追放を望む悪女は、ヒロインのせいで攻略対象者の中で一番厄介な魔術士のモルモット(仮)となったのですが……。

作家: 藤原 柚月
作家(かな):

追放を望む悪女は、ヒロインのせいで攻略対象者の中で一番厄介な魔術士のモルモット(仮)となったのですが……。

更新日: 2023/06/02 21:46
異世界ファンタジー

本編


 
 私には野望があった。

 大した事では無い。それは前世の話なのだからーー……。



「クリスチアーヌ・カートライト」

 ーー私の名前を呼ぶのは、婚約者のサミュエル第三王子。
 フルネームはサミュエル・ライアン・ダリウス。

 ごく暗い紫みの青髪。暗い灰色の瞳で、険しい目つきで私を見ている。

「お前とは、婚約破棄をする」

 その言葉がやけに室内に響いた。

 思わず顔が緩みそうになったが手に持っていた扇で口元を隠した。

 私は今日、生徒会室で婚約破棄されて追放となる。

 見せしめとして卒業パーティで婚約破棄しても良かったんだ。
 まぁ、そこはサミュエル様の優しさなのだろう……とは思わない。

 ただ単に、婚約破棄する理由が弱いからわざわざ生徒会室に呼び出したんだろう。国王陛下には嘘の報告をすればいいのだから。

 ーーだけど、それをずっと望んでいた。

 前世で果たせなかった野望のために。

 私は、カートライト公爵家長女のクリスチアーヌ・カートライト。

 前世の記憶を二年前に思い出し、息抜きにプレイしていた乙女ゲー厶「入れ替わり聖女に祝福を」の悪役令嬢に転生したことを知ってしまった。

 前世での私はプロのパティシエを目指していたけどアルバイトをいくつも掛け持ちし、さらに大学に通っていたというちょっとした無茶をしてしまい過労死してしまった。

 我ながら情けない。ちょっとした無茶ぐらいで身体が悲鳴をあげるだなんて……。まだ二十四歳だったのに。

 そして、

 今世での悪女としての末路は追放だった。死亡ルートが無いだけまだ救いはあるのだが……。

「……謹んでお受け致します」

 サミュエル様の『婚約破棄』に戸惑うことなく、スカートの裾を持ち上げ、お辞儀をした。

 シナリオ通りだ。

「あの……少し宜しいでしょうか?」

 サミュエル様の隣に立っていた女性、この世界のゲームのヒロインが恐る恐る口を開いた。

 金髪のミディアムボブ。大きめな茶色の瞳、庇護欲を掻き立てられるぐらいの可愛さがある。さすがヒロイン。存在感がアイドル並みでちょっと引いてしまうのは内緒にしとこう。

 でもおかしい。こんなシーンは無かったはず。

「クリスチアーヌ様はとても素晴らしい方です。それなのに、婚約破棄される理由とはなんなのでしょうか」

 あんたがそれを言うか!?

