目 / 第2話 : 繋がれた女(後編)、
目 / 第2話 : 繋がれた女(後編)、
更新日: 2023/06/02 21:46異世界ファンタジー
本編
目 / 第2話 : 繋がれた女(後編)、
脚本、蒼ヰ瀬名
声、〇〇〇〇
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「ええ、この女は西国の果てで奴隷として売られておったんです。ですが私は、」
とひょろながに、己が着る麻の装束を見せ、
「見ての通り東の国の者。こちらの米一俵があちらの胡椒ひとつまみ。この女は紛れもなく奴隷女のなかでは一等の品でした」
といって繋がれた女の足の裏を掴みあげで見せた。繋がれた女の土踏まずには、体をくねらせた蜥蜴が壁に張りついたような、西国独特の文字の焼印があった。Sと呼ばれるその印は西国の奴隷市場での「最上位」の印(しるし)である。
「この女の体重と同量の金が取引額、競りじゃあ手がでません。ですがね、」
と納屋の男、検非違使と思われるふたりに卑猥な顔を見せ、繋がれた女の、血塗られた唇をぺろりと舐めた。
女は、納屋の男の顔に唾を吐いた。
すると男は顔を真っ赤にし、狂った野犬のようになって繋がれた女を鞭で打ち始めた。揺れる焚き火が女の背にいく筋もの血の溝を浮かびあがらせる。女が打たれるたび、床が血で染まる。「ほらやめんか!それ以上やったら死んでしまうぞ!」納屋の男には聴こえない。「ぎゃあー」と女。納屋の男は腰の短刀で女の耳を削ぐ。「おおい!聞こえんのか!」納屋の男はそれを無視、膝で女の肩口を押さえつけ首元めがけ鉈を振りあげる。「おい、やめろ!」すると納屋の男は首を傾げ、ゆっくりひょろながを見つめた。わかりませんなあ、これは奴隷なんですよ、家畜の屠殺や稲の脱穀と同じじゃあないですか。という顔をした。「この国では奴隷は人殺しだ。殺したら獄門だぞ!それにお前の女房じゃないか!」しかし自分の踝まで転がってきた女の生首と目があって、ひょろながは気を失った。(間)外で馬が嘶いた。
しかし小太りの目にはこのように映っていた。首と両足を鎖で繋がれた女は、男の顔に唾を吐いたのではなく、顔を舐めたのだった。納屋の男は繋がれた女の腰に手を回し女の首筋を舐め返す。肩越しに小太りを見つめる女。女の長くて赤い舌はまるで蛇のように男の耳や首筋をつたい、鼻の穴や口のなかへするりと入る。納屋の男の十本の指は小太りが想像する通りに動く。まるで生きた蜘蛛のように女の体を這いまわる。それはすでに小太りの指だった。指は女の太腿から股、そして濡れた茂みへと入る。指が肌に触れるたび、体がびくんと反応する。指は濡れたヌルヌルする壺のなかで蠢く。吐息が嗚咽のようになる。馬乗りになって硬い陰毛が擦れる。まるで別の生き物のように滑らかに動く。小太りの固くなったものから白い液体が噴きだした。(間)外で馬が嘶いた。
外に繋がれた馬の嘶きで、ひょろながと小太りは同時に目覚めた。
「検非違使さま、この女、確かに東の国では随一の懸賞のかかるアカシバですがね、実は妖怪シコメなのです」
外の馬がまた嘶いた。時が凍った。そこに重く、濃密な沈黙が横たわった。ひょろながの目尻から垂れる脂汗が軒先にぶらさがるつららのように固まった。小太りは喉仏をぐいとあげたまま壊れたカラクリ人形のように膝を震わせている。
シコメとは、その昔、釈迦を誘惑しその釈迦の子を孕んだ醜女である。シコメはだれよりも醜い己の体から産み落とされたその水子が、あまりにも美しく神々しいので嫉妬して食べてしまった。激怒した釈迦はシコメの夢に現れ、この世のあらゆる悪霊をシコメの体に放りこんだ。際限なく迫りくる悪霊で狂ったシコメは眼前の恐怖を拭い去るため己のふたつの眼球を潰した。しかし盲目になった後もシコメのなかで悪霊は生き続ける。それこそが生き地獄であった。盲目の闇のなかで際限なく生きる悪霊たち。追い払う術はない。発狂するか死ぬしかない。しかしシコメはいつしか発狂も自殺もせず悪霊たちを己の体に封じ込め、やがてその悪霊たちを自在に野に放つ術を身につけた。と伝えられる妖怪である。
「シコメがなんだっていうんだ、ただの伝説じゃあないか」小太りが、ひょろながと、納屋の男と、繋がれた女を交互に見ながら、バネが外れた螺子巻き人形のようにカタカタと笑った。確かにただの伝説である。しかし事実この繋がれた女が本物のシコメとあれば、帝が直々に大軍隊を引き連れここへ攻めてきてもおかしくない。御所からほど近い山科の藪のなかにシコメが潜んでいる。その事実だけで都は大混乱に陥ってしまう。軒先のつららのように固まっていたひょろながの脂汗が、じわり目尻を伝う。小太りは両手をもて余しているのか腰につけた刀を差し直している。
朝廷の、刀のさし方さえぎこちない文官が、夜半にたったふたりで山科の藪の焼けた納屋を訪れている。(さりとてこいつらが検非違使だろうが賞金稼ぎだろうが、アカシバを奪い返しにやってきた連中だろうが、今宵の結果は変わるまいが…)、と納屋の男は思った。外でまた馬が嘶いた。
納屋の男は、突然、奇妙なほど陰鬱な口ぶりになって言葉を紡ぎ始めた。
「わたくしがこの三つ足の奴隷を手に入れたときも、やはり因果なのでしょう。想像を絶する血が流れました、つまりこの女を手にするということは…」
納屋の男は、正月の大市で売りさばく奴隷であり、女房でもある繋がれた女を買ったときの、つまり二年前の夏、西国の奴隷市で起こった大事件について、検非違使と思われるふたりに語り始めた。
(間)
東の空が白んできた。皚々たる雪原に黒い影がふたつ転がっている。ふたつの黒い影は粉雪とともに雪のなかに消えていく。馬を二頭、そして三つ足の獣をひいた黒い影が、西の雪原へと消えていった。
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Copyrighted by Blue-Sky Radio
Written by Sena Aoi