朝焼けララバイ

作家: お白湯
作家(かな): おさゆ

朝焼けララバイ

更新日: 2023/06/02 21:46
現代ドラマ

本編


 5月の深夜が静寂を作り出す訳じゃない。
 少年がナイフを持つから、そいつは静かになったんだ。

 だから簡単な話、走馬灯の正体もそう怖いもんじゃないのさ。



「なあ!虹の端っこには何があんだろな?」

「あぁ?なんだよ急に?」

「ケンちゃんにも見えてんだろ!月の虹だよ!月虹!」

「あぁ、見えるけど、知るかよ!そんな事!」

 唸るエンジン音にアスファルトが切りつけてるのは、重量オーバーの原付だった。
 確かに俺達は、2人乗りの原付から月虹を見ていたのだ。

 アクセルを全開にしながら、深夜の国道を走っていく。
 辺りには何も無い道だった。

 街灯が照らす道をひたすらと海へ向かって走っていた。
 目的なんてない。

 ただの高校生の逃避行だ。

 だから、目的地なんてものも簡単に決まる。
 カブの荷台に座っているリュウからの合図が皮切りだった。

「なあ!ケンちゃん、虹の端っこ目指そうぜ!もう俺帰りたくねぇもん!」

「じゃあ、次の交差点どっち行くよ!」

 月虹を正面から捉えた俺達は、右か左かの選択を迫られた。

「左だ!ガソスタ寄ってこうぜ!」

「おう!」

 対向車なんてほとんどないから、信号の灯りがただの街の飾りに成り下がった道路は、開放感を原料に速度計の意味を無効化させる。
 下り坂になったら、2人の重みでさらに加速度が増していく。

 大気の厚みを全身で浴びて、殊更、速度が出た時は多分、俺達は風属性の魔法が使えるようになってると思った。

 セルフのガソスタで給油して、リュウを後ろに乗せようと思った時だった。

「ケンちゃん…。俺もうあの世の扉開いちゃったかな…。」

 リュウが泣きそうな顔で訴えかけてきたのだ。
 言いたい事は分かっていたが、そうじゃなかった。

 リュウのパーカーの裾をがっしりと掴む小さな手がそこにはあった。

 子供だ。
 男の子だった。

「うお!」

「ケンちゃん…。」

 もうリュウが振り向けなくなって、救いの眼差しで見つめている時だった。
 子供の様子をじっくり凝視したが足もある。

 パジャマ姿でリュウと同じぐらい泣き出しそうな顔で、こっちを見てくるのだ。
 どっちが可哀想か分からないくらい滑稽だった。

 リュウに限ってはゴツイ見た目に反して、ビビり散らかしてるのがなんとも笑える。
 普段なら、笑い転げてるところだった。

「おい!リュウ!ちゃんと見ろ!人間だ!」

「だって、ケンちゃん、この時間だよ?」

「マジでビビったぜ!本当にもうあの世の扉開いちまったのかと思った!」

「ぼくぅ?こんな夜中にどうしたの?」

 リュウはなりはゴツイが人懐っこい子供にも面倒見の良い奴だ。
 こういうのには、うってつけだった。

 3歳かそこらだろうか。
 虹の端っこってやつはどうやら色んなもんに出会うらしい。

「おねぇちゃんと…喧嘩した。」

「そっか。そっか。それでここにいるんだ。お母さんか、お父さんはどこかな?」

「お母さんお仕事…。お父さんいないよ。」

 分かっちゃいたが、こちらに振り返ったリュウは俺に相談を持ちかけた。

「おい、ケンちゃんどうするよ。置いてけねぇぜ。」

「しゃーなぇなー。プランBだ。交番に行く。」

 カブの前カゴに男の子を乗せ、俺達はまた国道を戻り始めた。
 駅前へと続く道は少しづつだが、明るさを取り戻していく。

 俺のヘルメットを被せてやるとブカブカの頭で3歳児は叫ぶ。

「すげー!」

「あははは!そうだ!これが夜の風だ!すげーだろ!」

「ケンちゃん!あんま飛ばさないでよ!」

「わーてるよ!安全第一だ!」

 信号に引っかかって男の子がこっちを振り向きながら聞く。

「おにぃちゃんたち、いつもこうしてるの?」

「今日が最後だ。」

 俺の言葉にリュウも一緒になって言う。

「今日だけは特別な日なんだよ!」

「全くだぜ!タイのバイクも驚く程の搭載人数になっちまった!」

 俺達は夜の低速ドライブをノーヘルボーイになって風を切り裂く。
 月虹が彩る空には月も星も雲も世界賛美をしてるようだ。

 交番に着いた時には、原付で来たことは黙っておいたが、連絡先と住所を聞かれて適当に答えた。

 特に年齢はうるさいから18歳以上と言う事にしておく。
 あらかじめ男の子にも口止めをして、ヤクザな兄貴達は交番から旅立ったのだった。

 途中寄ったタバコ休憩で、俺達は多分明日の事を少し考えてしまったかもしれない。

「なあ、リュウ、あの子さ、この原付から何が見えてたと思う?」

「すげーって言ってたもんなー。でっかい世界見た奴の目だよな。ああいうのって。」

「俺は夢を見るやつが好きなんだよな。」

「託したいよな。夢とか希望とかそういうもんをさ。」

「俺はお前が隣にいりゃそれが夢さ。」

「やーめーろーよー。そういうの。」

 リュウの笑顔に胸が浮き立った。
 俺はそれだけで、本当に満足だったんだ。

 だから、最後のドライブだと付いて来てくれた事が心底嬉しかった。

 タバコの煙の中に消えていく昨日を見送った俺達は、朝焼けが近い事にそろそろ重い腰をあげ始めた。

「そんじゃ行きますか。」

「いざ海へ!」

 この街じゃ朝焼けは海が一番近い。
 それだけじゃない。

 綺麗なのも確かだ。

「ケンちゃん!朝焼け見えてきたよ!」

「最高の景色だ!」

 気に入らなかった奴らを置き去りにして、もう少ししたら俺達は旅立つ。
 朝陽に透ける体じゃもう誰も俺達を見る事は出来ないかもしれないけど、それでもまだ走っていたいんだ。

 クズみたいな義父の血を拭った後、着替えてすぐ出てきたもんだから、ほとんどなんも持ってないけど、多分あっちの世界でも、リュウもいてカブで走り続けるんだ。

 だから簡単な話、走馬灯の正体もそう怖いもんじゃないのさ。
0

朗読者

美しき友情

語り手: すー
Twitter ID: kanemoti0504