泥棒猫とイチゴの行方
泥棒猫とイチゴの行方
更新日: 2023/06/02 21:46ミステリー
本編
「どうしても猫がやったって言うんだな」
生徒会長のタカシが呆れたように言う。
彼の前に並ぶ四人の面々は、困ったように顔を見合わせている。
「あれだけのイチゴだし、その可能性が一番高いんじゃないかと思うんだけど」
「本当か? 猫がイチゴを盗っていくか? しかもケーキの上に乗ってたやつをだぞ?」
「おーち」
タカシの問いに答えたのは、その膝に座っている彼の弟のヒロ君だ。明日で二歳の、無敵に可愛い幼児だ。
「もう少ししたらおうちに帰ろうね」
「いいこ?」
「おー、ヒロはいい子いい子」
「うーぶぅ」
まだ舌っ足らずなところが可愛い。
「でも状況を考えると、それしかないというか……」
「なぁ、お前はどう思う、キョウスケ」
「そうだなあ……」
タカシの後ろで名前を呼ばれた俺は、顎に指先をあてながら考える。
猫……うんまあ猫が妥当なところなのかなぁ。
ここは中学校の家庭科室。そしてオレの目の前に並んでいるのは、家庭科部の面々だ。
家庭科部といっても実際は料理をすることが多いらしく、しかも部員のほとんどがイチゴ大好きなせいで、だいたいイチゴ関係の料理をしているそうだ。ジャム作りとかアイスだとか、それこそショートケーキだとか。で、明日はヒロ君の誕生日という事で、生徒会長権限でイチゴのショートケーキのホールを作ってもらえるよう頼んでいたのだとか。
しかもそのイチゴ、なんとひと粒五百円もする高級イチゴ。それが八つも乗っているという。
そんな高級ショートケーキを作っている間、タカシはヒロを家庭科部に預けて生徒会の作業をしていた。それがやっと終わって戻ってきたところだ。
そして発覚した事件。そのケーキの上に乗っているイチゴは今は七つ。空いている所には、クリームが剥がれた跡がある。乗っていたイチゴを誰かが取ったのだ。
つまり今、そのイチゴ泥棒を探しているところなのである。
ちなみに俺は生徒会の一員で、タカシの幼馴染でもある。なにかにつけて一緒にいる事が多いってだけでここにいる。
「ヒロのために用意した高級イチゴだぞ。絶対犯人を見つけてやる」
「いいこ!」
意気込むタカシに元気なヒロ君。ちなみに、ヒロ君が学校内に入っているのも、生徒会長権限だそうだ。……生徒会長の権限にそんなのあるのか?
「もう一度最初から状況を説明してくれ」
ヒロ君の頭を優しく撫でながらタカシが言う。
「キョウスケがケーキ作りとヒロの様子を見に来た時は、なんの問題もなかったと聞いた。その後からだ」
また部員同士で顔を見合わせた後、その中の一人、部長のナツオが話し始める。家庭科部のイメージとは裏腹に、男子の部長だ。
「少なくとも、ケーキが完成したときにはあったんだ。見ての通り、一度はちゃんと乗っていた」
確かにイチゴが乗っていたであろう場所は、クリームが剥がれてスポンジが少し見えている。乗せられたイチゴを取れば、こんな跡になるだろう。
次に発言したのはカオリだ。おっとりとした性格で、中学生にしてママ味を感じさせる貴重な人材だ。
「その後、みんなで片付けをしてた時にもまだあったの」
シンクの横に重ねられた調理道具を見ながら言った。
「にいに。いいこ」
ヒロ君が背後のタカシを見上げている。
「そうか、いい子にしてたからご褒美が欲しいのか。チョコがあるよ。食べるか?」
「んーぶぅ」
なにやら不満そうだ。
「ほら美味しいやつだよ。食べてみな」
個包装になっているビニールを開け、顔の前に持っていく。そこまでくれば反射的に開くヒロ君の口に、チョコレートを入れる。
「美味しいか?」
「……おーち」
なにやら少し考えてから、ヒロ君が頷きながら答える。仕草がいちいち可愛い。
「で、片付けが終わったあとはどうしたんだ?」
