裏統計学部
裏統計学部
更新日: 2023/06/02 21:46現代ファンタジー
本編
愛京大学に入学した三浦は、一目で亜希に恋をした。亜希は同じ統計学部のひとつ上の先輩で、一、二回生共通の必修授業で斜め前に座っていた。長く艶のある髪に、目がクリっとして鼻の高い妖麗な顔立ち。一見近寄りがたいかと思えば筆箱はマイメロディというギャップも三浦にはたまらなかった。毎週授業の終わりに声をかけようと決心するが、一瞬ためらう間に亜希はどこかへふらっと行ってしまう。誰よりも早く教室から出ていくので、三浦は少し不思議であった。
あるとき、三浦は授業終わりに声をかけるのではなく、ある程度亜希の後を付いていって隙きを見つけて話しかけようという作戦を思い付いた。それがほぼほぼストーカー行為になるということまでは頭が回っていない。授業が終わりいつものように誰よりも早く教室を後にする亜希。その後ろを一定の距離を保ちながら追いかける三浦。はたから見るとただの変質者である。少し先へ行ったところで、亜希は道から外れ大学の敷地内にある小さな林へ入っていった。予想外の行動に三浦は驚いたが、今更引き戻る気はさらさらない。不規則に生える木々のせいで亜希の姿を見失ったが、そこには足跡がくっきりと残っている。足跡を辿ったその先には、地下へと繋がる謎の階段があった。
三浦はビビってきた。林の中に突然現れた階段。不自然すぎる。なにか良くないものがあるに決まっている。だが亜希のことを考えると歩を進めずにはいられなかった。絶対に亜希と喋りたいのだ。階段を下ると、そこには向こうの見えないすりガラスの扉があり、横の表札のような板には『裏統計学部』とだけ書いてあった。三浦は溜まっていたつばを飲み込みドアノブに手をかけた。
扉の先には大学じゅうの監視カメラ映像、そして何台ものパソコンが並んでいた。
「気付いてたよ」
亜希が話しかけてきた。三浦にとって初めての会話である。
「え、あ、そうなんすか」
なんとも決まらない返事である。
「なんで付いてきたの?」
「いや、亜希さんと喋りたいなと思って。あ、名前は亜希さんが友達と話しているときに盗み聞きしました」
「ふふ、素直なのね笑。普通そうゆうの隠すんだよ。あなたの名前は?」
「三浦です。亜希さんは彼氏いるんですか」
「早い早い笑。私でよかったよ。他の人ならこわがっちゃう。もう少し距離の縮め方勉強してね」
三浦はいつも最短ルートでゴールに向かうタイプであった。
「すみません。気をつけます。じゃあ話変えますね。ここはなんなのでしょう?」
「そうそう。まずそれを聞くよね笑。ここはね『裏統計学部』と言って、統計学部のなかでも選ばれた者しか入れない研究室なの。でも三浦君はもう入っちゃってるから。私がメンバーになることを許可してあげる」
「なるほど。ありがとうございます。で亜希さんは彼氏いるんですか?」
「まだ早いかな笑。その質問までにもうちょっと寄り道してこうか笑」
亜希はパソコンと向き合う数人を指差して説明を始めた。
「裏統計学部はこの大学の様々な統計を取って大学に渡すことが使命なの。ああやってパソコンのみで調査が終わる統計もあれば、現地調査必須の統計も多いわ。三浦君、せっかくだから今から私が取ろうとしてる統計に同行する? 喋りたいでしょ?」
突然のお誘いに三浦は即答する。
「お願いします。たくさん話して仲良くなっていずれは付き合いたいです」
「だから早いって笑」
亜希と三浦は、キャンパスで一番大きな校舎『能心館』の前の広場で腰を下ろした。
「亜希さん、何の統計を取るんですか?」
「『大学デビューしようとして自分の感じと違うサークルに入ってしまう人の割合』よ」
亜希が余りにも真面目な口調で言うので三浦は笑いそうになった。
「なんですかそれ」
「意外とこういうデータを大学側は欲しがるのよ。より良い大学生活を送ってもらうにはそういうミスマッチを避ける施策を取らなきゃだからね。もし割合が高かったら何らかの動きがあるんじゃないかしら」
「はあ」