 婚約破棄される原因を作ってるのはヒロインであるオリヴィア・キャロラインだというのに。

 無自覚な天然ほど恐ろしいものはないわ。

「お前は優しいな。こんな女を庇うとは」

 サミュエル様は愛おしそうにオリヴィア様を見つめる。

 生徒会のメンバーの攻略対象者四名はそんな二人を見て呆れているように見える。

 だけど誰も何も言わない。それが当たり前だと思ってるからだ。

 この状況が普通じゃないことぐらいは理解してほしかった。

 有り得ないわよ。婚約者の目の前でイチャつくだなんて。

 こんな惨めで屈辱なことは無いわね。まぁ、サミュエル様のことだから私を怒らせて本心を暴こうとか……そんなこと考えてそうだけど。

 キッと私を睨みつけるサミュエル様の瞳には憎しみが込められていた。

「まずは、オリヴィアを階段から突き落としたそうだな」

 突き落と……ああ、あの時のか。

 サミュエル様と仲良くしてるオリヴィア様に嫉妬したほかの令嬢が階段から突き飛ばそうとした現場を見てしまった。

 止めに入ったが遅かった。突き飛ばされたオリヴィア様は階段から転げ落ちてしまう。

 私は考えるよりも先に身体が動いてしまい、オリヴィア様の身体を抱きしめ、一緒に落ちてしまった。

 幸いなことにオリヴィア様には怪我一つなかったが、私は頭を強く打ってしまった。

 その後、医者に診てもらったけど特に問題はなさそうだったから普通に生活していた。

「仮病を使ってオリヴィアを奴隷のようにこき使ったそうじゃないか」

 多分、あれよね。責任を感じたオリヴィア様が必要以上に私の世話をするようになったのよね。

 ……あれは困ったわ。何回も断っても「お世話させてください」と泣きつかれたんだもの。

 それも周りの目を気にすることなく、ね。これでは私が無理やり命令してるようにしか見えない。

「クリスチアーヌがオリヴィアを階段から突き落としたという証人は居るし、泣きながら命令に従ってる姿を大勢の人が目撃している。言い逃れは出来ないぞ」

 ……と、申されましても。

「いいえ、誤解です! 突き落とされたのではなく、私を助けてくれたのです。……そのせいでクリスチアーヌ様が頭を強く打ってしまって」

 オリヴィア様はうるっと涙目になった。

 誤解を解こうとしてくれてるのは有難いけど、それ逆効果よ。

「クリスチアーヌ!! オリヴィアをここまで追い詰めるとは……、許さんぞ!!」

 追い詰めてないんだけどなぁ……。

「ち、違います。殿下、信じてください」
「いいんだ。オリヴィア……クリスチアーヌに脅されたのだろう?」

 この王子様は、どこまでも私を悪者にしたいようね。

 まぁ、無理もない……。

 二年間、私の試作品(洋菓子)の数々を食べていたせいでぷっくりとした体型を手に入れちゃったものね。

 だって「美味しい」なんて言われたら嬉しくなって大量に作っちゃうじゃない。
 会う度に気合いを込めた洋菓子を持って行ったのよ。

 ついでに生徒会の皆様にも配ったことはあるけど。

 泣いて喜ばれたのよね……。前世の記憶を思い出す前は破滅的な料理だったから、無理もないか。

 ゲームのシナリオだとヒロインに一目惚れするんだけど、ふくよかになった体型のサミュエル様にオリヴィア様は「痩せた方がいいですよ」なんて、地雷を踏むような言葉を投げつけたのだ。

 一目惚れした相手に言われたのが相当ショックらしく、それから何かと理由をつけて私を責めるようになった。

 オリヴィア様はとても怖いもの知らずのようで王太子殿下のサミュエル様にハッキリと物申すのだ。

 見てるこっちがハラハラする。惚れている異性じゃなかったら即刻死刑になってもおかしくない。

 さりげなく、オリヴィア様に注意をしてきたのだがそれもサミュエル様は気に入らないようだった。

 その注意も、サミュエル様から見れば虐めているようにしか思えないんだろう。

 人を責める暇があるならダイエットをしろよ。最愛のオリヴィア様も言ってるんだから。

 ふくよかになったのは私のせいではあるけれど、責任を持って、ダイエットに付き合えば良かったかなぁ。でも本人は痩せたいとは思ってなさそうだし。

 私の話を素直に聞いてくれるとは思えない。オリヴィア様の話をまともに聞けないんだから。

「……心当たりはございませんわ。ですが、サミュエル様は私よりもオリヴィア様を愛しているご様子。知らぬ間にお二人の邪魔をしてしまったようですわね。お受け致しますのでご安心ください」
「〜〜っ!? どうして……」

 オリヴィア様……納得がいかないという顔をしても、私が望んでるのは追放と婚約破棄なの。

 このままでいいの。だから何も言わないで。

 目が合ったオリヴィア様に首を横に振る。
『何も言わないで』というアイコンタクトのようなものなのだが……。

 オリヴィア様は何を勘違いしたのか、また余計なことを言い出した。

「婚約破棄なんて……そんなの悲しすぎます。クリスチアーヌ様が何をしたと言うのですか? 私にもとても親切にしてくれたというのに。私の意思で奴隷になったというのに!!」

 フォローのつもりなんだろうけど……、全然フォローになってないのよね。
 お願いだから黙ってて……。そんなにムキになって婚約破棄の邪魔をしなくてもいいのよ。

「ほぉ……」

 オリヴィア様の必死の訴えを聞いたサミュエル様の声のトーンが低くなった。
 さらに怒りを買っちゃったらしい。

 これ、追放だけで済むの? 死亡フラグついてない!?

