宝太郎

作家: 井野ウエ
作家(かな):

宝太郎

更新日: 2023/06/02 21:46
異世界ファンタジー

本編


 中野と上坂と下田は、やっとのことでマザー島へ着いた。

「ふぅ、今まで長い旅路だった」
「本当ね、ついに私たちの目の前に、念願の……」
「言葉が出てこないな……感情がポップコーンのように胸の中で踊っているのだが」

 三人は、伝説の宝が眠るといわれるマザー島を目指す旅を、約九年前に始めた。勇者育成専門学校『英雄塾』に通う同期であった。中野は火炎術、上坂は水氷術、下田は木植術が得意で、それぞれがそれぞれの弱点を補い、学校一のトリオとなった。在学若干三年で、本来一〇年かかるカリキュラムを網羅し、飛び級で卒業したことは今でも英雄塾内で語り継がれている。

 英雄塾を卒業した勇者たちは、資格を持ったまま普通の職に就く者もいるが、大半は伝説の宝を目指し夢と希望が溢れる大冒険へ旅立つ。そこに隔たる種々雑多な怪物や意地の悪い他勇者に打ち勝ちながら進んでいく。過去伝説の宝を獲得した人物はたったの一人だけ。伝説の勇者ラルフである。今から三〇〇年前の出来事である。中野と上坂と下田は、三人で力を合わせ、数々の困難を乗り越え、勇者史上三〇〇年ぶりに宝箱の目の前に立っている。



「伝説の宝って、なんなんだろうな」
「わからないわ。でも一箱だとは思わなかった」
「確かに、もっとこう、わぁっとたくさんあるのかと思っていた。洞窟の中を見渡せば一面宝石だらけみたいな」

 下田の漫画から着想を得た妄想に、中野と上坂もうんうんと頷《うなず》く。

「さて、ひとまず開けてみるか」
「ちょっと待って」

 中野が宝箱に手をかけたとき、上坂がその手を払いながら制止した。

「なんだよ上坂」
「中野、宝を独り占めする気じゃないでしょうね」
「はぁ? 何言ってるんだよ。そんなわけないだろう」
「信用できないわ。中野はゴブリンに襲われたとき私達を置きざりにして一人で逃げるような奴じゃない」
「いや、あれは俺だけでも街へ行って助けを呼ぼうとしたんじゃないか」
「それにしては来るのが遅かったな。俺の植樹で上に退避できなきゃあのとき俺と上坂は殺《や》られてたぞ」

 下田が上坂陣営につく。

「中野は信用できない。ここは私が開けるわ」
「いやいやいや、上坂、ちょっと待てよ」
「何よキムタクみたいに」
「この冒険で上坂は会計を担当してくれてたな。そこでちょろまかして自分の懐に入れていたこと、おれは知ってるぞ」
「ギクッ」
「わかりやすいリアクションだな。毎日の宿代も、ご飯代と称して徴収していたお金も、全部上乗せして請求してただろ。そんな奴に宝箱を開けさせるかよ」
「じゃあ俺だな」
「「お前は絶対ない」」

 中野と上坂が口を揃えて下田を抑えた。

「下田は普通に性格が悪いわ」
「ぐっ、一番ショック……」



 三人の中で誰が宝箱を開けるかの喧嘩議論は終わることがなかった。お互いがお互いを疑っており、持ち逃げされるのではないかと常に見張っている。

 牽制下の中、上坂が提案をした。

「もう話し合いでは解決しないわ。かといって三人で宝を分け合うなんて案も誰も口にしない。もう分け合うなんて気持ちさらさらないんでしょう。確かにそんな甘い気持ちで冒険を続けてたらここまで来れなかったかもね。いいわ。こうなったら公平にじゃんけんで決めましょう。勝った一人がこの宝箱の中身を総どり。それでいいでしょ?」
「そうだな。もう仲良しこよしは終わりだ。文句なしじゃんけんで終わらせよう」
 三人が息を整える。このじゃんけんで全てが決まり、終わる。
「さ~いしょ~は」

 中野と上坂が「ぐー」と掛け声を出したとき、一人パーを出すゲスがいた。

「下田てめぇ!!」

 中野が出したグーでそのまま下田を殴る。

「いってぇ! 冗談! 冗談だよ!」
「つまんねぇことすんな! 最後の最後まで性格悪いな!」
「わかった! わかったからもう一回やろう」
「次やったらただじゃおかないわよ。さ~いしょ~は」