促すタカシに答えたのはトヨだ。男子にしては華奢で中性的な顔立ち。その仕草や雰囲気から、女装しても違和感ないんじゃないかと思える。そう思わせるなにかを持った人物だ。
「冷蔵庫にしまうために箱に入れようと思ったら……」
「そこでイチゴがなくなっている事に気付いたと」
トヨが濁した言葉の後を続けたのは俺だ。
「なんで完成した時にすぐしまわなかったの?」
その質問に反応したのはアスカだ。家庭科部一番の元気娘。
「すっごく上手に出来たんだよ! だからもう少し見ていたくて。それに」
アスカがチョコをもぐもぐしているヒロ君を見る。
「ヒロ君もずっと興味津々で見てたから」
「うっ……」
そう言われると俺もタカシも反論できない。
「それで、なんで犯人が猫なんだ?」
タカシの疑問にトヨが答える。
「見たんだよ、猫」
「イチゴを盗った現場をか?」
「いや、校門のところで。ほらたまによくいるでしょう、黒いの」
「この教室でじゃないのかよ」
まあ確かに時々そこらで見かけるけど。
「あたしはここで見たよ! ちょうどそっちのドアから出ていくところ!」
教室の後ろのドアをさしながらアスカがハッキリと告げた。
「イチゴを咥えてか?」
「ううん、後ろ姿だけだけど」
「現行犯じゃないなら、なんともいえないな」
「そもそも」
俺とアスカの会話にタカシが口を挟む。
「そっちのドアの先は渡り廊下になってるし、我々はそちらから来たんだ。猫などどこにもいなかったぞ」
「外に出たんだろう」
ナツオが言う。
本校舎とこの特別校舎をつなぐ渡り廊下は、普段はドアが開けっ放しだから猫でも通る事が出来るし、渡り廊下自体は屋外だから手すりを越えれば外にだって出られるだろう。
「ここは三階だぞ!? いくら猫でも渡り廊下から直接下まで下りられるか?」
「あい!」
声を荒げたタカシに、ヒロ君が新しいチョコレートを差し出す。しかしタカシはそれどころではなかった。
「……あい!」
タカシに受け取って貰えないと分かると、今度は俺に向かってそれを差し出した。
「ありがと」
俺はそれをありがたく受け取る。
……ヒロ君がじっと見ている。じーっと。『美味いぞ。食べないのか? この私が渡したモノが食べられないのか?』とまで思っているとは思わないが、無言の圧力に屈することにした。
包装を開き、焦げ茶色の四角い塊を口に入れる。甘いなぁ。どっちかっていうと、今はビターなヤツがよかったなぁ。
「美味しいね」
「おーち」
ヒロ君はご機嫌だ。
「他に何か手がかりはないのか?」
「そう言われても……」
「じゃあ犯人が猫だとして、なんで君たちは追いかけなかったんだ?」
うう、と三人が言いよどむ中、トヨが珍しく自主的に発言する。
「ボクたちだって最初はわけがわからなかったんだ。自然に落ちたのかもって周りを探しても見つからないし。だから一番可能性が高いのが猫の泥棒なんだ。それに」
ひと呼吸おいて続ける。
「それに、猫から取り返したイチゴをケーキに乗せるつもり? どっちみち無理なら、もう諦めるしかないでしょ」
ふん、と鼻を鳴らすタカシ。確かに、ここで猫を追いかけたところで元に戻るわけでもない。
一通り証言を聞き直したものの、まだ納得は出来ないようだ。
しょうがない。少し後押しするか。
「じゃあタカシは誰が犯人だと思ってるんだ?」
「それはまあ、人間だろう。他の生徒かもしれないし、先生の誰かか、もしくは」
少し声を落とす。
「この中にいるのか」
本当はそうは思いたくはないけど、それが一番ありそう。そう考えているだろう事がなんとなく分かる口調だった。
「だとすると、この状況はどうなる?」
俺は彼の考察を促うながす。
「この状況?」
「普通、集団の中に犯人が一人いた場合、証言のどこかに矛盾があるはずだ。そうだろ?」
「まあ……そうかな」
「じゃあ今嘘をついてるのは誰だ?」
