工事現場監督のネックさん

作家: 蒸気宇宙船
作家(かな): じょうきうちゅうせん

工事現場監督のネックさん

更新日: 2023/06/02 21:46
SF

本編


「ネックのヤツを学校に放り込んだろか…?」
工事現場で監督を務めるネックさんを観て、ネックさんの48親等さん(『プロジェクト』物理班統括)は思いました。
ネックさんはウプ共和国出身で、自身が胎児だった頃から建設・土木工事現場の監督となるべく生成されたヒトでした。
ところが、誕生して何百年経っても、ネックさんは工事現場の監督が上手くゆかず、ユーグレナ人の奴隷であるシャコやクラウド社会組織体の奴隷であるワラビー、もしくは神聖ホッジュ帝国附属藩王国連合出身の龍を、これまで何万匹も自身のヘマによって労災に追いやってきました。
そしてそれは、ネックさんが初めて現場に立って何千時間・何万時間経過しても、一向に改善されないのでした。
ネックさんの指示ミスにより、同胞(ウプ共和国出身の労働者)のみならず、シャコやワラビーや龍が何万匹も事故でケガや病気を負うわけなので、彼らの親玉であるミドリムシや雲塊や気嚢生物からは度々「我々のための労働力不足につながりかねない」という理由で懲戒請求が出されてきました。
ある時など、大陸規模気象制御センターの改築のための工事現場にて、ネックさんが「おやつは缶詰のコケモモにしようか…?」という考えにとりつかれて上の空になってしまったために約500メートルもあるクレーンが倒壊し、結果として同胞50匹・シャコ140匹・ワラビー150匹・龍20匹・クモ5匹・ハエ600匹を労災(裡死亡10匹)に追い込みました。
今時分、パワードスーツと生命維持システムが普及しているために、労災による死亡者は滅多に出ません。
しかしながら、この時はその「滅多に出ない」死者すら出てしまったのです。
そのためにワラビーの親玉である雲塊が大いに激怒して何百匹もネックさんの勤めていた作業現場に集結して、抗議のデモンストレーションとして地上目がけて毎日何万もの雷撃を落として、工事の中断を何年も余儀なくされました。
ここ、ソア国(というよりも『プロジェクト』に参加する全ての統治生産流通機構)では極刑としての死刑が禁止されていて、無期懲役もありません。
しかしながら、さすがにあの時はネックさんも建設に関与した18の統治生産流通機構より訴訟を起こされて、最高司法機関である『プロジェクト賞罰委員会』の下した判決として50年の懲役刑を食らいました。
そしてネックさんは無事刑期を終えて復職をしたのですが、その間もない時期に居住ブロックの造成の際に居眠りしたために生体建材にハエの労働者20匹が危うく呑み込まれかけて、またぞろ彼らの所属するフライ銀行グループより訴訟を起こされる羽目となりました。
ネックさんは、何度建設・土木工事現場で監督を務めても、必ず現場の作業員を労災に巻き込んでしまうのです。

今回もまた、ネックさんは広軌鉄道の補修工事のために監督を務めることとなったのですが、しばらく経過してネックさんは「お昼ごはんのメニューは何にしようか?」という考えで上の空になってしまい、危うく現場で働いていたクモ3匹をスクラップに変えてしまうところになりました。
たまたまそれを見ていたのが、非番で休暇を取っていたネックさんの48親等さんです。
48親等さんもネックさんの悪評については度々聞いていました。
また、ウプ共和国出張自治議会もネックさんがあまりにも工事現場の監督としてヘマばかりをやらかすものなので、新しく監督用の個体を生成し直すか否かで審議が行われているそうです。
…と言いますか、ネックさんが広軌鉄道の敷設現場の監督に就任する直前に審議が終了し、新たな工事現場監督用個体を生成することが閣議決定しました。
とすると、ネックさんの今後の身の割り振り方が問題となります。
ネックさんの48親等さんも、その点に関しては考えあぐねていました。
けれどクモ3匹をスクラップに変えてしまいそうになったところを見て、遂に決心をしたのです。

