目 / 第1話 : 地獄での再会、

作家: aoisena
作家(かな):

目 / 第1話 : 地獄での再会、

更新日: 2023/06/02 21:46
異世界ファンタジー

本編


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目 / 第1話 : 地獄での再会、

脚本、蒼ヰ瀬名
声、〇〇○○
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 男の傍にいる弟子が遙かうえをゆびさした。
「と頭目!あ…ありゃア、カ犍陀多の兄貴じゃあるめえか!」
 弟子の指の、そのさきを見つめると、闇にぶらさがる胡麻つぶが見える。
 山の中腹のくぼみに腰をおろし、午(ひる)の鐘を聴いていた頭目はすっと目蓋を閉じた。
「それにしても頭目ぅ、熱ちィでやんす。地面は焼いた鉄鍋みてえだし、川は茹だったまま、あっこの針山なんか応挙の絵みてえに熱で折れ曲が」
「うるせえ…」
 どぼん。頭目の覇気に気圧され弟子は血の池に落ちた。頭目の身震いはとまらない。あの胡麻粒はやはり、このおれと血の盃を交わした唯一無比の愛弟子。あげくこの、おれさまを裏切った犍陀多にちげえねえ。それにしても犍陀多のやつ、なんでまたあんな闇の真んなかに…、頭目は首をひねった。そして頭目は額の溝に埋まるもうひとつの眼をひらいた。千里眼である。

 犍陀多の影が街を焼いている。影は略奪をし、宮殿に踏み入り、寝首をかき、強姦殺戮を繰り返している。殺した赤ん坊の生皮を剥ぎ楽器の皮にし、それを金や酒、莨や女に換えている。懐が寂しくなると影はまた街を焼き略奪を始める。しかしある日影は瀕死の傷を負い巨大な影に拾われる。瀕死の影は巨大な影と親子の盃を交わす。巨大な影率いる賊は瞬く間に天下の大盗賊団となる。すると影が次第に歪んでいく。あの裏切り者の影に。歪んだ影はやがて賊の一部を率いて街を焼き始める。略奪をし、宮殿に踏み入り、寝首をかき、強姦殺戮を繰り返す。そしておれが投獄されていたあの日…、おや?
 思わず頭目は千里眼を閉じ目蓋を開く。あたりを見渡す頭目。おれの千里眼がだれかに見られていた…。
 
 頭目が顔をあげると地獄の闇の真ん中に犍陀多を見つめるひとつの、馬鹿でかい目玉が煌めいている。おれを見ていたのはあの目玉だ。頭目はその眼玉のなかへと入っていった。

 ぞっとするほど冷える夜。ひと仕事終えた犍陀多が千鳥足で森のなかを歩いている。
 お、なんだあ?目をこすって足元をよく見る犍陀多。こりゃあ蜘蛛じゃあねぇか、退いてくれ悪いな。踏み潰そうとする。が、一瞬悲しい目を見せる犍陀多、踏み潰すのをどまった。やめだ。今日は西国まで出向いて砂漠の砂ほど人を殺したんだ。それに今宵の空は、ほら満月よ、おれさまの腹も財布も満腹満足。おめぇの命なんぞ犍陀多さまにとっちゃあ痛くも痒くもねえ、蜘蛛の命まで取っちまっちゃあ、釈迦のバチが当らあってもんよ。ささうちに帰りな。命を拾った一匹の蜘蛛は草むらの茂みをぬけ、女の股のなかへと消えていった。

 頭目は千里眼を閉じ目蓋を開いた。するとさっきのごま粒が、まるで蜘蛛の巣に引っかかった雨粒のように闇で光って震えている。頭目は煙草盆から眼鏡を取りだしさらによく見てみる。すると一筋の糸を有象無象の魑魅魍魎たちが犍陀多めがけて奈落の底から、まるで蜜にたかる虫のように昇ってくるのが見える。
「ははあ」
 頭目は膝を拍った。頭目の目は犍陀多のさらに上へうえへとたどっていく。
 地獄の天井を鏡合わせにした向こう側で、蓮に鎮座する影が糸を引いている。それが釈迦の姿だとわかった瞬間、頭目の肚から凄まじい怒りと憎悪がこみあがり、爆発した。頭目の全身を巡る血管が破け、臓物が飛び散った。
「極道めが…」
 頭目は、血の池で蠢く無数の影から弟子の腕だと思われる一本を引きずりだす。
「あの糸にたかる強慾を喰らい尽くしたものだけが極楽浄土にいけるのだ」
 と智慧を吹き込む。生前の罪悪が染み込んだ血の池の絶え間のない苦しみで発狂している影は巨大な蜘蛛に化けてごま粒の犍陀多めがけて疾走し始めた。奈落から這いあがる魍魎たちは一筋の糸を争いながら毒飴で誘惑し、裸絵で心を乱し、甘い言葉で欺きながら這いあがる亡者どもを奈落の底へ蹴落としている。
 化け蜘蛛は、糸にたかる亡者、亡者を食らう魍魎どもをさらに喰らいながらうえへうえへと昇っていく。

 犍陀多はというと、一向にうえにあがる気配がない。当たり前である、地獄から極楽へは億千萬里とあるのだ。化け蜘蛛は、罪人らの手や腕や太ももや脹ら脛や軟骨や膝、柔らかな肝臓、腎の臓、心臓、肺、胃、大腸、十二指腸、性器に溜まる栄養を吸い、骨の髄を啜り、眼球をほじる。耳、鼻、唇、破れた女の腹から飛びでる胎児を喰らいながら昇っていく…、
 そして犍陀多に襲いかかる。
「てめぇ!この糸をだれのものだと思って…降りやがれ!ててめえは!」
 その刹那、糸は切れた。
 針山の門前で腰をおろし、いっぷくしていた頭目は昼飯のことを考えていた。すると無明のなかから、どしん。
「またか…」
 犍陀多と化け蜘蛛が体をもつれあわせたまま、奈落の曲がった針山に貫かれていた。また釈迦にしてやられたのだ。頭目の捲れあがった皮、その肋骨の檻から見える破れた肺や心臓から、ドロドロになった忿怒が黒い血とともにぷすぷす噴きだしている。すると妙なことに針山で犍陀多と体を抱き合わせている弟子、つまりさっき頭目に血の池から引きずりだされたはずの弟子が這いあがってきた。
「まったくひどいでやんすよ頭目ぅ、覇気で血の池にふき飛ばすなんて、ん、ありゃあやっぱり犍陀多の兄貴、それと抱き合っているのはアカシバの旦那、」
「腐れ外道が…」
  頭目のさらなる気に気圧された弟子はまた、どぼん。
 頭目は億里眼をひらくため、さらなる瞑想の闇へと沈んでいった。
 
 奈落に落ちた犍陀多を看取したひかり輝く馬鹿でかい影が、極楽の蓮池からゆっくりとたちあがる。
 頭目の目に、もの悲しそうに輝く釈迦の背が映る。
 だが、散歩の合間に罪人の慾を弄ぶその浅ましさを、頭目は睨めた。

 極楽の蓮池は、なにごとにも頓着せず風に揺れている。豊潤な香りが午を告げている。





 頭目はさらに睨めた。
 馬鹿でかい目と、目が合った。




Copyrighted by Blue-Sky Radio
Written by Sena Aoi
2019/05/20/Mon
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