終わらない坂道
終わらない坂道
更新日: 2023/06/02 21:46現代ドラマ
本編
幹線道路を車で走っていて、ふと細い脇道を見ると、ついそこへ入ってみたくなる。その先に何があるのかを確かめたくなる。しかし、そのたびに子どもの頃の苦い思い出、いや、教訓が頭をよぎり、「やめておこう」と思い留まる。
私は田舎で育った。隣の家は200メートルも離れていて、小学校も田んぼのど真ん中にある。夏の夜に窓を開けていればホタルが遠慮なしに入ってくるし、カエルのゲコゲコ大合唱は心地いい子守唄だ。こういう場所が「失われた」、もしくは「失われつつある風景」と言われているのを、都会に住んで初めて知った。
小学校の通学路の途中に、木々に覆われた小高い丘があった。トトロが寝そべって大いびきをかいていそうな場所だ。丘の中心へと伸びる一本道は緩やかな上り坂になっていて、奥が見えそうで見えない。その絶妙な坂の角度が、かえって小学生たちの想像力を掻き立てた。
――あの森にはお化けが出る。
――この道は別の世界へ通じていて、行くと帰って来られなくなる。
みんなでそんなことを言い合いながら入口から奥を覗き、わーっと逃げる。これが暗黙のルールであり、誰もその丘――森の中へ入ろうとはしなかった。まぁ、小学生にありがちな「おふざけ」と妄想だ。
1人で下校中のある日、ふと小高い丘の一本道が目に入った。
――この道の先には、何があるんだろう。
そう思った時には、すでに一歩を踏み出していた。
「入口から覗くだけで、中には入らない」
この暗黙のルールを破ることに罪悪感はなかった。本当はみんな中に入って何があるのかを確かめたかったに違いない。
少し進むと、うっそうとした木々が夕日の光を遮り、辺りが一気に暗くなった。進むに連れて木々はその濃さを増し、風が葉っぱを揺らすガサガサという音が、やたらと大きく感じる。「お化けが出る」と「別の世界へ通じている」という発想は意外と当たっているのかもしれない。
道の脇には、サドルだけがない錆だらけの自転車が無造作に放置されていたり、中に何が入っているのか全く想像できないような物置みたいな小屋があったり、とにかく全てが不気味だった。恐怖と不安から、頭に「引き返す」という選択肢が思い浮かんだが、わずかに期待と好奇心が勝った。
これは冒険なのだ。進んだ先にきっと何かがある。恐怖と不安に打ち勝った者だけが見られる何かが……。
どれくらい歩いただろうか。少し視界が開けて来た。
――もう少しだ!
直感でそう思った。自然と早足になる。やがて上り坂は終わり、目の前に広がった景色は……。
――何もなかった。
道は丘の向こうの田んぼに繋がっているだけで、お化けが出ることも、ましてや別の世界へ通じてもいない。私は踵を返し、来た道を戻り始めた。下り坂は、やっぱり何もなかった。恐怖も、不安も。
入口に戻った瞬間、全てを「なかったことにしよう」と決めた。なかったことにすれば、この坂道は永遠に続くのだから。
0私は田舎で育った。隣の家は200メートルも離れていて、小学校も田んぼのど真ん中にある。夏の夜に窓を開けていればホタルが遠慮なしに入ってくるし、カエルのゲコゲコ大合唱は心地いい子守唄だ。こういう場所が「失われた」、もしくは「失われつつある風景」と言われているのを、都会に住んで初めて知った。
小学校の通学路の途中に、木々に覆われた小高い丘があった。トトロが寝そべって大いびきをかいていそうな場所だ。丘の中心へと伸びる一本道は緩やかな上り坂になっていて、奥が見えそうで見えない。その絶妙な坂の角度が、かえって小学生たちの想像力を掻き立てた。
――あの森にはお化けが出る。
――この道は別の世界へ通じていて、行くと帰って来られなくなる。
みんなでそんなことを言い合いながら入口から奥を覗き、わーっと逃げる。これが暗黙のルールであり、誰もその丘――森の中へ入ろうとはしなかった。まぁ、小学生にありがちな「おふざけ」と妄想だ。
1人で下校中のある日、ふと小高い丘の一本道が目に入った。
――この道の先には、何があるんだろう。
そう思った時には、すでに一歩を踏み出していた。
「入口から覗くだけで、中には入らない」
この暗黙のルールを破ることに罪悪感はなかった。本当はみんな中に入って何があるのかを確かめたかったに違いない。
少し進むと、うっそうとした木々が夕日の光を遮り、辺りが一気に暗くなった。進むに連れて木々はその濃さを増し、風が葉っぱを揺らすガサガサという音が、やたらと大きく感じる。「お化けが出る」と「別の世界へ通じている」という発想は意外と当たっているのかもしれない。
道の脇には、サドルだけがない錆だらけの自転車が無造作に放置されていたり、中に何が入っているのか全く想像できないような物置みたいな小屋があったり、とにかく全てが不気味だった。恐怖と不安から、頭に「引き返す」という選択肢が思い浮かんだが、わずかに期待と好奇心が勝った。
これは冒険なのだ。進んだ先にきっと何かがある。恐怖と不安に打ち勝った者だけが見られる何かが……。
どれくらい歩いただろうか。少し視界が開けて来た。
――もう少しだ!
直感でそう思った。自然と早足になる。やがて上り坂は終わり、目の前に広がった景色は……。
――何もなかった。
道は丘の向こうの田んぼに繋がっているだけで、お化けが出ることも、ましてや別の世界へ通じてもいない。私は踵を返し、来た道を戻り始めた。下り坂は、やっぱり何もなかった。恐怖も、不安も。
入口に戻った瞬間、全てを「なかったことにしよう」と決めた。なかったことにすれば、この坂道は永遠に続くのだから。