「新歓の集合場所に使われているこの広場を眺めてるとすぐ見つかるわね。ほら、あの子見て。明らかに高校時代勉強頑張っていましたって顔してるのにテニサーの新歓へ行こうとしているわ。あれは危険ね。テニサー入れば彼女ができるとでも思ってるのかしら」
「亜希さんテンション上がってますね」
「そう? 私統計取ってるときが一番興奮するのよね」
そういう変わったところも愛おしいな。三浦は一所懸命に新入生を観察している亜希の横顔をじっと見つめる。
「あの子もデビューを張り切りすぎてるわね。あんな分厚い眼鏡かけてフットサルサークル入ろうとしてるわ。そんな人いないでしょ」
いやいるだろ。
「あ! あの女子はイケイケな感じなのに冴えない男子が集まるサークルに行っているわ。オタサーの姫を狙ってるのかしら」
あんまそんなこと言うな。三浦は心のなかで一つ一つ丁寧にツッコんでいく。
「できた!」
亜希が嬉しそうに飛び跳ねた。どうやら調査が終わったようだ。
「『大学デビューしようとして自分の感じと違うサークルに入ってしまう人の割合』は四二%よ」
「……どう捉えればいいんですか」
「それは大学側が考えることよ。私たちの使命はここまで」
それからも三浦と亜希は裏統計を取っていった。
「『行けたら行くと言った人で実際に行く確率』は三一%ね」
「『彼女欲しさに男女比率が均等なことが多い居酒屋でバイトをするも、普通に居酒屋業務がしんどくてそれどころじゃない人の割合』は七〇%ね」
この頃からは三浦も裏統計を取れるまでに成長していた。
「『単位を落としたことを謎に誇らしげに話す人の割合』は四九%でした」
「『大教室の一番後ろに座るキャップを逆向きに被っている人がパズドラをしている確率』は一〇〇%でした」
裏統計を取るにつれて二人の距離は縮まってった。
「三浦君、だいぶ慣れてきたね」
「はい、なんだか楽しくなってきました。もうそろそろ告白していいですか?」
「それを私に聞かないで笑。それこそ三浦君のなかにデータはないの? これくらいのタイミングで告白したらどうなるか、とか」
「ないですね。人を好きになったことがないので。亜希さんが初恋の相手ですし、これから二度めの恋をしようとも思いません」
「やだ、なんか照れちゃうわ。この話はやめにしましょ」
「なんでですか」
「いいから。今日は『講義に遅れてくる人の中で、いやそれ教科書入らないだろって小ささのクラッチバックを持ってくる割合』よ」
「あ、それ調べてます。四三%です」
「さすが仕事が早いわね」
三浦が愛京大学に入学して初めてのクリスマスを迎えた。そんな日でも変わらず裏統計の使命は舞い降りてくる。だが亜希と一緒ならどれだけ大変でも耐えられる。この日は午前中『前から友人が歩いてくるも自分より仲が良さそうな人が隣りにいて、あってなる確率』が五八%だということをささっと調べて、午後からは大学外へ出る必要のある調査をする。
「亜希さん、何を調べるんですか」
「今日はクリスマスでしょ」
「はい」
「だから友達の家でパーティする人も多いと思うの」
「まあそうなんですかね。ぼくは家でゆっくり過ごしたい派ですが」
「確かにそういう人もたくさんいるわね。じゃあ言い方を少し変えるわね。『大学の近くで一人暮らしをしている学生』の部屋ははパーティの会場になりやすいし、本人もそれを期待しているの」
「なるほど。よく溜まり場になるって言いますもんね」
「そう! それをふまえて『大学に近い一人暮らし学生の部屋は溜まり場になると淡い期待を持っていたがそれは杞憂に終わった人の割合』を調べるわ。今日が集計するにはもってこいよ」
「そのデータを欲している大学側もバグってませんか」
「そんなの知らないわ。私たちの使命は大学に裏統計を渡したらそれでおしまいだから。気にしないことよ」
「はあ」
三浦と亜希は電柱に隠れ、公園の茂みに隠れ、路駐している車体に隠れ、大学の近くに一人暮らしをしているのに一人でもの悲しそうに帰っていく学生を集計していった。
「あ、見てあの人、コンビニでチキンを買って帰っていってるわよ」