 ……まずいな。

「国外追放だけに留めようと思ったが気が変わった。お前には同じ苦しみを味合わせよう。死んだ方が良かったと思うほどにな」

 生き地獄……。

 オリヴィア様を見れば、グッと親指を立てている。

『やりましたよ!! 褒めてください』みたいにやりきった感をだされても、何もやりきってないし、寧ろ余計に酷くなったんだけど。

 一年前から心・が平民なのだから教養があまりないのは仕方の無いことなんだろうけども。

 オリヴィア様は、男爵令嬢だけど……自由を求めていた。貴族じゃなく、平民に憧れていたそんなある日、一人の平民の女性に出会う。オリヴィア様はその平民の女性に興味を持つ。

 平民の女性は、貴族に憧れを持っていた。オリヴィア様と平民の女性は、魔法によって心を入れ替わった。

 学園入学前に、平民の心を持つオリヴィア様は聖女としての力を発揮してしまう。

 攻略対象者たちとの交流を交わし、恋をしてエンディングを迎える。

 ーーそんな大まかなシナリオがある。その恋路を邪魔するのが悪役令嬢である私で、最後は追放となる存在だ。

 それなのに、オリヴィア様の余計な言葉によって追放が無くなってしまった……。

 必死になって婚約破棄を阻止したいのはわかるよ。私とサミュエル様が婚約破棄すれば、自然とヒロインであるオリヴィア様が婚約者になるんだもの。

 美男子なら良いけど、太ってる人と婚約はしたくないものね。

 痩せてるとかなりの美形になるんだけど、それは私の心の中にだけ留めておこう。

 国外追放されたら平民として生き、住み込みでカフェで働く手筈は整っていた。

 前世で果たせなかった野望が、今世で果たせると思ったというのに……。

 私の野望は、パティシエになって多くの人に感動と美味しさを届けたかった。それは前世のことで今世は諦めようと思ったけど……、やっぱり諦めきれなかった。

 辛いことが多いけど、ほんの一粒の楽しさがあれば、それは大きな至福の時間になるのを私は知っている。

 なんとかして、国外追放をされなくては。でもどうする。

 この王子様は何を言っても話を聞いてくれそうにない。

「お待ちください。王太子殿下」

 その声の主は攻略対象者の一人、エリオス・クロフォード。伯爵子息だ。

 黒縁眼鏡がとても良く似合う。黒髪と黒目だから余計にそう思うだけかもしれないけど。

 でも変なのよね。元々、黒縁眼鏡は魔法研究の時にしか使用しないはずなのに……私が思ったことを話したらそれからずっと黒縁眼鏡をかけている。

 大した事じゃない。ーー(普段)眼鏡をかけてない人がかけてると印象は違っていて、面白いですわね。とても素敵です。

 なんて、ギャップ萌えしていたことを話してしまってからはずっと眼鏡をかけてくれてるんだよね。

 たまにで良かったのに。

「お前、誰に命令している!?」
「命令ではありません。クリスチアーヌ公爵令嬢の処遇を私に預けてほしいのです」

 その言葉にその場にいた全員、攻略対象者の五名とヒロインは顔を強ばらせた。

 それもそのはず。エリオス様は魔術士で、新しい魔法を造り上げるのが趣味。

 そのため、変な噂がある。モルモット(実験台)にされた人達がいるとか。

 それは事実なんだけど、そのモルモット(実験台)にした人達の苦しむ顔を見て楽しむのがエリオス様の性癖だ。

 私は心の中でこう呼んでいる。ーーリョナの魔術士と。

 もちろん、本人には言わないけど。

 サミュエル様は何かを思いついたように無邪気に笑う。

「良いだろう」

 そう来ると思った。

「ありがとうございます」

 エリオスはサミュエル様にお辞儀をして私に近付いた。