「うーん……いや、嘘をついてるのは一人じゃないかも。誰かをかばっているのかもしれない」
「なぜそんな事をする?」
「それは……」
しばらく無言が続く。いろんな可能性を考えているのだろう。
しょうがない。最後の締めにかかることにする。
「俺は、猫が犯人でいいと思うんだよ」
「なんだよその言い方は」
「もし、誰かが嘘をついていたとして、それが自分じゃない他の人の為なんだとしたら、それは一体誰だ?」
「それを今考えて……」
「例えばだ」
俺はタカシの言葉を遮さえぎった。
「誰かがケーキの上のイチゴを取ったとしよう。そしてそれに他の誰かが気がついた時には、すでに一口目が終わっていたとしたら」
「一体なんの話をしている?」
俺はタカシの質問を無視する。
「当然、気付いたのは一人じゃない。その場にいた全員がそれを見ただろう。そして手遅れであることを悟った」
「ん? それは……」
「ただ、問題なのはここからだ。普通ならその犯人を問い詰め、なぜそんなことをしたのかこの後どうするつもりなのか、ハッキリさせるところだ。がしかし、今回誰もそれをしなかった。なぜだ?」
「なにが言いたい?」
「明白だったからだよ。その意図も、理由も。そして誰もそれを責めなかった」
「その犯人を、かばっている? しかもみんなで?」
「その犯人が猫以外の誰かだったなら、そういう事になるって訳だ」
「いい加減茶化すようなことはやめてくれ。猫じゃないなら、犯人は誰なんだ?」
俺は指を一つ立てて言う。
「推理の要素は三つあった。一つ目は言葉」
そう、ずっと言ってたじゃないか。『いちご、いちご』と。まあ、舌っ足らずで『いいこ』にしか聞こえなかったけど。
続けて二つ目の指を立てる。
「二つ目はすぐに食べなかったチョコレート」
あんなに美味しいイチゴを食べたあとじゃあね。
「おい待て、それじゃあ……」
そして三本目を立て。
「そして三つ目は……いや、ごめん二つだったわ。それだけで十分だろ」
タカシは自分の膝の上でチョコレートの包装紙で遊んでいるヒロ君を見下ろす。
「ヒロが……やったのか?」
「だから、犯人は猫なんだって」
俺はひときわ強く言った。
「それでいいんじゃないか?」
「そうならそうと言ってくれれば……」
タカシが家庭科部の面々を見渡す。それでもみんなは、どことなく居心地が悪そうだ。
カオリが口を開く。
「せっかくの誕生日なのに、ヒロ君がおいたをして怒られるのも可哀想だし、私たちにも目を離してしまった負い目もあったし」
「だから、ヒロ君を怒らないであげてほしいの」
アスカが胸の前で手を合わせている。
タカシはハァ、とため息をついた。
「そんな事で怒るわけないだろう。誰に悪意があったわけでもないんだし」
「じゃあ……」
「泥棒猫の事は諦めるよ」
場の雰囲気が一気にほぐれた。とりあえず一安心かな。
「イチゴの抜けた跡は、余ったクリームで整えて予備のイチゴを乗せておくよ。残念ながらスーパーで買った安いやつだけど」
ナツオが言うと、トヨがすぐに準備する。
「ケーキが甘いから、イチゴは少し酸味があるくらいがちょうどいいよ」
なるほど、確かにそうかもしれない。
和やかにケーキを整える光景を見ながら、内心ホッとしていた。
三本目の指を立てたとき、『美味しいものは、他人と共有するところ』って言いそうだった。
俺が様子を見に行ったとき、まさにその場面だったのだ。
そして誰も受け取らないイチゴを、俺が受け取った。
でもすでに小さな歯型のついたイチゴを戻すわけにもいかず。
で、どうしたかといえば。
誘惑に勝てなかった。
俺だけじゃなく、その場の全員。
無類のイチゴ好きの集まりだからな、この連中。普段食べられないほどのものであれば尚更なおさら。
俺とヒロ君の分も合わせて六等分。
