コンビニがスイーツ店になる瞬間

作家: 中野 美夢(なかの みむ)
作家(かな): なかの みむ

コンビニがスイーツ店になる瞬間

更新日: 2023/06/02 21:46
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本編


「お次でお待ちのお客様どうぞー!」

家の最寄りのコンビニレジに並んでいる。

腕に抱えているのは、おにぎりと春雨スープとヨーグルト。ここまでの三つは予定通り。あと一つは、給料日後のちょっとした心の余裕と、甘美な誘惑に負けて手にしたシュークリーム。

もうすぐレジも私の番だから良いけれど、おまけのシュークリームを足したせいで、とても持ちにくい。これなら最初から、今日はデザート買うぞ!と決めてカゴを使った方が良かったかもしれない。

列がまた一つ前に進む。

「あ、やばい」

と思った次の瞬間、ガサッと床に落ちた私の今夜のご褒美さま。まぁ、潰れてる訳じゃないしいっか……と、しゃがんで拾おうとした。私の手より先に、サッとシュークリームが誰かの手で拾われた。顔を上げると、毎日のように寄るこのコンビニで見慣れない店員さんが、優しく微笑んだ。

「新しいのと替えてきますね」

「え、潰れてないから大丈夫……です」

私の返答が終わらないうちに、店員さんは行ってしまった。よりによって、カッコイイ店員さんにドジしたところを救ってもらった。嬉しいような、恥ずかしいような……。

「お次でお待ちのお客様どうぞー!」

私の番が来てしまった。とりあえず先に、レジに進む。一つ目のおにぎりのバーコードがピッと読み込まれる頃には、さっきの店員さんがシュークリームを横からニコッと置いてくれた。私は支払いの最中だったので、会釈しかできなかった。

お店の外に出ると、夕陽がほんのり空と私をピンク色に染めていた。


***


「なぁ、おつりで好きなの買ってきていいからさ!パパのビール、コンビニで追加買ってきてくれよう~」

「えー?私夕方も寄ってきたのに」

「お、ね、が、い♡」

「わかったから、それやめて酔っ払い」

渋々家を出て、あのコンビニへと歩く。今までだったらサンダルで行くけれど、スニーカーを履いた。期待してるわけじゃない。この時間なら、もう深夜帯のシフトの人しかいないはず。

自動ドアを過ぎてみたけど、レジには人の姿がない。なんだかほっとして、パンの棚を通り過ぎて、方向転換した私の心臓が止まるかと思った。かがんで商品棚の整理をしていた店員さんが、顔を上げ私に挨拶する。

「あれ?いらっしゃいませ」

私は思わず、気になっていたことを尋ねる。

「私が落としたシュークリームって……?」

「あ、僕が買って休憩中に食べちゃった♪」

彼はいたずらっぽく笑うと、レジに他のお客様が来て行ってしまった。

私もレジに向かう。

パパのビールと、プリンを二つ手に持って。

「お次でお待ちのお客様、どうぞ」

彼に呼ばれて、一歩前へと踏み出す。支払いを済ませた私は、プリンを一つ差し出す。

「バイト終わったら、食べてください」

この瞬間だけは、コンビニが揚げ物の匂いではなく、甘い香りに包まれた気がした。
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