ライン工のアイさん

作家: 蒸気宇宙船
作家(かな): じょうきうちゅうせん

ライン工のアイさん

更新日: 2023/06/02 21:46
SF

本編


「…ふうん、そうなんだ。ヒマを貰ってもう一度学校に行きたい、ってね」
アイさんの性的パートナーさんは応えました。
「そうそう。私は毎日ヴェルナルディ荘園連合付属コケモモ缶詰工場で働いているけど、貯蓄の目標ポイントを1カ月前にクリアしていたことに最近気づいたの。だから私、300年ぶりに学校に通学して友達も作って、わちゃわちゃしたいのよ」
朝のラヂオ体操の後に、プルコギベイクを口にしながらの2匹の会話。
何時もと変わらない朝に、アイさんは唐突に「300年ぶりに学校に行きたい」なんて言い出したのです。
「よし!俺も応援しよう!俺は生まれてこの方『ガッコウ』とかいう所に行ったことがないが、お前がその『ガッコウ』に行きたいのなら止めはしない。しっかり友達を作りな!」
性的パートナーさんもアイさんの背中を押します。
「おう!ありがと!」
アイさんは、プルコギベイクを青い瓶に入った飲み物と共にもしゃもしゃ食べて、その後で殺菌用の「口ゆすぎ」(「プロジェクト」にてバイオ産業を一手に引き受けているビオ複合企業体製)を自分の口に含んでくちゅくちゅと音を立てた後に薬品を「ペッ!」と庭に向かって吐き捨てました。
「行ってきま~す!さあ、今日は工場長に長期有給休暇60年を忘れないように申請しなくちゃ」
アイさんはそう独りごちると、颯爽と居住スペースからとび出て行きました。
「おう、行ってきな。さあて、俺も『プロジェクト保安委員会』からの出頭に応じなくちゃ」
どうやらアイさんの性的パートナーさんは、何やら不祥事をやらかしたようです。

「おはよう!」
「ンゴロ!」
「へパンタゴーロ!」
「ドワドワ!」
アイさんは、工場に到着するや否や、元気よく同僚に挨拶をしました。

フンフフフフ~ンフ~フンフフフフ~ンフ~♪

「どうしたの?貴方、鼻歌なんて歌っているけど…?」
シャプレー生まれ・シャプレー育ちの生粋の「シャプレーっ子」のダニエラさんが、作業中に鼻歌を歌っているアイさんに話しかけます。
「へへ~ん。実を言うと、私の貯蓄が目標ポイントを大幅に上回っていたことに最近気が付いたのよ。だから、そのポイントをはたいて学校に再入学するの!」
「へえ…。学校か。私も入学して青春を謳歌したいなあ」
「それなら何か私の役に立つことをしてちょうだい!聖ンバンバ学園っていうプレハブ小屋みたいな学校が、学費が信じられないくらい安いから、私、そこに行くの。ダニエラさんも、ちょっとその学校を覗いてみない?あ、でもシャプレーっ子大嫌いな先生だったら、どうかな~…」
「2匹とも、何を話している?作業に集中しないと指がとぶぞ」
ケントール不動産出身の班長が、2匹に注意して、カッポカッポと蹄の音を立てて通り過ぎます。
「う~ん…。別に指がとぶような作業なんて、していないんだけどな~…」
「気にしない気にしない!『指がとぶ』っていうのは、ケントール不動産の間で使われている慣用句みたいなものだから」
「まあ、ね。このソア国じゃ、いろんな統治生産流通機構が集まって『プロジェクト』を進めているから、どうしても言葉だとか価値観だとかの齟齬が生じるのよね~」
アイさんとダニエラさんは、そんなお話をしながらベルトコンベアーで流れてくる缶詰に、機械でコケモモを詰める作業をしていきます。

24時に作業が終了して、アイさんは早速工場長のオフィスに出向きます。
アイさんの働く工場は、工場長以下役員は全員テレグラフ・ネットのヒトたちで占められています。
彼らは仮想空間を介してでしかコミュニケートができませんので、勢い、入室したアイさんもノート型端末の前に座ってお話をすることになります。
ところが…。

「アイさん、あんた、60年間も有給休暇を取りたいなどと言っているが、ウチの工場は人材がカツカツなんだ。そんなに長期間休みを取られても困るんだよ…」
工場長は、アイさんの有給休暇を却下しようとします。
「そこを何とか…」
アイさんも負けてはいられません。
ここで引き下がっては折角貯めたポイントも他のことに消費しなくてはなりません。
そしてそんなことなんて、アイさんもイヤなのです。
「この工場で製造するコケモモの缶詰は、クモやパンケーキやハエを相手に売るものじゃない。この工場の労働者のようなヒトを相手に売るものだ。それに、キミが抜けたとしても、わが工場はスチーム工業集団やヂーラ宗教共同体やフライ銀行グループ出身の労働者のための設備も福利厚生も具えていない。キミが抜けたら、その後釜には誰が入るのかね?」
工場長とは別の役員が、にべもなくアイさんの届け出を撥ね退けようとします。
「…う~ん…」
アイさんも返答に困ります。
と、その時…。

がたがた…ごとごとごと……がたごとがたごと………どんがらがっしゃ~ん!!!