まあ、五分程度の探偵役としては、なかなかだったんじゃないかな。
今はブラックのコーヒーでも飲みたいよ。
3生徒会長のタカシが呆れたように言う。
彼の前に並ぶ四人の面々は、困ったように顔を見合わせている。
「あれだけのイチゴだし、その可能性が一番高いんじゃないかと思うんだけど」
「本当か? 猫がイチゴを盗っていくか? しかもケーキの上に乗ってたやつをだぞ?」
「おーち」
タカシの問いに答えたのは、その膝に座っている彼の弟のヒロ君だ。明日で二歳の、無敵に可愛い幼児だ。
「もう少ししたらおうちに帰ろうね」
「いいこ?」
「おー、ヒロはいい子いい子」
「うーぶぅ」
まだ舌っ足らずなところが可愛い。
「でも状況を考えると、それしかないというか……」
「なぁ、お前はどう思う、キョウスケ」
「そうだなあ……」
タカシの後ろで名前を呼ばれた俺は、顎に指先をあてながら考える。
猫……うんまあ猫が妥当なところなのかなぁ。
ここは中学校の家庭科室。そしてオレの目の前に並んでいるのは、家庭科部の面々だ。
家庭科部といっても実際は料理をすることが多いらしく、しかも部員のほとんどがイチゴ大好きなせいで、だいたいイチゴ関係の料理をしているそうだ。ジャム作りとかアイスだとか、それこそショートケーキだとか。で、明日はヒロ君の誕生日という事で、生徒会長権限でイチゴのショートケーキのホールを作ってもらえるよう頼んでいたのだとか。
しかもそのイチゴ、なんとひと粒五百円もする高級イチゴ。それが八つも乗っているという。
そんな高級ショートケーキを作っている間、タカシはヒロを家庭科部に預けて生徒会の作業をしていた。それがやっと終わって戻ってきたところだ。
そして発覚した事件。そのケーキの上に乗っているイチゴは今は七つ。空いている所には、クリームが剥がれた跡がある。乗っていたイチゴを誰かが取ったのだ。
つまり今、そのイチゴ泥棒を探しているところなのである。
ちなみに俺は生徒会の一員で、タカシの幼馴染でもある。なにかにつけて一緒にいる事が多いってだけでここにいる。
「ヒロのために用意した高級イチゴだぞ。絶対犯人を見つけてやる」
「いいこ!」
意気込むタカシに元気なヒロ君。ちなみに、ヒロ君が学校内に入っているのも、生徒会長権限だそうだ。……生徒会長の権限にそんなのあるのか?
「もう一度最初から状況を説明してくれ」
ヒロ君の頭を優しく撫でながらタカシが言う。
「キョウスケがケーキ作りとヒロの様子を見に来た時は、なんの問題もなかったと聞いた。その後からだ」
また部員同士で顔を見合わせた後、その中の一人、部長のナツオが話し始める。家庭科部のイメージとは裏腹に、男子の部長だ。
「少なくとも、ケーキが完成したときにはあったんだ。見ての通り、一度はちゃんと乗っていた」
確かにイチゴが乗っていたであろう場所は、クリームが剥がれてスポンジが少し見えている。乗せられたイチゴを取れば、こんな跡になるだろう。
次に発言したのはカオリだ。おっとりとした性格で、中学生にしてママ味を感じさせる貴重な人材だ。
「その後、みんなで片付けをしてた時にもまだあったの」
シンクの横に重ねられた調理道具を見ながら言った。
「にいに。いいこ」
ヒロ君が背後のタカシを見上げている。
「そうか、いい子にしてたからご褒美が欲しいのか。チョコがあるよ。食べるか?」
「んーぶぅ」
なにやら不満そうだ。
「ほら美味しいやつだよ。食べてみな」
個包装になっているビニールを開け、顔の前に持っていく。そこまでくれば反射的に開くヒロ君の口に、チョコレートを入れる。
「美味しいか?」
「……おーち」
なにやら少し考えてから、ヒロ君が頷きながら答える。仕草がいちいち可愛い。
「で、片付けが終わったあとはどうしたんだ?」
