雨の記憶
雨の記憶
更新日: 2023/06/02 21:46詩、童話
本編
――雨は嫌いじゃないよ。
そう言ってあの人は、雨粒が落ちてくる空を見上げていた。とても愛しげに、大切なものでもみているかのように。
その視線の先を追ってみたけれど、ただの雨雲がどんよりと立ち込めているだけで、子供だった僕にはあの人がなぜそんな顔をしているのかよくわからなかった。
大人ならわかるのだろうか。
外で遊べないから雨は嫌いだ。そうむくれた自分がなんだかひどく子供じみた事を言った気がして、僕はますますむくれるのだった。
そんな時、あの人は決まって僕の頭を撫でてくる。
指の長いしなやかであったかい手。
僕はその手が大好きだった。
あの人の手に撫ぜてもらうのが心地良くて、いつしか僕は雨が降るたびにむくれて見せるようになっていた。
雨が降ると思い出す。
あの人とはいつの間にか会うこともなくなり、僕はすっかりいい大人になっていたが――
雨粒が落ちてくる空を見上げると、あの人の手の温もりを感じる。
今ならわかる。
雨にまつわる記憶、あの人が見上げていたのはただの雨雲などではなかったのだと。
うん、雨は嫌いじゃない。