「…はぁ…。今日は大事には至らなかったけどよぉ、工事現場でクモ3匹を危うく特急列車で轢いて、スクラップにしちまうところだったぜ…。ねえパラさん、私がヘマをやらかさずに、工事の監督をするにはどうすればいいのか…?」
ネックさんはヘルメットを脱ぎながら、出張労働に来ていたアクトゥス・コミューン出身のパラさん(所属:労働階級)に話しかけます。
「それに関しては私に返答をする権限はない。監督であるネックさんの指示は絶対のもの。私は監督の指示通りにしか動くことはできない」
普段は何も考えないパラさんのリアクションは、このようなものでした。
そしてパラさんもヘルメットを脱ぐと、自分のかけていた眼鏡もついでに外して、レンズに付着した土埃を携帯超音波洗浄機で掃います。
パラさんの所属するアクトゥス・コミューン内のサブコミューンでは、昨50年度の財・サービスの生産量総数が前50年度のそれらを上回ったので、ニート(思考階級)のヒトたちによって構成されるサブコミューン評議会では、他の生産機構に余剰労働力である労働階級のヒトたちを貸し出すことを決定しました。
その誼でネックさんとパラさんは知り合ったわけです。
パラさんは、他者からの働きかけに対してリアクションを執るしかできないヒトではありますが、ともあれ、ネックさんと一緒にご飯を食べたり、休日には2匹揃ってドッグレースを観戦しに行くことも、ままあります。
しかしながら、パラさんにとり監督であるネックさんの指示こそが絶対的なものであり、故に監督の指示に口をはさむ権限なんて労働階級たるパラさんには存在しないと、自身は認識しているのです。

「その裡にパラさんも、私の指示ミスで労災に巻き込まれるのかなぁ…」
ネックさんは、そんなことをぼんやり考えながら、居住ブロックに戻ります。
「ただい…あ…」
居住ブロックの入り口付近に、一足先に帰っていたネックさんの48親等さんが斃れていました。
1分後…。
48親等さんが、むくりと起き上がり、開口一番ネックさんに語ります。
「ねえ、ネックちゃん、あたし、思うんだけど、貴方、60年くらい学校に通ってみないかしら?」
「え…?学校…?」
「学校」という単語を耳にした途端、ネックさんの形相が変わりました。
「イ…イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!が…学校!!!学校なんて行きたくないィィィィィ!!!!」
ネックさんは、何故か「学校」に何らかのトラウマがあったかのように取り乱しました。
「ネックちゃん、どうしたのかしら…?学校に何かあったかのように取り乱すなんて…」
48親等さんも呆れます。
ネックさんは、30分ほどピィピィ泣いた後、泣き疲れてその場で眠りました。
「まぁ、困ったわねぇ…。ネックちゃんがこんなにも学校を嫌うなんて思わなかった」
48親等さんは困り顔になります。

さて、ここからしばらく、このお話の視点はネックさんの48親等さんに移ります。
ネックさんが泣き疲れて100時間後…。

ガンガンガン!!

48親等さんが、ネックさんの部屋のドアを乱暴に蹴ります。
そしてネックさんがドアを開けると、48親等さんはずかずかと部屋に入ってナイフを抜き、それを部屋の中のテーブルにドスッ!と突き立てました。
「おいゴルァ!ネック!手ェ出せや!『学校に行かねえ』なんてふざけたことヌカしやがったら、その指詰めるぞ!!」
48親等さんは、ネックさんに対して恫喝します。
けれども…。
ネックさんはしおらしく両の手を出して、平然とこう言ってのけます。
「どうぞどうぞ。学校に行かなくて済むのなら指くらい何本でも詰めてもらっても結構。何なら手首ごと、そのナイフで切り落としますか?」
「あ、いや…。そのう…」
48親等さんは、まさかネックさんがこんな反応をするとは思わずに答えに窮しました。
結局のところ、この時、48親等さんも、スゴスゴと引き下がるしかありませんでした。