促すタカシに答えたのはトヨだ。男子にしては華奢で中性的な顔立ち。その仕草や雰囲気から、女装しても違和感ないんじゃないかと思える。そう思わせるなにかを持った人物だ。
「冷蔵庫にしまうために箱に入れようと思ったら……」
「そこでイチゴがなくなっている事に気付いたと」
トヨが濁した言葉の後を続けたのは俺だ。
「なんで完成した時にすぐしまわなかったの?」
その質問に反応したのはアスカだ。家庭科部一番の元気娘。
「すっごく上手に出来たんだよ! だからもう少し見ていたくて。それに」
アスカがチョコをもぐもぐしているヒロ君を見る。
「ヒロ君もずっと興味津々で見てたから」
「うっ……」
そう言われると俺もタカシも反論できない。
「それで、なんで犯人が猫なんだ?」
タカシの疑問にトヨが答える。
「見たんだよ、猫」
「イチゴを盗った現場をか?」
「いや、校門のところで。ほらたまによくいるでしょう、黒いの」
「この教室でじゃないのかよ」
まあ確かに時々そこらで見かけるけど。
「あたしはここで見たよ! ちょうどそっちのドアから出ていくところ!」
教室の後ろのドアをさしながらアスカがハッキリと告げた。
「イチゴを咥えてか?」
「ううん、後ろ姿だけだけど」
「現行犯じゃないなら、なんともいえないな」
「そもそも」
俺とアスカの会話にタカシが口を挟む。
「そっちのドアの先は渡り廊下になってるし、我々はそちらから来たんだ。猫などどこにもいなかったぞ」
「外に出たんだろう」
ナツオが言う。
本校舎とこの特別校舎をつなぐ渡り廊下は、普段はドアが開けっ放しだから猫でも通る事が出来るし、渡り廊下自体は屋外だから手すりを越えれば外にだって出られるだろう。
「ここは三階だぞ!? いくら猫でも渡り廊下から直接下まで下りられるか?」
「あい!」
声を荒げたタカシに、ヒロ君が新しいチョコレートを差し出す。しかしタカシはそれどころではなかった。
「……あい!」
タカシに受け取って貰えないと分かると、今度は俺に向かってそれを差し出した。
「ありがと」
俺はそれをありがたく受け取る。
……ヒロ君がじっと見ている。じーっと。『美味いぞ。食べないのか? この私が渡したモノが食べられないのか?』とまで思っているとは思わないが、無言の圧力に屈することにした。
包装を開き、焦げ茶色の四角い塊を口に入れる。甘いなぁ。どっちかっていうと、今はビターなヤツがよかったなぁ。
「美味しいね」
「おーち」
ヒロ君はご機嫌だ。
「他に何か手がかりはないのか?」
「そう言われても……」
「じゃあ犯人が猫だとして、なんで君たちは追いかけなかったんだ?」
うう、と三人が言いよどむ中、トヨが珍しく自主的に発言する。
「ボクたちだって最初はわけがわからなかったんだ。自然に落ちたのかもって周りを探しても見つからないし。だから一番可能性が高いのが猫の泥棒なんだ。それに」
ひと呼吸おいて続ける。
「それに、猫から取り返したイチゴをケーキに乗せるつもり? どっちみち無理なら、もう諦めるしかないでしょ」
ふん、と鼻を鳴らすタカシ。確かに、ここで猫を追いかけたところで元に戻るわけでもない。
一通り証言を聞き直したものの、まだ納得は出来ないようだ。
しょうがない。少し後押しするか。
「じゃあタカシは誰が犯人だと思ってるんだ?」
「それはまあ、人間だろう。他の生徒かもしれないし、先生の誰かか、もしくは」
少し声を落とす。
「この中にいるのか」
本当はそうは思いたくはないけど、それが一番ありそう。そう考えているだろう事がなんとなく分かる口調だった。
「だとすると、この状況はどうなる?」
俺は彼の考察を促うながす。
「この状況?」
「普通、集団の中に犯人が一人いた場合、証言のどこかに矛盾があるはずだ。そうだろ?」
「まあ……そうかな」
「じゃあ今嘘をついてるのは誰だ?」
「うーん……いや、嘘をついてるのは一人じゃないかも。誰かをかばっているのかもしれない」