いきなり工場長室のドアが倒れて、ダニエラさんとケントール不動産出身の班長、その他アイさんの所属する班の工員一同が雪崩れ込みました。
「イテテ…」
全身を打撲したダニエラさんが、一番痛めた右腕をさすります。
「工場長様、アイさんは60年間の休職期間中に学問を修め、その成果を労働に活かす所存でございます。何卒、寛大なお心を示されてくださいませ」
班長が工場長に対して訴えます。
「そうそう、アイさんは単純に『労働をしたくない』という理由で学校に行くわけじゃないんです。様々な学問――例えば未来予測・イモ掘り・未来史・ジョーク・企業相手のマナー・各コミューンの思想・株価の変動を割り出す方程式・数万種類の言語、そしてこの『プロジェクト』が辿った歴史――とにかく、学校でありとあらゆる学問を修めて、このコケモモ缶詰工場を労働者にとり、より働きやすい環境に変えるために、休職をして学校に入学するわけなのです。それに、アイさんが休職した場合、労働者が1匹減るのでしたら、『プロジェクト』参加企業各所からの融資を受けて、工場をクモやパンケーキやハエの労働者でも働ける場所に変えるべきです。そのための『プロジェクト財務委員会』でしょう。そのためでしたら、私たちはいくらでも協力を惜しみません!」
ダニエラさんも、助け舟を出します。
けれど、ダニエラさんは尤もらしいことを言っていますが、「いい機会だからアイさんを休職させて、工場を改築のための一時休業に追い込んで、その間に『プロジェクト』からの補助金を受給しながら自分たちが怠けたい」ということがホンネでした。
そしてそれは、長時間・低賃金労働を行ってきた班長を含む労働者全員の総意でもありました。
「ストライキ!」
労働者の中の1匹が叫びました。
「「「「「「「「「「ストライキ!ストライキ!ストライキ!ストライキ!ストライキ!ストライキ!」」」」」」」」」」
それに呼応するかのように、他の労働者たちもシュプレヒコールを挙げます。
「…う~む…。我々の一存ではアイさんを休職させるべきか否かは判断しかねる。工場長である私の権限も限られているが、ヴェルナルディ荘園連合事務総局に問い合わせをしよう」
労働者たちに詰られた工場長は、自身の直接の上司であるヴェルナルディ荘園連合事務総局にコンタクトを執りました。
それから1分後…。

突然、ノート型端末に工場長以上の権限を持つヴェルナルディ荘園連合の末端事務員が映し出されました。
その事務員は、毛づくろいをしながら端末を介して労働者たちに語り掛けます。
「話は聞かせてもらったこの件は『プロジェクト』憲章のどの項目にも反さないためアイさんの60年間の有給休暇を認めるその期間中に工場の拡張並びに全ての『プロジェクト』参加統治生産流通機構出身の労働者に対応できるように工場のインフラ福利厚生配当を改善する各従業員もその間にレイオフとし再雇用もしくは復職に関しては我々が責任を以て対応する」
事務員は、早口の甲高い声で一気にまくしたてます。
「「「「「「「「「「うぉっ!!!ヤッタ~!!!!!」」」」」」」」」」
事務員の言を耳にして、労働者たちが大歓喜の声を挙げました。
そして工場長の方は、苦虫を噛み潰したようにつぶやきます。
「う~むむ…。我々よりはるかに大きな権限を持つ“荘園連合”事務員が言うのなら仕方がないな…」

そしてアイさんが60年間の有給休暇届けを提出し、30秒後にそれが受理されて1カ月後…。
「アイさん、いよいよ明日から60年間の有給休暇なのね」
ダニエラさんが、作業に入る前に更衣室にて、アイさんに話しかけます。
「そう!これから60年間、私ももう一度青春を謳歌するからね。ところでダニエラさん、あの時どうして工場長室の前で聞き耳を立てて、ついでに私に助け舟をだしてくれたの?」
「そりゃ~ね、私はシャプレーっ子だけど、祖先のルーツはアイさんと同じラニアケアにあって、ラニアケア出身者の誼で助け舟を出した、ってことよ」
「え?え?ダニエラさんの祖先ってラニアケア出身だったの!?まさか、私と同郷のヒトとは思わなかった」
「まあ、ね。でも、貴方がペルセウス・ピスケス出身やヒドラ・ケンタウルス出身だったとしても、私は仕事を怠けたかったからって言う理由で助け舟を出したと思うよ」
「なるほどね…」
「あ!そうそう!アイさん、私も貴方と一緒に学校に通いたかったから、この間の貴方が非番だった日に、60年間の有給休暇届けを提出したよ!そして私もそれが受理されちゃった!!」
「え!?そうなの!?じゃあダニエラさん、一緒に聖ンバンバ学園に通いましょうよ!」
というわけでダニエラさんも、アイさんと同じく60年間聖ンバンバ学園に通うこととなりました。

「…というわけなのよ。私と一番仲がいいダニエラさんも、60年間聖ンバンバ学園に通うことになったの。にしても、あのヒトも私と同じくラニアケアにルーツがあったなんて知らなかったな~」
アイさんはいつもと同じく、朝食のプルコギを焼きながら性的パートナーさんに話しかけます。
「なるほどね…。まあ、お前も仲のいい同僚と一緒に学校に通うことになったわけだ。しっかり学業に励んで、青春を謳歌するんだな!しゃきしゃき」
性的パートナーさんは、プルコギの焼ける前にサンチェを摘んで、アイさんに話しかけます。

そしていよいよ、聖ンバンバ学園の入学試験当日がやってきました。
…と言っても、単に適性検査を行って、面接をするだけですが。
この日、アイさんとダニエラさんの他には、4匹の受験者が来ていました。
ともあれ、アイさんは適性検査が終了して、職員室のドアをノックします。
そしてこの学校の只1匹の先生であるヒノ先生が、ドアを開けて挨拶します。
「あ、ちぃ~す!」
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