カフェオレと愚痴

作家: 小囃真己
作家(かな):

カフェオレと愚痴

更新日: 2023/06/02 21:46
その他

本編


 君が元カノに対してどうアプローチするかなんて僕にはどうでも良いことなんだ。
 それをどうこう語られたって困るんだ。
 相談とは言いつつ、自分の中で答えなんか決まっているのだろうし、僕はすぐにでもこの話を切り上げて、キッチンにあるスープの残りを温めてゲームを起動したい気分なんだ。
 なんてことを素直に言えるわけもなく、ずっとこの男の話を聞いている。
「ちょっと辛いことあってさ。自分でもどうして良いかわからなくて……。聞いてもらえない?」
 三十路男からこのLINEが届いたときに、僕は躊躇った。
 見ないふりをしても良かったが、既読もつけてしまったし、その後で言い訳しても後味が悪いだろう。
 全く忌々しい機能だ。
 概要だけは聞いてやろうと返事をすると、通話の方がいいと抜かす。
 感情的になっているときに、文章をまとめて他人に説明するのが面倒なのは僕も重々承知しているが、感情的になっている時こそ、文章にまとめて他人に伝える作業を挟むことによって冷静になれると言うものだろう。
 ……なんてこともやはり言えずに通話に応じたわけだ。
 そこから早三時間である。
 じっくり聞こうと思って入れたコーヒーは何杯目になったことか。カフェオレにして飲んでいたが牛乳の方が先に切れてしまった。
 愚痴の内容自体は、なんてことない失恋話だった。
 要は、付き合っていた彼女が実は浮気をしていて、それに気付いていながらも別れたくなかったから放置していたら彼女が逆上。貴方は私を愛していないだのなんだのと喚いた挙句、一方的に別れを告げて浮気相手のところに行ってしまった、というところである。
 それをこの男は、どうしたらよかったのかだの、まだ好きだの、どうしたらいいかだのとグチグチ僕の耳に垂れ流しているのだ。
 「あのさ……」
 僕もこれを言うのは何度目かと思いつつ、口を開く。
 「そもそも、彼女って浮気してる時点でお前のことそんな好きじゃないわけ。わかるか?好きならそもそも浮気なんかしないだろ?」
 そう返ってくることも予想していた、これも何度目か覚えていないが。
 「いや、彼女としては寂しくて、俺の気を惹こうとして浮気したんだよね。やっぱ俺が悪かったんだと思うんだ」
 無限ループって怖くね?という言葉が頭をよぎった。
 僕はそろそろ、この負の愚痴連鎖を断ち切るべく、確信を突くような言葉を言おうとして、
 「とりあえず、コーヒー用の牛乳が切れたからコンビニに買いに行っていい?」
 言えなかった訳で……。
 「あ、じゃあさ、俺さ、バイクでお前のとこ行くわ!牛乳買って!外寒いしさ、その方がいいだろう?」
 とんでもないことを言い出した。
 いや、別にとんでもない、と言うほどのことでもないのだが、既に深夜の一時過ぎである。来られたら、朝まで話した上で泣きつかれて、翌日昼から飲みに行かされるルートがありありと見える。明日は土曜日。仕事は休み。確実だ。
 僕は、諦めることにした。というより、受け入れることにしたが正しいか。
 「わかった。家で待ってるわ。低脂肪乳買ってきたらキレる」
 そう伝えると、明らかに嬉しそうな声で支度してすぐに向かうと言って通話は切れた。
 なんだかんだ言って、腐れ縁の三十路男でも友達に頼られるというのは悪い気はしない。
 この歳になって、昔馴染みとも疎遠になることもある中で未だ僕と付き合ってくれていることは少なからず嬉しい訳で。
 哀れにも、女に浮気された挙句に捨てられて傷心の友達を慰めてやるポジションもたまには良いな、なんて思いながらスープの残りを温めた。
 ちなみにこの後、三十路男は飲むヨーグルトを片手に訪ねてきた。
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