「別にいいでしょ」
「あ、あの人は大きな空のバッグを持っているわ。大学でプレゼントを渡すだけ渡してパーティには参加できなかったのね」
「別にいいでしょ」
三浦は気付いた。この裏統計全般「別にいいでしょ」で片付いてしまうのだ。教科書の入らないクラッチバッグで大学に来ようが、キャップを逆向きに被ってパズドラをしてようが別にいいのだ。そう考えると途端にやる気がなくなってきた。今日は疲れたしもう帰ろうか。三浦は亜希に言う。
「亜希さん、今日は疲れたのでもう帰ってもいいですか」
「え……」
「なんですか」
亜希の声が少し甘くなる。
「私、近くで一人暮らししてるよ」
三浦は亜希の家へ行くこととなった。願ってもないチャンスだが、三浦は混乱していた。自分の中にデータがなさすぎてどうすれば良いのかがわからないのだ。
亜希が手料理を振る舞ってくれる。
「じゃーん、肉じゃが。普段どうせ揚げ物ばかり食べてるでしょ。こういう優しいものも食べなきゃね」
「美味しいですすごく。ありがとうございます」
その後は流れていたバラエティを適当に見て時間を潰した。二人はいつになく表情が硬い。亜希は見かねて三浦に喋りかけた。
「三浦君、こういうときこそ告白するべきなんだよ笑」
「わかってますよ。でもいざそうなると、なかなか言い出せないんです。もし振られたらとか考えちゃうじゃないですか。第一、こんなに綺麗な亜希さんに彼氏がいないはずがない。今日家に呼んだのも、彼氏と喧嘩中とかそんなんでしょ。ぼくは騙されませんよ。傷つくくらいなら告白はしません」
「そんな訳ないじゃない。私に彼氏はいないわよ。もしいたら絶対家に男性なんて入れないわ。私は好きな人しか入れたくないの」
「え……」
「三浦君は恋愛に関する統計が取れていないからなかなか一歩が踏み出せないのよね。確かに初めての経験はものすごい力が必要よね。じゃあ特別に数値でわかりやすく大ヒントをあげるわね。今この状況に限れば、三浦君が私に告白して成功する確率は一〇〇%よ」
「亜希さん……」
「もう、先輩がこんなにアシストしてあげてるんだから、一歩踏み出して」
「亜希さん……こんなぼくでよかったら、付き合ってくれませんか」
「三浦君の不器用だけど真っ直ぐなところが好きだよ。よろしくお願いします」
三浦の恋愛統計は、聖なる夜に一分の一となった。
0あるとき、三浦は授業終わりに声をかけるのではなく、ある程度亜希の後を付いていって隙きを見つけて話しかけようという作戦を思い付いた。それがほぼほぼストーカー行為になるということまでは頭が回っていない。授業が終わりいつものように誰よりも早く教室を後にする亜希。その後ろを一定の距離を保ちながら追いかける三浦。はたから見るとただの変質者である。少し先へ行ったところで、亜希は道から外れ大学の敷地内にある小さな林へ入っていった。予想外の行動に三浦は驚いたが、今更引き戻る気はさらさらない。不規則に生える木々のせいで亜希の姿を見失ったが、そこには足跡がくっきりと残っている。足跡を辿ったその先には、地下へと繋がる謎の階段があった。
三浦はビビってきた。林の中に突然現れた階段。不自然すぎる。なにか良くないものがあるに決まっている。だが亜希のことを考えると歩を進めずにはいられなかった。絶対に亜希と喋りたいのだ。階段を下ると、そこには向こうの見えないすりガラスの扉があり、横の表札のような板には『裏統計学部』とだけ書いてあった。三浦は溜まっていたつばを飲み込みドアノブに手をかけた。
扉の先には大学じゅうの監視カメラ映像、そして何台ものパソコンが並んでいた。
「気付いてたよ」
亜希が話しかけてきた。三浦にとって初めての会話である。
「え、あ、そうなんすか」
なんとも決まらない返事である。
「なんで付いてきたの?」
「いや、亜希さんと喋りたいなと思って。あ、名前は亜希さんが友達と話しているときに盗み聞きしました」
「ふふ、素直なのね笑。普通そうゆうの隠すんだよ。あなたの名前は?」
「三浦です。亜希さんは彼氏いるんですか」
