銀の角

作家: ゆり呼
作家(かな):

銀の角

更新日: 2023/06/02 21:46
異世界ファンタジー

本編


  「ラーフェス! ラルフェ! ラース!!」

 

マレーンの声がした。
彼女は多くの名でぼくを呼ぶ…。
…ここには、もうぼくとマレーンしかいないのに…。



「ラルフェ・デミグリアス! 宇宙船が来たわ!」

(あざやかな宇宙船[紅飛鳥-べにひちょうー]のイメージ。そして彼女の故郷。)

それは彼女の心いっぱいを占めている。



「ラーフェ! ーああ、ここね。ここよ、ねえ、来たわ、レストム(異世界の人々)が」
ーああ、わかるとも。そのため君の頬はバラ色、君の青の目は輝き、
黒色の髪は宇宙まで舞い上がってしまいそうだ。


「ラーフェ…? 具合悪いの?」
ー心配しないで。君の言葉は聞こえているよ。紅飛鳥もレストムも。
「! そう、よかった。待っててね、今、鉱石を取り替えてあげる」

マレーンはぼくの額の銀の角に手を延ばし、その角にはめ込まれた鉱石を取り替えた。

(ーあざやかなーあでやかなー紅ー鳥ー鳥ー小さな…)



ーねえ、異世界の人々は、互いを見つめるよ。光をうつす目があるんだね、君みたいに。

…今や君を通してしか世界を見れないぼくと違って。

「ラース…。そうよ…耳や鼻だってあるわ。人間ですもの。あなただってー!」
ー人・間…この角のついためしいの馬が? ーごめん、もう、言わない。

(紅飛鳥がとけていく。かわりに、七年も昔の、闇の構成。)

ぼくたちの額についた銀の角求め、大挙としてやってきた、レストムの宇宙船団[紅飛鳥]。
 

 空は宇宙船でいっぱい。陽の光もさえぎられ、まるで月のない夜のよう。…そして、一方的な、狩りのよう…。


攻撃は突然やってきた!

(切り裂くいなづま、はじけるぼく…涙…)



  ぼく以外のぼくたちは滅び、ぼくの目は、あの日、あの光に潰されてしまった。


ーねえマレーン、彼等、なにしに来たと思う?
「何って…」
彼女は少しためらった。

(切り裂くいなづま、はじけるぼくー)



「この星に来た人のすることって、一つよ」
ーふふっ。そうだったね、ぼくをつかまえに来たんだね。



  マレーンの心が閉じた。
「あなたを、ではないわ! あなたについた…銀の角を、…」

ーそれが違うかい? マレーン、ごめんよ、ごめん。
ーなかないで、もう言わないよ、ぼくは、ここにかくれている。
ーもっておゆき、ただし、ひとかけだけね。ぼくも要るんだ。

 

   光が、ぼくを包んだ。

「ありがとう! ラルフェ!あなたやっぱり〃光の子〃ね」
彼女はパタパタと足音をたててそれを持って外へ飛び出していった。


 
ぼくは、なぜか、少し悲しかった。
彼女マレーンは、空にかかる八つの月のうち、ぼくが、七の月の月明かりの下で見つけた子だった。
ぼくたちと違って、彼女はレストム(異世界の人々)だった。



 外の世界の人々を嫌う内向的なぼくたち。
でもマレーンは泣いていた。それだけで、どうしてぼくが、彼女を受け入れないわけがあるかい?
彼女は、まだ五つそこそこだったのに。
 

 …もっとも、今じゃ、ぼくを追い越して十九になっちゃったけど。


彼女が指標だってことは、知っていた。紅飛鳥はいつも彼女目指して飛んでくる。どこに隠れていようと。

ぼくの銀の角求め、気まぐれに飛来する、紅飛鳥。

 

 〃ぼくたち〃を滅ぼした紅飛鳥が。


でも、ぼくにどうすることができる?
紅飛鳥が来ないのが、三月も続くと、彼女は泣き出すんだから。

暗い洞窟のなかで、ぼく一人の相手していきてくのは、レストムのマレーンにはつらすぎるよ。



ぼくは想っていた。地表を駆けるマレーンと自分とを。
銀の角もなくて、銀のたてがみでなく、黒の髪の人間として。

いつしか、それは、深い眠りの扉を開いていた。



「そおっと、そおっとね」
しのび足のマレーン。
あとに続く、数人の男女。

  
「…ね☆、きれいでしょ」
至福の微笑み。



「彼に色素はないのですか、サジェス副長」
「さあ、どうかね。マレーン、全身、彼は銀色をしているのかい? -その…瞳も…」
「ええそうよ。目を開けたときは、そりゃ綺麗だったわ。時々、光るのよ、赤っぽく」

「ここでしか生きられないって本当?」
赤い紅飛鳥の記章をつけた金の髪の婦人が言った。
こっくりと、マレーンはうなづいた。

 

 壁をいじくっていたダンディーな紳士が、ニ、三歩近付いて言う。
「この鉱物から、何か磁力のようなものが出てるんだ、メティラム。
 彼には、これが必要なんだろうな…生きるために」