「なぜそんな事をする?」
「それは……」
しばらく無言が続く。いろんな可能性を考えているのだろう。
しょうがない。最後の締めにかかることにする。
「俺は、猫が犯人でいいと思うんだよ」
「なんだよその言い方は」
「もし、誰かが嘘をついていたとして、それが自分じゃない他の人の為なんだとしたら、それは一体誰だ?」
「それを今考えて……」
「例えばだ」
俺はタカシの言葉を遮さえぎった。
「誰かがケーキの上のイチゴを取ったとしよう。そしてそれに他の誰かが気がついた時には、すでに一口目が終わっていたとしたら」
「一体なんの話をしている?」
俺はタカシの質問を無視する。
「当然、気付いたのは一人じゃない。その場にいた全員がそれを見ただろう。そして手遅れであることを悟った」
「ん? それは……」
「ただ、問題なのはここからだ。普通ならその犯人を問い詰め、なぜそんなことをしたのかこの後どうするつもりなのか、ハッキリさせるところだ。がしかし、今回誰もそれをしなかった。なぜだ?」
「なにが言いたい?」
「明白だったからだよ。その意図も、理由も。そして誰もそれを責めなかった」
「その犯人を、かばっている? しかもみんなで?」
「その犯人が猫以外の誰かだったなら、そういう事になるって訳だ」
「いい加減茶化すようなことはやめてくれ。猫じゃないなら、犯人は誰なんだ?」
俺は指を一つ立てて言う。
「推理の要素は三つあった。一つ目は言葉」
そう、ずっと言ってたじゃないか。『いちご、いちご』と。まあ、舌っ足らずで『いいこ』にしか聞こえなかったけど。
続けて二つ目の指を立てる。
「二つ目はすぐに食べなかったチョコレート」
あんなに美味しいイチゴを食べたあとじゃあね。
「おい待て、それじゃあ……」
そして三本目を立て。
「そして三つ目は……いや、ごめん二つだったわ。それだけで十分だろ」
タカシは自分の膝の上でチョコレートの包装紙で遊んでいるヒロ君を見下ろす。
「ヒロが……やったのか?」
「だから、犯人は猫なんだって」
俺はひときわ強く言った。
「それでいいんじゃないか?」
「そうならそうと言ってくれれば……」
タカシが家庭科部の面々を見渡す。それでもみんなは、どことなく居心地が悪そうだ。
カオリが口を開く。
「せっかくの誕生日なのに、ヒロ君がおいたをして怒られるのも可哀想だし、私たちにも目を離してしまった負い目もあったし」
「だから、ヒロ君を怒らないであげてほしいの」
アスカが胸の前で手を合わせている。
タカシはハァ、とため息をついた。
「そんな事で怒るわけないだろう。誰に悪意があったわけでもないんだし」
「じゃあ……」
「泥棒猫の事は諦めるよ」
場の雰囲気が一気にほぐれた。とりあえず一安心かな。
「イチゴの抜けた跡は、余ったクリームで整えて予備のイチゴを乗せておくよ。残念ながらスーパーで買った安いやつだけど」
ナツオが言うと、トヨがすぐに準備する。
「ケーキが甘いから、イチゴは少し酸味があるくらいがちょうどいいよ」
なるほど、確かにそうかもしれない。
和やかにケーキを整える光景を見ながら、内心ホッとしていた。
三本目の指を立てたとき、『美味しいものは、他人と共有するところ』って言いそうだった。
俺が様子を見に行ったとき、まさにその場面だったのだ。
そして誰も受け取らないイチゴを、俺が受け取った。
でもすでに小さな歯型のついたイチゴを戻すわけにもいかず。
で、どうしたかといえば。
誘惑に勝てなかった。
俺だけじゃなく、その場の全員。
無類のイチゴ好きの集まりだからな、この連中。普段食べられないほどのものであれば尚更なおさら。
俺とヒロ君の分も合わせて六等分。
まあ、五分程度の探偵役としては、なかなかだったんじゃないかな。
今はブラックのコーヒーでも飲みたいよ。