「……行きますよ」
「はい」

 サミュエル様にお辞儀をして、生徒会室から離れた。

 背後から困惑しているオリヴィア様の声が聞こえるが、自分の命の危険を感じるのでそれどころではない。

 王国の御印が押されれば完全に婚約破棄される。

 その後は、私を実験台としてあらゆる魔法を私にかけるだろう。
 エリオスという人間は、好いている人物にはとても優しいが、どうでもいい人間には冷酷なのだ。

 そのことをサミュエル様は知らないはずがない。

 無邪気な笑みは、私がモルモットになっている姿を想像してニヤけたものだろう。

 ーー全く、良い趣味している。

 まぁその余裕も今のうちだけどね。

 正直、サミュエル様とオリヴィア様が嫌いだ。

 オリヴィア様の方がタチ悪い。平気で人の心を傷つけ、そのうえ被害者ヅラする。自覚が無いから何度注意しても治そうとはしない。

 控えめに言って、不愉快だ。

 なので、どうせ婚約破棄されてモルモットになるのだから、好きにさせてもらおうと、サミュエル様に魔法をかけた。

 冷静に見られるようにと、願いを込めて。

 魔法をかけないと一生脳内がお花畑のような気がするんだもの。

 ……オリヴィア様が顔だけで教養もひたむきさも何も無いというのを嫌という程知ることになるでしょう。

 聖女の力が無かったら、誰からも必要とされないでしょうね。

 オリヴィア様が努力家で誠実なひたむきさを見せてくれるならまだ許せたし、フォローも出来た。

 今まで、無自覚に私の心を踏みにじったことは一生許すことは無いから、このぐらいの仕返しがあっても良いでしょう?

 渡り廊下に出ると、エリオス様が声をかけてきた。

「そんなに警戒しないでくださいよ」
「何が望みなのですか?」
「……少し、興味がありまして」

 意外だ。悪役令嬢に興味を持つなんて。

「カフェ、『ヴァイオレット』をご存知でしょうか?」

『ヴァイオレット』といえば、私が住み込みで働くこととなったカフェよね。

「存じ上げませんわ」
「面白い話を聞きましてね。なんでも、潰れかけていたカフェにも関わらず突如現れた女性が見たことの無い魔法を使い、繁盛させたと」

 魔法……かぁ。

 そんな大したことでは無い。

 潰れかけていた原因と対処方法を探り、動いたまでのこと。

「そんな魔法があるのなら是非、お目にかかりたいものですわ」

 初めて聞いたようなフリをすると、エリオス様は苦笑した。

「……実はあのカフェには何度か行ってましてね。そこであなたにそっくりな方を見まして」
「そ、そうなんですね」
「とても生き生きしていて、新鮮みがありました。とても興味深いですね」
「エリオス様が興味を持つのは珍しいですね。いつもは魔法のことを話すのに」

 エリオス様は魔法オタクだ。毎回魔法の話を時間の許される限り話すのだが、今日は魔法のことをあまり話さない。

「……ええ、まぁ。ここからが本題です。クリスチアーヌ様、俺・に美味しいケーキを食べさせてください」

 私はエリオス様の意外すぎる提案を聞いて、驚いた。

 のちにクリスチアーヌ・カートライトは『ヴァイオレット』の店主兼エリオス様のモルモット(世界一美味なケーキを食べさせること)となる。

 冷酷な裏側には彼なりの優しさが存在し、またクリスチアーヌは前世で叶わなかった野望が実現されるーー……。

 そんな物語であり、エリオス・クロスフォードがかなりの甘党でクリスチアーヌが作った洋菓子が恋しくて堪らなかった……というのはまた別の話である。
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