短編「双生児」(原稿用紙11枚)

作家: aoisena
作家(かな):

短編「双生児」(原稿用紙11枚)

更新日: 2023/06/02 21:46
現代ドラマ

本編


僕と弟が特別な存在であると初めて知ったのは小学校のころです。

 僕と弟は、外見は顔も背格好も声までも瓜二つで、両親も間違えるほどでした。もちろん一卵性双生児というのもありますが、それ以上に僕たちはお互いを意識していたのだと思います。

 双子に生まれてきて双子らしく振舞って、双子を演じていた少年期でした。母はそんな僕たちには一般に双子を育てるように二人には同じものを買い与え、平等に育ててくれたものです。

 父は少し変わった人で、双子だからっていったって一人一人の個性ってものがあるだろ、というのが口癖で、父の意見では、同じ母からほぼ同じ時間に生まれてきたからといって一応、兄弟ってものもある。兄がいて弟がいる。俺は双子として育てるのではなく一般の兄弟として、兄には兄の弟には弟のそれぞれの環境ってものがある。別に兄らしく、弟らしく振舞えといっているわけではない。兄弟に気を使わずに好きなように生きて欲しい。生まれた時間の差が数分か何年かの違いだけだ。というのが父の持論でした。

 僕は母が好きで、弟は父になついていたようです。

 母はおやつには決まって同じものを用意してくれたのに対して、父は二種類の玩具を買ってきて、好きなほうを選びなさい、と必ず言ってきます。僕が弟の顔を窺いながら悩んでいると弟は決まって、「僕はこっちが好き」

 自分の好みがはっきりした性格でした。そうやって育てられると双子だからといっても性格の違いがだんだん顕著になってきます。小学校のときは、僕らはとても学校の成績が良く、秀才の佐藤兄弟で通っていました。小学校のときはクラスが一緒になることはありませんでした。

 ある日、弟は僕を誘ってこんなことを言い出しました。

「あしたお互いのクラスにでよう」

「どういうことだよ」

「だから、僕がお兄ちゃんのクラスの一組に出席して、お兄ちゃんが僕の四組に出席するのさ」

「嫌だよ、ばれるだろ」

「大丈夫だよ、お母さんだって友達だってよく間違えるし、成績だって変わらないじゃん。俺、お兄ちゃんのクラスの真知子先生、若いし、美人だし、俺超大好き」

「僕、明日日直だし絶対ばれるって」

「兄ちゃん明日、日直なのうわあ、ドキドキするわぁ」

「日直だからいろいろやることあるし、ばれるって」

「じゃ色々お互いのことを教えあおうよ」

 その日の夜、僕と弟はお互いのクラスことを出来るだけ詳しく教えあいました。次の朝、僕は渋々弟のクラスに出席しました。僕は弟の席をなにげに探し当て、座りました。僕はこれから始まる一日を思うと気が重かったのですが、緊張してそれどころではありませんでした。

 朝のホームルームで鬼塚先生は弟の名前を呼びます。

「佐藤賢二君」

「…はい」

「島田美樹さん」

「はーい。」

「須永幸男くん」

「はい」

…どうやら何とかばれずにすみました。

 一時限目から四時限が終わるまで僕はトイレにも立てないくらい気が気ではありませんでした。給食の時間を見計らって弟のクラスを覗きに行きました。すると、弟の賢二はやりたい放題やっていました。女子のスカートめくりをして女子たち追いかけられていました。