さらにそれから100時間後…。
48親等さんは『プロジェクト』物理班で一緒に働くヂーラ宗教共同体出身の同僚に、相談を持ち掛けました。
「…つーワケだべ。オラ、ネックのヤヅに、どーすでも学校さ行かせてーんだげんど、あいづ、『学校さ行ぎだぐねー!』っつって、駄々ごねでばがりいるだよ。オラ、どーすだらいいが分がんねー。おめえ、何かいい案はねーが?」
48親等さんは、仕事の合間にしゃがみこんで、同僚に話します。
そのヂーラ宗教共同体出身の同僚は、当地生産流通機構同士との交渉に携わる「一級交渉官」の資格を有しています。
けれどこの同僚は、個人同士の交渉の依頼なんて初めてなのです。
同僚は10秒ほど考えた後に、答えがひらめきました。
そして同僚は、キュルキュルと48親等さんにそのアイディアを話します。
「そらええアイディアだべ!んだらおめえ、オラと一緒にネックの家さ行っでくれねーだか?」
48親等さんは、満面の笑みを浮かべて、同僚のアイディアに賛同しました。

「最近、パラさんが現場に来なくなって、その代わりに、いろんな国家や企業やコミューンからの労働者が何百匹も投入されている。もしかして、パラさんのコミューンの中枢が労働力不足を危惧してあのヒトを自分たちのトコに戻しちゃったのかな…?」
新しい建設・土木工事現場監督用個体が就任し、自身がお払い箱になるまであと1カ月に迫ったこの日も、相も変わらずネックさんはこんな考えに取りつかれて上の空になってしまい、そのために1匹のイカの触腕を切断する羽目になりました。
いつもの通り、ネックさんは自身の所属する土木工事会社の役員から激しい叱責を受けた後、自宅に戻りました。
すると…。
ネックさんの居住ブロックの中には、既に48親等さんとヂーラ宗教共同体の48親等さんの同僚がいます。
48親等さんは、開口こう言い出しました。
「なあ、ネック、お前が学校に行かないなら…」
しかし、ネックさんの方も48親等さんが言い終わらない裡に反論しようとします。
「だから何度も言っているように、私は学校なんて行」

ドサッ

突然、ネックさんは斃れました。
「あ、死んじゃった…」
と、48親等さん。
そして10分後。
ネックさんはムクリと起き上がると、いきなりがなり散らしました。
「学校行けやて!?おう!ナンボでも行ったろやないかい!!で、どこの学校行け言うとんのや!?」
今の今まで「学校に行きたくない!」などと駄々をこねていたネックさんが、いきなり学校に行く気になったのです。
「あ、そう来たか…。というわけだ。あんた、無駄足だったな。ネックのヤツ、お前の助言なしで学校に行く気になったから、依頼料の1万ポイントの話はナシだ」
48親等の言を聞いた途端、旨い儲け話だと期待していたヂーラ宗教共同体の一級交渉官は、それがフイになったので口惜しがってピョンピョンと飛び跳ねました。
「まあお前、そう口惜しがんなよ。100時間後にアイツの人格がまた変わったらどうなるのか、俺にも分からん。その時に今度こそお前のアイディアが必要になるかもしれないぜ」
48親等さんは、一級交渉官を宥めました。

翌日。
「あ、パラ、久しぶりやな。何や知らんがお前が欠勤して、その代わりに作業員が仰山来てたが、何かあったんか?」
ネックさんが工事現場に来てみると、しばらく見なかったパラさんも現場に来ていました。
「私は今後60年間、聖ンバンバ学園という学校に通うこととなった。作業員が数百匹現場に投入されたのも私を可愛がっている『ニート』の兄弟の差し金。そして今日が自分の作業に来る最後の日となる」
パラさんがリアクションをします。
「お、ほうか?ワイの48親等も、その聖ンバンバ学園に自分放り込む言うてたで。ホナお前もワイと一緒に学校に通えるちゅうわけやな」
ネックさんは自分と仲の良いパラさんとこれからも一緒になれるわけなので、ニコッと笑います。

そして聖ンバンバ学園の入学審査の日。
この日、ネックさんとパラさん以外には、4匹の入学希望者が来ていました。
ネックさんは入学適性検査が終了すると、次に面接を行うべく先生の控える職員室のドアをノックします。
そして、この学園に只1匹しかいないヒノ先生が、ドアを開けて挨拶します。
「はいたい!」
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