星のランプ
星のランプ
更新日: 2023/06/02 21:46詩、童話
本編
昔むかし、ある大都会のお話です。
この頃はまだ、どこもかしこも夜の明かりといえばろうそくやガスランプで、夜空に輝く月や星々が道を照らしていました。
あるお金持ちの夫婦が夕食の後にリビングでくつろいでいると、玄関のベルが鳴りました。
「こんな時間に誰かしら?」
夫人がドアをあけると、玄関先にはにこにこと人の良さそうな紳士が立っていました。
すらっと背が高く、黒いコートにシルクハット、右手には杖を持って、左手には黒いカバンを持っています。
「こんばんは。夜分に失礼します。わたくし、暗い夜のお部屋を照らす、とっても明るいランプを売って歩いていまして」
紳士は帽子をぬいでぺこりとお辞儀をしました。
「訪問販売の方ですか? あいにく間に合っていますので」
夫人はこの非常識な時間にやってきた商人を怪訝そうに見ながら、ドアを閉めようとしました。
もちろん、商人は引き下がりません。
「まあ、待ってください。奥様。この時間のお部屋の中、ちょっと暗すぎやしませんか? 今夜わたくしがご紹介する商品なら、夜のお部屋の中を昼間のように明るくできますよ」
夫人は商人の話に興味をそそられ、ちょっと続きを聞いてみようかという気になりました。
「どうやって部屋の中を昼間のように明るくするの?」
商人は待ってましたとばかりに持ってきたカバンを開けました。
夫人はまぶしさに思わず目をつむりました。
開けたカバンからとても強い光が出ていたからです。
「私があつかっている商品はこれです。夜空に輝いている星ですよ」
「まあ、なんて明るくて綺麗なんでしょう」
目のなれてきた夫人はうっとりと星を見つめました。
「これはサンプルなので小さいですが、ここから見える範囲の星ならば、どれでもお買い求めいただけます。暗くしたい時はこの特製の暗幕をかければ光はほとんどもれません」
「なんて素敵なお話かしら。でも、お高いんでしょう?」
夫人はもう心の半分では買うつもりで、うきうきしていました。
その様子を見て、商人はもう一押し。
「正直なところ、少しお値段は張ります。ですが、今なら特別大サービスで、寝室用の薄暗い星もお付けいたしましょう。星ならば火と違って、一晩中明るくしていても火事にもなりませんし、燃料代もかかりません。」
夫人はこれは是非買わなくてはと、リビングにいる主人を呼びました。
商人は家のご主人にも同じ説明をしました。
主人も夜の明かりとして星を所有できるということで、この話をたいそう気に入り、購入を決めました。
「あの、ひときわ輝いているやつがいいな」
と、主人はある星を指しました。
「大変申し訳ありません。先ほど、どれでもと申してしまいましたが、一等星はダメなのです。あまりに明るすぎて地上用には不向きですので」
それでは、と主人が別の星を選びましたので、商人はその星に向かって右手の杖をかかげました。
商人が釣り竿のように杖を引くと、主人が選んだ星がこちらに引き寄せられて、ついには商人が持っているランプの中に入りました。
それはもう、いままでのランプとは比べものにならない明るさです。
これを部屋に置けば、昼のような明るさになるのは間違いありません。
商人はおまけの薄暗い星のランプもわたすと、主人からお金を受け取り、
「まいど、ありがとうございました」
と言って去って行きました。
きっと、次の家に行くのでしょう。
少し高い買いものでしたが、夫婦は明るい星が大変気に入り、とても自慢の品になりました。
お金持ち夫婦のお隣さんは、急にとなりの家の中が昼間のように明るくなったので、とてもびっくりしました。
次の日、おとなりの奥さんはお金持ちの夫人に聞きました。
「奥様。昨日晩、お宅のお部屋がとっても明るかったけれど、何か新しいランプを買ったの?」
「あら、わかりましたか? そうなんですよ。実は……」
お金持ちの夫人は、星のランプを自慢したくて昨日の出来事をおとなりさんにすべて話しました。おとなりの奥さんは目をきらきらとさせてその話を聞きました。
「まあ、そんなに素敵なランプなら、ぜひうちでも買いたいわ。」
その晩、ちょうどいいことに商人がおとなりさんを訪ねました。
お隣さんはもちろん、星のランプを買いました。
次の日、そのおとなりさんやお向かいさんが夜でも昼のように明るい部屋の秘密を聞いて、さっそく商人をつかまえて星のランプを買いました。
その次の日も、そのまた次の日も同じ様にして星のランプはどんどん売れていきました。
会社や工場にも売れました。社長さんは、
「これで暗くなっても仕事ができて、大儲けだ!」
と喜びました。
部屋の中が明るくなると、外がとても暗く感じるようになりました。
そこで、お役所は街のみんなのために星の街灯を買うことにしました。市長さんは、
「これで暗かった夜道も、安全に歩くことができるようになるぞ!」
と大喜びでした。
気がつくとその大都会は夜でもとっても明るくなりました。
高台から大都会を見下ろすとそれはきらきらととても綺麗です。
人々は星のランプを手に入れて、とっても満足でした。
夜でも明るい街はとても豊かになりました。
そのかわり、この大都会から見える夜空には、すっかり星が少なくなりました。
「さて、次の街に行くとしよう。大都会は人が多いから大繁盛だ」
星のランプの商人は右手の杖をるんるんと振り回しながら、軽い足取りできらめく街を後にしました。
おしまい