 ーそうですよ、ダンディー。ぼくに、これは必要なんです。

「おっ、馬がしゃべったぞ」
「しゃべったのではないわ。テレパシーよ、これは」

…したり顔で言う。金の髪の婦人は心理学でも修めたんだろうか。

 ぼくは、少し首をもたげた。

「あら、起こしちゃった」
ーだからそっとしといて下さい。



「そんなわけにはいかない。我らが母星ファリアは戦いを始めた」

ダンディー・ボルグート船長は、ゆっくりと歩を進める。「きみが必要なんだよ」

 

 どうしたんだろう。彼のオーラは、ぼくに近づくたび、弱くなり、弱くなり…そして消滅した。



 (少女の幻影…! 紅飛鳥船から降り立つ彼に、かけより、駆け寄り、彼の目の前で撃たれて死んだ、彼の娘。)

-ぼくの命と引き換えに、戦争が終わるというんですか?

「ーええ。あなたの[銀の角]は、私達の感知できない[始源]の思念エネルギー[ラフェル]を
収束する。私達にはそれが必要なのよ。今までのようにかけらなどではなく、すべてを!」



ーぼくは、死にますね。…あなた達のために?
「ええ。それで多くの人が救われるのよ」
 

 ぼくは、少し、皮肉に笑った。
ーこの星でしか、この鉱物の結界の中でしか、ぼくは生きられませんから。

 

 この言葉に、マレーンは顔色を変えた。

「ラルフェ!ラーフェ! いや、死んじゃ嫌よ。もうレストムとも会わない。紅飛鳥も呼ばない。
あなただけでいい。あなたしかいないもの」

 

 マレーンは彼等のほうに向き直ると、やにわに叫び、彼等を追い出そうとした。

「ねえ帰って! 帰ってよ! あなた達なんかにラルフェはわたさない!」
「ねえマレーン」
 

 金の髪の婦人が言った。彼女のしなやかな指は、それでも優しげにマレーンの髪を撫でた。
泣くじゃくるマレーン。

「彼の[銀の角]がなければ私達は滅ぶわ。敵は、デリア兵器を持ち出したの。あなたはいずれ還る筈の星を失うのよ。それでも、ラルフェのほうが大事?」



「還る…? 私、還れるの?」
「マレーン、あなたのお母さんもお父さんも死んでしまうのよ」
「マレーン。我々皆がきみの帰還を待っているのだよ」



 (一兵器としてね。)
ぼくは心の内でそっとつぶやいた。
(いままで連れ帰りもしなかったのに、なぜ、今になって?)



 理由は容易に想像できる。

 紅飛鳥の指標に選ばれたマレーン。宇宙に届く程の、思念エネルギー。

ぼくと共に永の歳月この洞窟の鉱物の結界の中で過ごしながら、弱まることのない、その力。

 

 彼等軍人には、さぞかし利用価値があるのだろう。…ぼくの、この銀の角と共に。

だけど、ぼくはこの事を彼女に伝えることを、ためらった。

還れる、という希望に輝く彼女の心を、ぼくは哀しい思いで見守った。



「ー皆-? たくさん? その人達マレーンのこと好き?」
「ええ」

 

 ああ、そうか。それでもマレーンには還る場所があったんだな(ぼくと違って)。

レストムには友人も恋人もいる。マレーンしかいないのはぼくだ。ぼくにはマレーンしかいない。
マレーンは故郷を欲している。昔捨てられた星を…。



 ーマレーン…。



 (おぼろげなマレーンの母の幻影。彼女を待つ祖父母。そしてすべてのレストム(異世界の人々)。)

 (金の髪のメティラムには教授の夫。サジェス副長には愛らしい恋人。そして、
ああボルグートの娘は、死んだ。)

 

  皆、誰かを守りたくて、守られたくて、そしてぼくは、マレーンなしでは独りぼっち。
(誰もいない。)
(皆、死んだ。)



ーいいよ。ぼくの命、あげる。

 

 一瞬、皆が沈黙した。安堵と嘆息。マレーンはすみでそっと胸をなでおろしていた。



 それがマレーンの過ちだったとしても、ぼくは知らない。
でも、その一刹那がぼくをつらぬいたのは確かだ。

 

 ぼくの命。ぼくの心。誰でも自分が大事なんだよね。

ぼくは少し柳眉を寄せて哀しく微笑った。
 

 ぼくの身体は小刻みに震えた。



ーふふ、さあ、マレーン。レストムと共に行くがいい。
 
ぼくの銀の角はラーム・ブルーの輝きを増し、ラフェルの炎が吹き荒れた。

 

素晴らしい輝き。
 すさまじいエナジィ。

ぼくは彼等を消滅させた。彼等の望むラフェルの炎で。


マレーンとの十四年間は、そう長い間ではない。ぼくはまた、
…今度は一人で…星々と交わり、語らい、彼等の〃音〃を、聞くだろう。
生命の煩わしさから抜け出て、時の狭間をさまようだろう。

 

けれど……あのマレーンは、もういない。
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