園の小作人が各自持ち帰って自身で消費するか、契約購買者に安く売却して収入の足しにしているのです。
ンカパさんも、そんな小作人の1匹として集落内で安くコケモモを買いたいというヒトのために、C級品のコケモモを路上で販売しています。
そしてその契約購買者の1匹が、トークトークさんでした。
トークトークさんは何時も、そのンカパさんからコケモモを炭筆10本で買っては、毎日ヨーグルトにそれを混ぜ込んで口にしているのです。
トークトークさんは、ンカパさんからコケモモを買ったついでに訊いてみました。
「…なるほどね。私も言語学教授の玄孫(やしゃご)から、『6万種類の言語しか理解できないのはズズ連邦のヒトにとっては恥だから学校に通ってもっと多くの言語を学んでほしい』なんてしつっこく言われている。でもね、他の統治生産流通機構のヒトが自分たち以外の言語で理解できるのは、せいぜい1000種類か2000種類だから、私だってこれ以上多くの言語を学びたいなんて思わない。学校に通って言語を覚えるよりも、私はコケモモ農園で毎日労働するのが性に合っていると思うの。まぁ自分語りはここまでとして、トークトークさん、あなたの擬似家族のスチーム工業集団のヒトって、製造年月日は何百年前になるのかしら?」
「え?製造年月日?」
そう訊かれたトークトークさんは、返答に詰まりました。
よくよく考えてみると、擬似家族さんが絶対紀元何百何十何億何千何百何十何万何千何百何十何年に製造されたのか、トークトークさんは只の一度も訊いたことがありませんでした。
「もしかすると…?」
「そう!あのヒトの思考回路が、もう寿命を迎えつつあるんじゃないか?って、私は思うの」
「なるほどね…。製造されて2500年から3000年も経過しているのなら、ボイラーの火を落として完全な休止状態が何十年続いたとしても、思考回路自体に寿命が来たっておかしくない。そして自己再生産機械だって、身体を構成するパーツの交換ができても、思考回路自体を交換したらもうそのヒトは別人ということになってしまう。
ちょうどンカパさんの可愛がっている計算機の『けーちゃん』が、他の計算機に取って代わられたら、のようにね」
「そういうことね。まぁ、私と『けーちゃん』は自分が胎児だった頃からの長い付き合いだから、今さら他の計算機に思考だとか演算だとかを任せたくはないけどね」
そういうとンカパさんは、自分のクセである髪に挿したカンザシに付いている小さな櫛を、指で突いてゆらゆらと揺らしました。
翌日。
トークトークさんは、スクィーズ民主集中制共和国連邦出身のヒトから依頼された玩具のナノマシンを修理したすぐ後に、ンカパさんに会いに行きました。
そのンカパさんは、軽便鉄道の駅のベンチでボケェ~っとしています。
そしてンカパさんの頭を見ると、トレードマークのカタカシラが解かれて、ザンバラ髪となっていました。
「ねえねえ、ンカパさん、やっぱりあのヒト製造年月日が…」
トークトークさんは、ンカパさんを見つけるや話しかけようとします。
ところが…。
「あんた、だれ?」
「え?え?ちょ、ちょっとンカパさん、何時もC級品のコケモモを買っている私のことを、いきなり忘れてしまったの!?」
「しーきゅーひんのこけももって?あんたのかおだとか、わたししらない」
トークトークさんは、ハンガーストライキを実行中の擬似家族さんのボディを隅々まで調べて、ようやくボイラーのネジの1本に製造年月日が刻印されていることを発見しました。
ところが、それをンカパさんに報告して適切なアドバイスを貰おうとしたのに、当のンカパさんは計算機が逃げ出したのか、いきなり記憶喪失になってしまったのです。
トークトークさんも、これには困り果てました。
「仕方がない。擬似家族さんがハンストから明けたら、自分で何とかあのヒトを説得するしかないか…」
そして擬似家族さんの、3000時間のハンガーストライキが終了する日…。
「そろそろハンストが終わる時間ね…。このヒトがハンストを終えたら、『あんたの言い分も理解した』とは伝えるけど」
トークトークさんはつぶやきます。
と、すると…。
「…シュシュ…プシュ~…ピッピー…ゴォォ…」
3000時間のハンガーストライキを終えた擬似家族さんは汽笛を鳴らしましたが、その汽笛は何やら元気がない様子でした。
「解ってるよ。あんたがもうすぐ機能を停止を迎えるから、その後は1匹で孤独に過ごすよりも学校で気の置けない仲間と新しい擬似家族を作れ、ってね」トークトークさんのこの言を聞いた擬似家族さんは、アームを振り上げました。
「了解した」とのジェスチャーです。
「シュシュ…プシュ~…ゴォ…」
擬似家族さんはそう汽笛を鳴らすと、動かなくなりました。
「ぎ…擬似家族さん…!?」
トークトークさんは慌てて工具を引っ掴むや否や、擬似家族さんのボディによじ登って思考回路のブラックボックスを開けました。
けれども、擬似家族さんの思考を司る真空管も記憶を司る磁気テープも、その他の思考関連の中枢回路はもう完全に寿命が来ていたのです。
この瞬間から孤独になったトークトークさんは、ボディから降りて、完全に機能の停止した擬似家族さんに語り掛けました。
「…擬似家族さん、今まで私を支えてくれてありがとう。だから、擬似家族さんの遺言通り、学校に通うことにするよ」
「…というわけで、私も擬似家族さんの遺言に従って、聖ンバンバ学園という学校に通うことにしたの。そのために修理工房を売却して、ついでにスチーム工業集団の慣習通り、機能の停止したあのヒトを解体業者にスクラップにしてもらって学費を工面したのよ」
軽便鉄道の駅のベンチに腰かけて酸っぱいコケモモを口にしながら、トークトークさんは計算機が戻ってきて何時ものようにカタカシラを結い上げたンカパさんに語りかけました。
「そうなの…。実をいうと私も玄孫ちゃんから『ひいひいお祖母ちゃんの可愛がっている計算機のけーちゃんが、もっとこの世界のことを知るために学校に行きたい!って言っている』なんて話されて、勝手に聖ンバンバ学園の入学願書まで提出されたの。私自身は気が進まないけど、ともあれトークトークさん、学校に通うようになったら一緒に勉強しようね!」
ンカパさんも、傷がついたり虫食いがあったり、あるいは誤って未熟な状態で摘果されて缶詰工場にも納品できないコケモモを口にしながら応えました。
そして聖ンバンバ学園の入学考査の日。
この日、トークトークさんとンカパさんの他に、4匹の入学希望者が来ていました。
トークトークさんは、入学適性検査を受けると、面接を受けるためにこの学園の唯一の教職員であるヒノ先生のいる職員室のドアをノックしました。
そして先生は、ドアを開けると挨拶します。
「アンニョン!」