「賢一君がそんなことする人だとは思わなかった。待てー。」

 僕はさすがに弟を呼びます。

「兄ちゃん」

 クラスの男子が

「おい、賢一、弟が来てるぞ」

「えっ」

 弟は振り向き、遠くのほうから

「何だよ、賢二、用があるなら家に帰ってからでいいだろ」

 僕は渋々弟の四組に戻り、給食を食べ始めました。となりの席の女の子が

「賢二君、今日元気ないよ、どうしたの」

「いや、別に。それより明日香ちゃん。今日、誕生日でしょ。おめでとう」

「えー、何で知ってるの?ありがとう。うれしい!(賢二、女の子にはマメだな)」

 それからやっと長い一日が終わり、家に帰ってきました。その日の夜、僕は弟に向かって

「困るよ、あんなことされちゃ、女子だって僕のことどう思うか」

「平気だよ、彼女らアレでけっこう嫌がってなかったよ、それに兄ちゃんクラスで静かにしてるんだね、知らなかった。そうそう、隣の明日香ちゃんに誕生日おめでとうって言ってくれた?」

「一応ね、言っておいた。すごく喜んでたよ」

「サンキュー」

「明日香ちゃん俺のこと好きだからさ、言っておいておかないとね」

「ほかに変なことしてないだろ」

「明日、学校行ってみれば分かるよ、ふふふ」

 次の日、僕は自分のクラスに行くと真知子先生は僕を見て顔を赤らめていました。すると、友達の亮くんが

「賢一、勇気あるなあ、真知子先生の胸触るなんて、見直したよ、で、どうだった感触は」

「え、俺、そんなことしたの?」

「お前おぼえてないのかよ。嘘だろ、昨日、体育の時間でどさくさに紛れて真知子先生の胸触ったろ」

「あっ、そ、そうかな」

「とぼけちゃって、もう、でも賢一いつも静かにしているから見直したよ、勉強だけじゃないんだな、賢一は」

 その日から僕はクラスの男子から一目置かれるようになり、がり勉賢一、略して、がりケン、で通っていた僕のあだ名は払拭されました。それはそれでよかったと思います。ですがこのイメージチェンジは僕にとってはいい迷惑でした。僕は成績がいいことを理由に進学のときは決まって弟とは違う私立を親に志願していました。中学進学の時、母は僕の有名私立中学の受験希望に喜んでいましたが、父の

「学校は勉強するところじゃない、社会を学ぶところだ、義務教育が終わるまで公立に通いなさい」

 といわれ受験の前で僕の希望は砕けてしまいました。それから三年間また賢二と一緒の学校でした。高校受験では今度こそと親に頼み込みました。ですがお父さんが家を建てるという理由でまた僕の夢は叶いませんでした。高校からでしょうか、新しい家になってから賢二とはお互いの部屋が与えられお互いのプライバシーも守られるようになり、高校生という思春期もあり、お互い干渉しなくなりました。僕はもともと賢二のプライベートには関心が無かったのですが。高校は男子校だったので恋愛などの経験はありませんでした、しかし、賢二は他の女子高の生徒と付き合っていたようです。賢二も僕には無関心で、お互いそれぞれの高校時代を過ごしました。

 それから僕は東京大学に。賢二は一年間、予備校通いをした後、京都大学に進学しました。

 僕が大学二年の夏です。賢二は実家のある関東からはなれた京都で暮らしている気軽さか、自由奔放に暮らしていました。僕は一人で電車の旅を満喫していました。東海道線で西へ下りそれから、四国を周り、印象に残っているのは、松山であの夏目漱石の、坊ちゃんで知られる道後温泉に浸かったことです。温泉に浸かると、坊ちゃん、に出てくる赤ひげやその他の登場人物が頭に浮かんだものでした。それから九州を周り、北陸を回ろうと計画していた矢先、岡山の友人の家に泊めてもらったときのことです。

 僕の携帯電話が鳴りました。着信メロディ、ツァラツストラはかく語りき、は鳴りだしました。

 弟から専用の着信メロディです。僕は一瞬、取ろうかどうかと迷いましたが電話に出ました。

「賢一兄ちゃん、今どこにいるの?」

「岡山、友達の家に泊まってる」

「明日さ、京都、来てくれない」

「なんでよ、明日、岐阜に行って、高山線に乗って富山に出ようと思うんだけれど」

「いいから京都で遊んでいきなよ」

「どういう意味」

「別に意味は無いけどさ、とにかく待ってるから」

 電話は切れてしまいました。次の日、京都駅で賢二と待ち合わせをしました。それから賢二の部屋に行き、荷物を置いて少し休んでいました。こう弟の部屋をまじまじと見るのは初めてでした。雑然とものがおかれてあるのにも関わらず、どこか整然とした清潔感が漂っていました。布団はブルガリの香水の香りがしました。洗面所には歯ブラシが二、三本コップに刺さっていました。どうやら、彼女がいるみたいでした。このどことない清潔感は賢二の彼女の趣味でしょう。

