戦場からの手紙

作家: yukiyanagi
作家(かな): ゆきやなぎ

戦場からの手紙

更新日: 2023/06/02 21:46
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本編


親愛なる我が妻へ
元気にしているだろうか?隣国との戦争が始まって、一ヶ月がたとうとしている。
僕が徴兵されて、君には心配と苦労をかけていると思う。手紙もなかなか出せずにすまない。
僕は元気だ。徴兵されたが、僕が前線に出ることはなく、いまは兵糧の警備が主な仕事だ。
たまに腹を空かせた兵士たちがつまみ食いに来るだけで、ここは平和そのものに見える。
だから、安心して欲しい。戦争が終わればすぐに君のもとへ帰れるから。それまでは苦労をかけると思うけど、どうか、耐えてくれ。
また手紙を書くよ。君は体が弱いんだから、僕がいないからってあまり無理をしないように。
愛しているよ、君の夫より。

追伸
君も知っている僕の友人のカイは、前線に送られたけれど元気にしている。実は、あいつがつまみ食いに来る兵士のひとりなんだ。
あいつは強いから、くたばったりはしないと思う。ただ、あいつは字が書けないから、カイの両親に、彼は元気にしていると伝えてくれ。じゃあ、また。




親愛なる我が妻へ

またしばらく手紙が出せなくてすまない。僕は元気だよ。相変わらず兵糧の警備をしている。
君からの手紙、読んだよ。元気そうで安心した。
何度も読み返しているせいでもうぼろぼろだ。早く君に会いたい。

前線に行っていた友人のカイが、手柄を立てたよ。敵の将軍のひとりを討ち取ったんだ。彼も、まわりの兵士もお祭り騒ぎだよ。確かに凄い事だ。敵に勝てば、戦争も早く終わる。早く終われば、君のもとへ帰れる。
でも正直、僕はカイの笑顔が怖かった。喜ぶまわりの兵士の姿も恐ろしかった。
人を殺した。殺したのに、なんで笑っていられるんだ?僕にはわからない。
まわりの仲間が、みな、化け物に見えてしまったんだ。

僕はその時、ようやく理解した。
ここは戦場だ。戦場なんだ。
平和だったから忘れていた。

いつか僕は、人を殺して、笑っているかもしれない。
あるいは、生首だけになっているかもしれない。
情けない男だ。いや、すまない。不安にさせるようなことを書いてしまった。
早く戦争が終わるよう、祈っていてくれ。愛しているよ、君の夫より。

追伸
君の手料理が早く食べたい。帰ったら、僕の好物をたくさん作ってくれ。わがままに聞こえるかもしれないけど、ここの食事は不味すぎるんだ。
お願いするよ。




親愛なる我が妻へ

手紙をありがとう。情けないことを書いてしまって、君は呆れただろうかと考えていたが、それは本当に馬鹿だった。
君は真実、僕を愛してくれているのだと実感したよ。情けない僕を認めてくれて、愛してくれて、ありがとう。
君の手紙は、言葉は、まるで魔法だ。臆病な僕に勇気をくれる。
この戦場で立つ勇気を。

伝えなくちゃならないことがあるんだ。
カイが死んだ。
カイがいた部隊もろとも、全滅した。

カイが敵の将軍を討ち取ったと、前の手紙で書いたと思う。
僕らの軍は、敵の将軍を討ち取ったことで勢いがき、ついには敵の領土にまで侵攻した。
だけどそれは、敵がある場所に僕らの軍を誘き寄せるための罠だったんだ。
将軍ひとりと、二千人の兵士の命を犠牲にした、恐ろしい罠。

敵の軍がこちらの軍を誘きだし、用意していたのは、広範囲を吹き飛ばすことのできる新兵器だと聞いた。
前線にいた兵士は、カイの部隊も含めてほぼ全滅だ。生き残ったわずかな兵士がそれを報せてくれた。

二千人の犠牲で、こちらは倍以上の損失を被(こうむ)った。戦線は瓦解して今度はこちらが攻められる側になった。

多分、君がこの手紙を読んでいる頃には、僕はきっと、戦場のどこかで死んでいるだろう。
そもそもこの手紙も君に届くかはわからない。
最後に何を伝えるべきか、やっぱり言えることが、伝えることがあるなら、それは一つだけだ。
愛しているよ、君の夫より。

追伸
君が手紙といっしょに送ってくれたクッキー、美味しかった。
手料理が食べたいっていう願いは叶ったから、違うことを願いたい。
早く帰って、君を抱き締めたい。
僕が願うのは、それだけなんだ。




親愛なる我が友人の両親へ

捕虜となった僕に、手紙をわざわざ送って頂き、ありがとうございます。
カイが戦死し、お辛い状況にも関わらず、僕の心配をしてくださっていることに、僕はなんとお礼を述べたら良いのかわかりません。

捕虜交換の使者さまが、この手紙を持って来て下さった時、僕はこの手紙が妻からなのではと思っていました。
最後に書いた手紙が届いたのだろうと。

しかし、その手紙が読まれることはなかったのだと、僕はあなた方の手紙で知りました。

我が国が出した休戦協定は受け入れられず、隣国は、我が国の全領土を明け渡すようにと通告し、その通告を我が国が拒否したこと。
そして拒否した結果、街が一つ、敵国に滅ぼされたということ。

その街が、僕の住んでいた、妻がいた街だったことを

僕はあなた方の手紙で、知りました。

僕より先に、妻が敵国兵に殺される事など、僕は想像していませんでした。

敵国が、どれだけ悪逆無道でも、兵士でもない、一般市民を殺すことなど想像していなかった。

息子を殺されたあなた方に、こんなことを言うのは間違っているかもしれない。
でも兵士である僕らはいつ殺されてもおかしくない。
けど妻は。あの街に住んでいた人は誰ひとり、殺される理由などなかった。
なかったんです。

敵国の目的は何なのか、捕虜となった僕は、彼らに訊(たず)ねました。

敵国の将軍は、笑って答えたのです。「肥沃(ひよく)な大地と、奴隷だ」と。

我が国に、彼らの蹂躙を止める力はもうないでしょう。
敵が新兵器を使うまでもなく、我が国は滅びることになる。捕虜交換の使者さまも、首だけになって、送り返されるでしょう。

でも僕にはもう、それを何とも思うことが出来ない。
誰よりも愛していた妻は、殺された。戦う理由も、生きる理由も、僕にはもう何も残されていない。

僕の手紙は、これで最期になります。手紙をありがとうございました。
あなた方の手紙が無ければ、僕はあの世で妻を捜せなかったかもしれない。

どうか、お元気で。

追伸
僕は人を殺しました。
こんな僕が、妻と同じ場所にいけるかはわかりません。
けれど僕の愛する妻は、待ってくれていると信じています。
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