「早い早い笑。私でよかったよ。他の人ならこわがっちゃう。もう少し距離の縮め方勉強してね」
三浦はいつも最短ルートでゴールに向かうタイプであった。
「すみません。気をつけます。じゃあ話変えますね。ここはなんなのでしょう?」
「そうそう。まずそれを聞くよね笑。ここはね『裏統計学部』と言って、統計学部のなかでも選ばれた者しか入れない研究室なの。でも三浦君はもう入っちゃってるから。私がメンバーになることを許可してあげる」
「なるほど。ありがとうございます。で亜希さんは彼氏いるんですか?」
「まだ早いかな笑。その質問までにもうちょっと寄り道してこうか笑」
亜希はパソコンと向き合う数人を指差して説明を始めた。
「裏統計学部はこの大学の様々な統計を取って大学に渡すことが使命なの。ああやってパソコンのみで調査が終わる統計もあれば、現地調査必須の統計も多いわ。三浦君、せっかくだから今から私が取ろうとしてる統計に同行する? 喋りたいでしょ?」
突然のお誘いに三浦は即答する。
「お願いします。たくさん話して仲良くなっていずれは付き合いたいです」
「だから早いって笑」
亜希と三浦は、キャンパスで一番大きな校舎『能心館』の前の広場で腰を下ろした。
「亜希さん、何の統計を取るんですか?」
「『大学デビューしようとして自分の感じと違うサークルに入ってしまう人の割合』よ」
亜希が余りにも真面目な口調で言うので三浦は笑いそうになった。
「なんですかそれ」
「意外とこういうデータを大学側は欲しがるのよ。より良い大学生活を送ってもらうにはそういうミスマッチを避ける施策を取らなきゃだからね。もし割合が高かったら何らかの動きがあるんじゃないかしら」
「はあ」
「新歓の集合場所に使われているこの広場を眺めてるとすぐ見つかるわね。ほら、あの子見て。明らかに高校時代勉強頑張っていましたって顔してるのにテニサーの新歓へ行こうとしているわ。あれは危険ね。テニサー入れば彼女ができるとでも思ってるのかしら」
「亜希さんテンション上がってますね」
「そう? 私統計取ってるときが一番興奮するのよね」
そういう変わったところも愛おしいな。三浦は一所懸命に新入生を観察している亜希の横顔をじっと見つめる。
「あの子もデビューを張り切りすぎてるわね。あんな分厚い眼鏡かけてフットサルサークル入ろうとしてるわ。そんな人いないでしょ」
いやいるだろ。
「あ! あの女子はイケイケな感じなのに冴えない男子が集まるサークルに行っているわ。オタサーの姫を狙ってるのかしら」
あんまそんなこと言うな。三浦は心のなかで一つ一つ丁寧にツッコんでいく。
「できた!」
亜希が嬉しそうに飛び跳ねた。どうやら調査が終わったようだ。
「『大学デビューしようとして自分の感じと違うサークルに入ってしまう人の割合』は四二%よ」
「……どう捉えればいいんですか」
「それは大学側が考えることよ。私たちの使命はここまで」
それからも三浦と亜希は裏統計を取っていった。
「『行けたら行くと言った人で実際に行く確率』は三一%ね」
「『彼女欲しさに男女比率が均等なことが多い居酒屋でバイトをするも、普通に居酒屋業務がしんどくてそれどころじゃない人の割合』は七〇%ね」
この頃からは三浦も裏統計を取れるまでに成長していた。
「『単位を落としたことを謎に誇らしげに話す人の割合』は四九%でした」
「『大教室の一番後ろに座るキャップを逆向きに被っている人がパズドラをしている確率』は一〇〇%でした」
裏統計を取るにつれて二人の距離は縮まってった。
「三浦君、だいぶ慣れてきたね」
「はい、なんだか楽しくなってきました。もうそろそろ告白していいですか?」
「それを私に聞かないで笑。それこそ三浦君のなかにデータはないの? これくらいのタイミングで告白したらどうなるか、とか」
「ないですね。人を好きになったことがないので。亜希さんが初恋の相手ですし、これから二度めの恋をしようとも思いません」
「やだ、なんか照れちゃうわ。この話はやめにしましょ」
「なんでですか」
