首都高ドライブ

公開
作家:トガシテツヤ
Twitter ID: Togashi_Design
更新日: 2023/03/08 10:06
現代ドラマ
概要

クリスマスに仕事の予定がなくなり、どう過ごそうかと悩んでいると、突然電話が鳴った。
電話の相手は…。
本編

「クリスマス、会社休みになったよ。良かったな」

 上司の、あまりにもありがたくない報告に、俺は「そうですか」と返すのが精一杯だった。クリスマスは嫌いじゃない。頭のネジが外れてニュースや新聞に載ってしまうような馬鹿どもを見ながら仕事をするのは、それはそれで楽しい。

 さて、土日のクリスマスはどうしようか。そんなことを考えていた金曜日の夜、急にスマートフォンが鳴った。画面には番号のみが表示されている。仕事のトラブルだろうか。

「はい、峯田ですが」

「――もしもし?」

 女性の声だった。

「あの……番号しか出なくて、どちら様でしょうか?」
「へぇ、律儀に元カノの電話番号、消してるんだ」

 ――美沙?

 酷い別れ方だった。
 声を聞くのは、4年前に別れて以来となる。確か2年前に結婚したはずだ。2年前、友人に「美沙、結婚するらしいぞ。お前、式に出るのか?」と聞かれ、「呼ばれるわけないだろう?」と言うと、申し訳なさそうに「……そうか。すまん」と謝るので、何だか可笑しかったのを覚えている。

「首都高、まだ走ってるの?」
「まぁ、たまに」

 金曜日の深夜、俺はたまに首都高を走る。同じ料金でぐるぐる回れるし、無駄に煌びやかな光の中を走っていると、ほんの少しだけ日常を忘れられるような気がするからだ。

「連れてってよ」

 ――誰が連れてくかよ。

「分かった。30分後に流山(ながれやま)おおたかの森駅で」

 心の中とは裏腹の言葉を発した。まったく……俺もきっと「馬鹿ども」の中に入っているに違いない。

 流山おおたかの森駅に近付くと、駅前に女性がポツンと立っているのが見えた。この駅はつくばエクスプレスの快速と区間快速が停車する中核駅だが、終電間近となると、ほとんど人の姿はない。
 美沙は助手席のドアを開け、「隣、いい?」と聞くので、反射的に「もちろん」と答える。「もちろん」なんて、まるで「待ってました」と言っているようで、少し後悔した。
 シートにどっかりと座り、「ふぅ……」と大きく息を吐く横顔は、もうそれだけで何があったのかを語っているようだった。

 流山インターチェンジから常磐自動車道に乗り、すぐに首都高速6号三郷(みさと)線に入る。八潮(やしお)を通り過ぎて小菅(こすげ)ジャンクションに入る頃には、遠くに見えていた大都会のネオンがもう目の前だ。

 美沙は黙ったまま外を見ていた。車内にはFMラジオの能天気で耳障りなパーソナリティの喋り声だけが響いている。ハイテンションのガラガラ声で、少し不愉快になる。

 考えられるのは2つのパターン。

 1つは「誰かに愚痴りたい」、もう1つは……誰かと一緒にいたいが、余計なことは聞かれたくない。光栄なことに、俺がその大役に抜擢されたわけだ。辞書で「都合のいい男」と調べたら、きっと俺の名前が出るに違いない。

 小菅ジャンクションを抜け、中央環状線から葛西(かさい)ジャンクション、そして湾岸線からレインボーブリッジへと向かう。思ったより交通量が多く、車間距離を一定に保つのに全神経を集中する。やはり日付が変わらないと交通量は減らない。
 レインボーブリッジへ差し掛かると、ビルの隙間から東京タワーがチラチラと姿を覗かせた。いつものオレンジのライトアップではなく、赤や紫が混ざっているのは、きっとクリスマス仕様だろう。

「東京タワーって遠くから見ると綺麗ね。近くで見ると不気味だけど」

 4年前、同じようなことを言っていた。2人で東京タワーの真下に行った時、「夜空を突き刺しているようで怖い」と。その気持ちは分からなくはない。きっと何事も、遠くから眺めている方が綺麗に見えるに違いない。その方が幸せでいられる。

「あんなの、電気代の無駄よね」
「そう? 綺麗だと思うけど」
「まぁ、あなたのような夜景目的の人だけよね、喜ぶのは」

 ようやく口を開いたと思ったら、ずいぶんな言いようだ。きっとこの調子で旦那さんにケンカでも吹っ掛けたのだろう。俺は顔も知らない美沙の旦那さんに同情し、同時に申し訳なく思った。自分の妻が元カレと首都高ドライブしてるなんて、逆の立場だったら気が狂いそうだ。
 いや、そもそもおかしい。申し訳なく思うのは美沙の方だ。旦那さんに対しても、俺に対しても。

 ダンマリを決め込む美咲に、少しずつ怒りの感情が湧いてきた。いけない。無駄なエネルギーを使うべきではない。俺はハンドルを握る手に力を込める。
 都心環状線に入り、ビルの合間をジェットコースターのようにすり抜けながら、首都高速5号池袋線、そして板橋ジャンクションを抜ける。

「相変わらず凄いわね。目が回りそう」
「首都高のマップが頭に入ってるからね」
「へぇ」

 都心環状線は数百メートルおきに分岐と合流を繰り返すので、カーナビはほとんど役に立たない。常に頭の中でルートを表示し、今自分はどこを走っていて、どこへ向かっているのかを把握しながら運転しないとパニックになる。俺は慣れない頃、パニックになったら頭の中のルートマップを修正するまで、とりあえず前の車に付いて行った。そのおかげで、危うく中央自動車道に乗りそうになったことがある。

「帰るよ」

 江北(こうほく)ジャンクションを抜け、「常磐道」の文字が見えた時、このドライブには何の意味もないと悟った。

「うん」

 どうやら美沙は最後までダンマリを決め込むらしい。

 流山おおたかの森駅に着くと、「俺の番号、消せよ」と言った。もちろん「もう電話するな」という意味だ。美沙もその意味に気付いたようで、ゆっくりとスマートフォンを取り出し、俺の番号を消した。

「じゃ」

 そう言ってドアを開けた瞬間、「なぁ、旦那さんと見に行けよ、東京タワー」と言うと、「スカイツリーにするわ」と笑った。

「元気でね」

 ――バタン。

 途端に静寂が訪れる。

 ラジオからは、女性パーソナリティの声、とても優しい、優し過ぎる声が聞こえた。

 ――こんな時だろう、お前の出番は……。

 なぜか、あの無駄なハイテンションでガラガラ声が聞こえないことに少しだけ苛立ち、ラジオを切った

 そして、自宅へ向けてアクセルを踏んだ。