0この頃はまだ、どこもかしこも夜の明かりといえばろうそくやガスランプで、夜空に輝く月や星々が道を照らしていました。
あるお金持ちの夫婦が夕食の後にリビングでくつろいでいると、玄関のベルが鳴りました。
「こんな時間に誰かしら?」
夫人がドアをあけると、玄関先にはにこにこと人の良さそうな紳士が立っていました。
すらっと背が高く、黒いコートにシルクハット、右手には杖を持って、左手には黒いカバンを持っています。
「こんばんは。夜分に失礼します。わたくし、暗い夜のお部屋を照らす、とっても明るいランプを売って歩いていまして」
紳士は帽子をぬいでぺこりとお辞儀をしました。
「訪問販売の方ですか? あいにく間に合っていますので」
夫人はこの非常識な時間にやってきた商人を怪訝そうに見ながら、ドアを閉めようとしました。
もちろん、商人は引き下がりません。
「まあ、待ってください。奥様。この時間のお部屋の中、ちょっと暗すぎやしませんか? 今夜わたくしがご紹介する商品なら、夜のお部屋の中を昼間のように明るくできますよ」
夫人は商人の話に興味をそそられ、ちょっと続きを聞いてみようかという気になりました。
「どうやって部屋の中を昼間のように明るくするの?」
商人は待ってましたとばかりに持ってきたカバンを開けました。
夫人はまぶしさに思わず目をつむりました。
開けたカバンからとても強い光が出ていたからです。
「私があつかっている商品はこれです。夜空に輝いている星ですよ」
「まあ、なんて明るくて綺麗なんでしょう」
目のなれてきた夫人はうっとりと星を見つめました。
「これはサンプルなので小さいですが、ここから見える範囲の星ならば、どれでもお買い求めいただけます。暗くしたい時はこの特製の暗幕をかければ光はほとんどもれません」
「なんて素敵なお話かしら。でも、お高いんでしょう?」
夫人はもう心の半分では買うつもりで、うきうきしていました。
その様子を見て、商人はもう一押し。
「正直なところ、少しお値段は張ります。ですが、今なら特別大サービスで、寝室用の薄暗い星もお付けいたしましょう。星ならば火と違って、一晩中明るくしていても火事にもなりませんし、燃料代もかかりません。」
夫人はこれは是非買わなくてはと、リビングにいる主人を呼びました。
商人は家のご主人にも同じ説明をしました。
主人も夜の明かりとして星を所有できるということで、この話をたいそう気に入り、購入を決めました。
「あの、ひときわ輝いているやつがいいな」
と、主人はある星を指しました。
「大変申し訳ありません。先ほど、どれでもと申してしまいましたが、一等星はダメなのです。あまりに明るすぎて地上用には不向きですので」
それでは、と主人が別の星を選びましたので、商人はその星に向かって右手の杖をかかげました。
商人が釣り竿のように杖を引くと、主人が選んだ星がこちらに引き寄せられて、ついには商人が持っているランプの中に入りました。
それはもう、いままでのランプとは比べものにならない明るさです。
これを部屋に置けば、昼のような明るさになるのは間違いありません。
商人はおまけの薄暗い星のランプもわたすと、主人からお金を受け取り、
「まいど、ありがとうございました」
と言って去って行きました。
きっと、次の家に行くのでしょう。
少し高い買いものでしたが、夫婦は明るい星が大変気に入り、とても自慢の品になりました。
お金持ち夫婦のお隣さんは、急にとなりの家の中が昼間のように明るくなったので、とてもびっくりしました。
次の日、おとなりの奥さんはお金持ちの夫人に聞きました。
「奥様。昨日晩、お宅のお部屋がとっても明るかったけれど、何か新しいランプを買ったの?」
「あら、わかりましたか? そうなんですよ。実は……」
お金持ちの夫人は、星のランプを自慢したくて昨日の出来事をおとなりさんにすべて話しました。おとなりの奥さんは目をきらきらとさせてその話を聞きました。
「まあ、そんなに素敵なランプなら、ぜひうちでも買いたいわ。」
その晩、ちょうどいいことに商人がおとなりさんを訪ねました。
お隣さんはもちろん、星のランプを買いました。
次の日、そのおとなりさんやお向かいさんが夜でも昼のように明るい部屋の秘密を聞いて、さっそく商人をつかまえて星のランプを買いました。
その次の日も、そのまた次の日も同じ様にして星のランプはどんどん売れていきました。
会社や工場にも売れました。社長さんは、
「これで暗くなっても仕事ができて、大儲けだ!」
と喜びました。
部屋の中が明るくなると、外がとても暗く感じるようになりました。
そこで、お役所は街のみんなのために星の街灯を買うことにしました。市長さんは、
「これで暗かった夜道も、安全に歩くことができるようになるぞ!」
と大喜びでした。
気がつくとその大都会は夜でもとっても明るくなりました。
高台から大都会を見下ろすとそれはきらきらととても綺麗です。
人々は星のランプを手に入れて、とっても満足でした。
夜でも明るい街はとても豊かになりました。
そのかわり、この大都会から見える夜空には、すっかり星が少なくなりました。
「さて、次の街に行くとしよう。大都会は人が多いから大繁盛だ」
星のランプの商人は右手の杖をるんるんと振り回しながら、軽い足取りできらめく街を後にしました。
おしまい
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