「いいから。今日は『講義に遅れてくる人の中で、いやそれ教科書入らないだろって小ささのクラッチバックを持ってくる割合』よ」
「あ、それ調べてます。四三%です」
「さすが仕事が早いわね」
三浦が愛京大学に入学して初めてのクリスマスを迎えた。そんな日でも変わらず裏統計の使命は舞い降りてくる。だが亜希と一緒ならどれだけ大変でも耐えられる。この日は午前中『前から友人が歩いてくるも自分より仲が良さそうな人が隣りにいて、あってなる確率』が五八%だということをささっと調べて、午後からは大学外へ出る必要のある調査をする。
「亜希さん、何を調べるんですか」
「今日はクリスマスでしょ」
「はい」
「だから友達の家でパーティする人も多いと思うの」
「まあそうなんですかね。ぼくは家でゆっくり過ごしたい派ですが」
「確かにそういう人もたくさんいるわね。じゃあ言い方を少し変えるわね。『大学の近くで一人暮らしをしている学生』の部屋ははパーティの会場になりやすいし、本人もそれを期待しているの」
「なるほど。よく溜まり場になるって言いますもんね」
「そう! それをふまえて『大学に近い一人暮らし学生の部屋は溜まり場になると淡い期待を持っていたがそれは杞憂に終わった人の割合』を調べるわ。今日が集計するにはもってこいよ」
「そのデータを欲している大学側もバグってませんか」
「そんなの知らないわ。私たちの使命は大学に裏統計を渡したらそれでおしまいだから。気にしないことよ」
「はあ」
三浦と亜希は電柱に隠れ、公園の茂みに隠れ、路駐している車体に隠れ、大学の近くに一人暮らしをしているのに一人でもの悲しそうに帰っていく学生を集計していった。
「あ、見てあの人、コンビニでチキンを買って帰っていってるわよ」
「別にいいでしょ」
「あ、あの人は大きな空のバッグを持っているわ。大学でプレゼントを渡すだけ渡してパーティには参加できなかったのね」
「別にいいでしょ」
三浦は気付いた。この裏統計全般「別にいいでしょ」で片付いてしまうのだ。教科書の入らないクラッチバッグで大学に来ようが、キャップを逆向きに被ってパズドラをしてようが別にいいのだ。そう考えると途端にやる気がなくなってきた。今日は疲れたしもう帰ろうか。三浦は亜希に言う。
「亜希さん、今日は疲れたのでもう帰ってもいいですか」
「え……」
「なんですか」
亜希の声が少し甘くなる。
「私、近くで一人暮らししてるよ」
三浦は亜希の家へ行くこととなった。願ってもないチャンスだが、三浦は混乱していた。自分の中にデータがなさすぎてどうすれば良いのかがわからないのだ。
亜希が手料理を振る舞ってくれる。
「じゃーん、肉じゃが。普段どうせ揚げ物ばかり食べてるでしょ。こういう優しいものも食べなきゃね」
「美味しいですすごく。ありがとうございます」
その後は流れていたバラエティを適当に見て時間を潰した。二人はいつになく表情が硬い。亜希は見かねて三浦に喋りかけた。
「三浦君、こういうときこそ告白するべきなんだよ笑」
「わかってますよ。でもいざそうなると、なかなか言い出せないんです。もし振られたらとか考えちゃうじゃないですか。第一、こんなに綺麗な亜希さんに彼氏がいないはずがない。今日家に呼んだのも、彼氏と喧嘩中とかそんなんでしょ。ぼくは騙されませんよ。傷つくくらいなら告白はしません」
「そんな訳ないじゃない。私に彼氏はいないわよ。もしいたら絶対家に男性なんて入れないわ。私は好きな人しか入れたくないの」
「え……」
「三浦君は恋愛に関する統計が取れていないからなかなか一歩が踏み出せないのよね。確かに初めての経験はものすごい力が必要よね。じゃあ特別に数値でわかりやすく大ヒントをあげるわね。今この状況に限れば、三浦君が私に告白して成功する確率は一〇〇%よ」
「亜希さん……」
「もう、先輩がこんなにアシストしてあげてるんだから、一歩踏み出して」
「亜希さん……こんなぼくでよかったら、付き合ってくれませんか」
「三浦君の不器用だけど真っ直ぐなところが好きだよ。よろしくお願いします」
三浦の恋愛統計は、聖なる夜に一分の一となった。