身代わり茶碗

公開
作家:トガシテツヤ
Twitter ID: Togashi_Design
更新日: 2023/03/01 10:07
ミステリー
概要

その茶碗が身代わりになったおかげで、母は助かった…。
本編

 実家に食器棚の一番上に、陶器製の茶碗がある。僕が知る限り、この茶碗が使われたことは一度もない。

 高校の時、夕食を食べようとすると「ガチャン」と音がして、慌てて台所に行くと、粉々になった茶碗を前に、呆然と立ち尽くす母がいた。僕が茶碗の破片を拾おうとすると、「触っちゃダメ!」と鬼のような形相で怒鳴られ、反射的に手を引っ込めた。母は「ああ、ゴメンね……大丈夫だから」と弱々しくこぼし、震える手で破片を拾い始めた。

 僕はおかしなことに気付いた。茶碗は半分だけが割れて、もう半分は綺麗に残っている。「こんな割れ方あるのかな」と不思議に思っていると、母は割れていない半分の茶碗と破片を手に乗せ、元あった場所、食器棚の一番上の手前にそっと置いた。

 2日後、病院から学校に「お母さんが交通事故に遭った」と連絡があった。自転車を飛ばして病院に行くと、母は左半身に重傷を負っていた。しかし、なぜか母は笑って、「あの茶碗が割れてくれたおかげで助かったのよ」と言った。意味が分からなかったが、とにかく命に別状がなく、後遺症も残らないとのことで安心した。

 家に帰って食器棚を見ると、割れた茶碗は元通りになっていた。

 僕は思わず、茶碗に手を合わせた。