創作講談 紅鬼~The Scarlet Rebellion~

作家: ふくだ るい
作家(かな):

創作講談 紅鬼~The Scarlet Rebellion~

更新日: 2023/06/02 21:46
詩、童話

本編


本日は私の為ではないとは言え、皆様方にはようこそのお運び、高座だけに高い所からではございますが、心より御礼申し上げます。
早速一席申し上げたいと思いますが、昨今、音声配信アプリが人気だそうで、皆さんはやった事がおありでしょうか?
私も最近やってみたんですけどね、寝落ち配信って言うんですか?
配信者が朗読をやっていましてね、いい大人でも、寝つきの悪い時は重宝するんですよ、そう考えますと、人はいくつになっても読み聞かせが好きな様でございます。
本日皆様方にお付き合い頂きますのは、そんな読み聞かせでやった、子供相手の昔ばなしでございます。

昔、出雲街道は新庄村の宿場にある旅籠屋に、さる武芸者が一人、草鞋を脱いでおりました。
ある晩、寝付けずに、囲炉裏に当たっていた時の事でございます。

「どうされました?旅のお方」

「おぉ、これはご主人、いやどうにも寝付きが悪くてな、この通り囲炉裏に当たっておったのじゃ」

「あぁ、左様でございましたか、でしたらここはひとつ私が、囲炉裏の火が消える迄ではございますが、昔話をお聞かせ致しましょうか?」

「それは有難い、どうにも暇を持て余して居った所じゃ」

「えぇ、えぇ、ではお茶なと、ご用意致しましょう」

男が茶を用意する主人をぼんやりと眺めておりますと

「ある男が家来を連れて、鬼を退治する話なのでございますが・・・」

「なんと、鬼とな」

「えぇ、あの、『鬼』でございます。ささ、お茶をどうぞ」

「お、おぉ、すまんな・・・」

「男は家来を連れて、鬼の郷を襲いました。
悪い鬼の話を聞いていたからでございましょう、事実、狼藉(ろうぜき)を働く鬼も少なからずおったそうですから。
しかし、『鬼』も『人』も、悪いもあれば善(い)いもあるのが常、全てが悪い鬼などという事は、決してございませんでした」

「ならば無用な殺生などは避けられたのであろうな、何事も対話が肝要だ。
我らは獣ではない、話し合いを持ってことを収むるに越したことはない」

それを聞いた途端、先ほどまで柔和だった主人の雰囲気がピンと張りつめました。

「話し合い、でございますか?
その様な生易(なまやさ)しいものはございません。
一方的な蹂躙(じゅうりん)、鏖(みなごろし)でございます」

「鏖・・・女子供もいたのであろう!」

「もちろん、女も、子供もでございます」

「何故そのような惨い仕打ちを」

「なにゆえ?これは異な事を仰られる。
女子(おなご)は子を孕むでございましょう?
産まれた子は成長し『鬼』になるのでございます、であれば、須(すべか)らく斬って捨てるのは至極当然の事、そうでございましょう?
男の目には、すべての鬼は等しく鬼だったのでございます。
こうして、郷は滅ぼされたのでございます」
と、物悲しい顔で虚空を仰ぐ、宿屋の主人。


郷が滅ぼされた時を同じくして、遠く離れた川にて、一匹の子鬼が魚を獲っておりました。
もう日も暮れかけておりましたので、両親の為にと捕まえた魚を携えて、子鬼は足早に引き揚げて行きました。
すると程なくして、どこからか何かの焦げる匂いが漂って来ます。
目を凝らして郷の方を見ると黒い煙が上がっておりました。
何事かと、子鬼は一心不乱に駆けて行きます。
郷へと近づく程に強くなる、鼻を突く異様な臭い。
嘔吐(えず)きながらも、子鬼がようやく村へ着いた時、そこは最早、地獄と呼ぶに相応しい悲惨な光景が広がっておりました。
家屋は焼け落ち、辺りは死体の山。
その亡骸(なきがら)も、手足を切り落とされた者、喉を食い千切られた者、眼(まなこ)を啄(ついば)まれた者、いや実に、様々でございました。
子鬼は狼狽(ろうばい)しガタガタと震えながらも懸命に両親を探しました。

「あ、あぁ・・・」

子鬼が見つめる先には、母を庇(かば)う様にして父が上から被(かぶ)さり、倒れておりました。
二人共、もう死んでおりました。
その上、二人の体を一振の陣太刀が串刺しにしていたのでございます。
ふらふらと近付いた子鬼は、力の入らない手で何とか太刀を引き抜こうとしますが、中々抜いてやる事が出来ません。
肉の感触が太刀を通して伝わる度、幾度も心が折れそうになりながらも、欠ける程に歯を食いしばり、やっとの思いで引き抜いた途端、真っ赤な血が溢れ出しました。

「おっ父、おっ母・・・」

子鬼は血に塗(まみ)れながら、泣き明かしました。
夜の帳(とばり)の中、子鬼が両親をはじめ、仲の良かった友達、お世話になった村の人達を、夜通し穴を掘り弔い終えた頃には、空はうっすら明るくなっておりました。
暫(しばら)くして、薄闇の中にずるずると、不気味な音を響かせながら、子鬼は自分の身の丈よりも長い、両親を串刺にしていた太刀を引きずって、島を出る為、船着き場へと向かいます。
産まれてからただの一度も、島の外になど出た事はありませんでしたが、恐れなどありません。
胸の内にあるのは、燃え盛る憎しみの紅(あか)い焔(ほのお)だけ。
それを宿したその身体も、両親の血で紅(あか)く染まり、小鬼ながらその姿は正に「紅鬼(あかおに)」でございました。
こうして子鬼は同胞(はらから)の仇(あだ)を討つべく、船を出すのでございます。

と、言いましても、どうやって仇を探し出すのか見切り発車もいい所だと言う方がいらっしゃるのも止む無き事、しかし皆さんあの陣太刀を覚えてらっしゃいますでしょうか?
唯一の手掛かりは件(くだん)の陣太刀、その太刀の鎺(はばき)にありありと、彫られましたる桃の家紋。
紅鬼(あかおに)~The Scarlet Rebellion~の一席、これを持って読み終わりと致します。
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