「何じろじろみてんのよ、兄ちゃん。」

「いや、別に。」

「兄ちゃん彼女いるの、今?」

「今はいないけど。」

「今は、いない。ってことは、以前はいたってことだよね。」

「まあ、去年三ヶ月ぐらい付き合ってた娘がいたけど、なんか、雰囲気で別れた。」

「兄ちゃんも雰囲気で分かれるんだ、へええ」

「どういう意味よ。それ」

「まあまあ」

「ところでさ、相談なんだけれどさ」

「なに」

「明日、俺デートの約束があるんだ」

「だから。何」

「俺さ、彼女いるじゃん」

「はあ」

「いるの、彼女が」

「分かるよ、お前の部屋見れば」

「実はその娘と会ったことないんだよね、実は」

「どういうこと」

「携帯サイトでしりあった娘なんだけれど可愛いいし、乗りもいい子だったからさ、明日デートすることになったんだけど…」

「なに」

「明日さ彼女の誕生日なんだよ」

「じゃあ、断れよ。その娘に」

「もったいないじゃん」

「何がもったいないんだよ」

「セフレになるかもしれないし」

「で、何で俺がお前の代役を勤めなきゃならないんだよ」

「写メールとかで顔とか見せ合ってるし、ほかに代役が立てられないんだよ」

「どうしようもない弟だな」

「すいません、どうしようもない弟で」

 これで二回目です。賢二に成りすますのは。賢二は明日会う娘の写真を見せてくれ、今までの経緯や彼女の大学などを教えてくれました。

「彼女の実家は東北だからさ、まだ京都しらないから、一緒に京都見物でもしなよ」

 弟は僕に三万円を握らせ、

「明日のデート代と弟からの気持ち」

 彼女は立命館大学の一年生で聡美ちゃんといいました。次の日、京都駅に十時に待ち合わせをしました。僕は京都の地理にまだ詳しくなく十五分ほど遅刻してしまいました。僕はぎこちないそぶりで挨拶をしました。

「聡美ちゃん?ですか」

「はい」

「写真の通りだ、可愛いね」

「そうですか」

 彼女は写真や賢二とのやり取りのメールの内容の感じの子ではなく、清楚でおとなしい印象でした。それから、僕らは三十三間堂、清水寺、円山公園、嵯峨、嵐山など京都名所を周りました。デートというより、二人で京都観光した感じでした。

 彼女は口数が少なく、僕も彼女にあまり話しかけませんでした。夜になって新京極の繁華街を歩いていました。

 突然、彼女が謝ってきました。

「ごめんなさい」

「どうして、あっ、今日、つまらなかった」

「いや、そうじゃなくて…」

「じゃ、なに?」

「私、聡美じゃないんです」

「えっ」

「私は聡美の双子の妹で夏海といいます」

「ははは」

「何がおかしいんですか?」

「実は…」

 僕も僕が賢二ではなく賢一だということを夏海ちゃんに打ち明けました。彼女もどうやら納得したようでした。彼女も僕のことは聞いている人とは雰囲気が違い疑問を感じていたといいます。

 それはそうです。二十歳を超えてまで、弟になりすませるはずがありません。今回の『替え玉』は失敗に終わりました。

 ですが、以前の替え玉作戦の成功よりもはるかに良い収穫が得られました。今でも双子の夏海ちゃんとは東京と京都で連絡を取り合っている仲です。
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