ワンシーン
ワンシーン
更新日: 2023/06/02 21:46現代ドラマ
本編
ひと筋の飛行機雲が強烈に刻印されてゆく青空の下、校庭のグラウンドは真夏の熱気を受けて燦々と輝いていた。野球部のエースが打った白球が見事な放物線を描きながら入道雲に吸い込まれてゆきそうな、そんな夏の放課後であった。打球音、ブラスバンドの楽器の音色、やかましい蝉の合唱。青春を謳歌するためのあらゆるバックグラウンドミュージックが揃っていた。
彼の真似をして、僕はここで顔を出すことにする。この物語には主人公は存在しない。ただ、夏の青春の理想を投影するだけである。教訓なんぞ、あるわけがない。絵画のように、いや、それ以上に、克明に。
とうに授業を終えた教室には、一人の生徒もおらず、そこに似つかわしい不思議な違和感が漂い、窓辺の机は直射日光のためにすっかり熱せられていた。通りかかった教員がつけっぱなしになっていたエアコンのスイッチを切った。かすかな送風音が立ち消えになると教員の足音が次第に遠のき、やがて教室には、なんの物音もしなくなった。しばしの間をおいて、二つ三つ離れた教室から姦しい笑い声がどっと沸き起こった。
やがて、その声の主たちが帰ってしまうと、どの教室も一様に押し黙ってしまった。
校庭の隅のコンクリートに、二人の陸上部員が玉の汗を流しながら座りこんでいた。
「あちぃなあ」
「夏だもん」
「そうは言ってもなあ。お前、なんとかしてくれよ」
「よせやい」
「おっ! あれ見てみろよ」
「ん? あれって?」
「庭球部の葛西さん。スタイルいいよなあ。眼福、眼福」
「お前、葛西さんには随分入れ込んでるもんな」
「そりゃあそうさ。あれだけの美人でスタイルが良くって、何よりお胸が……」
「よせやい」
「あー、にしても暑いなあ。なんとかしてくれよ、お前。」
「無理言うなよ」
再び僕は顔を出す。どうだろうか。真夏の青春をこの名も無い二人の男子生徒に託してみた。上手くいっていれば良いのだが。これまでの静止した情景描写を初めてこの二人が活動写真のごとく動かしてくれている! というのが僕の狙いなのだけれども。果たしてそんなに上手くいっているかしら。
先に進もう。
だんだんと日は落ち、辺りに薄茜の気配が漂い始めた。いよいよブラスバンドの音色や球児の打球音や生徒たちの笑い声がそれぞれの青春をより一層加速させていった。相変わらず蝉の大合唱は続き、少年少女たちの澄みわたるような人生の一場面を後押ししていた。誰もが心の奥底でこの素敵な時間が永遠であると無理やりに錯覚せずにはいられなかった。
橙の空はやがて桃色に変わり、そしてとうとう群青色に世界が包まれた。
「じゃあ、また明日」
「バイバイ」
「お疲れ」
銘々に別れを告げた彼らはこれから家路につく。偽りの永遠の表層がまた一枚剥がれ落ちた音に気付かないふりをして、彼らは明日も同じように平凡で素敵な一日をおくることだろう。
0彼の真似をして、僕はここで顔を出すことにする。この物語には主人公は存在しない。ただ、夏の青春の理想を投影するだけである。教訓なんぞ、あるわけがない。絵画のように、いや、それ以上に、克明に。
とうに授業を終えた教室には、一人の生徒もおらず、そこに似つかわしい不思議な違和感が漂い、窓辺の机は直射日光のためにすっかり熱せられていた。通りかかった教員がつけっぱなしになっていたエアコンのスイッチを切った。かすかな送風音が立ち消えになると教員の足音が次第に遠のき、やがて教室には、なんの物音もしなくなった。しばしの間をおいて、二つ三つ離れた教室から姦しい笑い声がどっと沸き起こった。
やがて、その声の主たちが帰ってしまうと、どの教室も一様に押し黙ってしまった。
校庭の隅のコンクリートに、二人の陸上部員が玉の汗を流しながら座りこんでいた。
「あちぃなあ」
「夏だもん」
「そうは言ってもなあ。お前、なんとかしてくれよ」
「よせやい」
「おっ! あれ見てみろよ」
「ん? あれって?」
「庭球部の葛西さん。スタイルいいよなあ。眼福、眼福」
「お前、葛西さんには随分入れ込んでるもんな」
「そりゃあそうさ。あれだけの美人でスタイルが良くって、何よりお胸が……」
「よせやい」
「あー、にしても暑いなあ。なんとかしてくれよ、お前。」
「無理言うなよ」
再び僕は顔を出す。どうだろうか。真夏の青春をこの名も無い二人の男子生徒に託してみた。上手くいっていれば良いのだが。これまでの静止した情景描写を初めてこの二人が活動写真のごとく動かしてくれている! というのが僕の狙いなのだけれども。果たしてそんなに上手くいっているかしら。
先に進もう。
だんだんと日は落ち、辺りに薄茜の気配が漂い始めた。いよいよブラスバンドの音色や球児の打球音や生徒たちの笑い声がそれぞれの青春をより一層加速させていった。相変わらず蝉の大合唱は続き、少年少女たちの澄みわたるような人生の一場面を後押ししていた。誰もが心の奥底でこの素敵な時間が永遠であると無理やりに錯覚せずにはいられなかった。
橙の空はやがて桃色に変わり、そしてとうとう群青色に世界が包まれた。
「じゃあ、また明日」
「バイバイ」
「お疲れ」
銘々に別れを告げた彼らはこれから家路につく。偽りの永遠の表層がまた一枚剥がれ落ちた音に気付かないふりをして、彼らは明日も同じように平凡で素敵な一日をおくることだろう。