 上坂が「ぐー」と掛け声を出したとき、パーを出すゲスとチョキを出すアホがいた。

「あんたらぶち殺すわよ!」

 上坂が出したグーで中野と下田を殴る。

「下田がパーを出すのは百歩譲って予想できたわ。なんで中野はチョキを出すのよ!」
「いや、二人ともパーを出すのかなと……」
「私はそんなクズじゃない!」
「もうだめだ。じゃんけんでは決まらない。他の方法を探そう」
「「お前が言うな下田!」」



 誰も宝箱に触れることなく三時間が経過した。

「火炎放射!」
「水切り舞!」
「木鉄!」

 どぉぉぉん。

 三人の周りには巨大な円状の穴があいている。実力トップクラスの勇者が戦えばそうなるのは当たり前である。

 火と水と木。この三つ巴は勝負がつかない。ただただ体力が消耗するだけであった。荒れ果てるマザー島に、宝箱は悲しげな表情を浮かべた。

「もうだめ。疲れない決め方をしましょ。私達は互角。それは最初からわかってた」
「ふぅ、確かにそうだな。誰も文句を言わない決め方を考えよう」
「この宝箱を回転させて、開口が向いた人のものってことでいいんじゃないか」

 下田が珍しく真面目な顔つきで言った。

「うーん、いくらでも細工できそうではあるけども」
「俺は回さない。上坂、そんなことを言うならお前が回せばいい」
「そうだな。回してくれ。おれ達は上坂を信じている」
「わ、わかったわ。あんた達がいたからこのマザー島まで来れたのは偽りのない事実。正々堂々回すわ。いいわね?」
「「おう」」

 ぐるぅぅん。

 勢いよく回転した宝箱は、上坂と中野の間に止まった。

「ちょっと中途半端ね。ちゃんとこの宝箱が誰かを選ぶまでやるわよ」

 次は中野と下田の間に止まった。

 その次は下田と上坂の間に止まった。それが四〇回続いた。だんだんと三人にイライラが募る。

「ああもういい! この冒険で一番怪物を倒したのはおれだ! おれがもらう!」

 上坂と下田の緊張の糸が切れた瞬間を見逃さなかった中野は、勢いよく宝箱を開けた。

「「あ! え!?」」

 宝箱の中に入っていたのは、赤ちゃんだった。



 宝箱の中身を確認し黙り込む三人。赤ちゃんはパッチリ目を開いているが、微塵も声を発さない。

「こ、この赤ちゃんが伝説の宝なのか……?」
「そうみたいね」
「予想外、というか……生きてるのか?」

 そう言って下田が恐る恐る赤ちゃんの胸に手を当てると、確かに心臓は波打っている。

 中野が優しく語りかける。

「まあ、よく考えればこの長い冒険の中で、お前らに助けてもらったことが多々ある。上坂の冷静な判断がなければ謎難《ふしぎ》アイランドは攻略できなかったし、下田の体力がなければマグマ峠でおれ達は冒険を断念していただろう。おれがここまで来れて幸せだし、今更宝がどうとか、そんなことどうでもいい。二人のどちらかが受け取ってくれ」
「俺も正直宝なんかに興味なかったんだ。三人で冒険できればそれでよかった。今までの日々が宝のようなものだ。伝説の宝は上坂に譲るよ」
「いやいや、私なんかにこの伝説の宝を受け取る権利はないわ。リーダーとしてまとめてくれた中野が貰うべきよ」

 一通りお互いを推薦し終わり、数秒沈黙が流れる。

「……いや、さっきまでの威勢はどうしたんだよ! お前ら宝受け取れよ!」
「中野こそなんなのよ! あんたが開けたんだから貰いなさいよ!」
「おれは家族がいるんだよ! いきなり赤ん坊なんか家に連れてけるかよ! 変なこと疑われるわ! じゃ下田受け取れ!」
「俺だって嫁さんになんて言われるか! ちょうどこの冒険の出発前にライン覗かれてこっぴどく叱られてるんだよ!」
「あんたらなんなのよ急に腰が引け始めたわね!」
「「貰ってくれ上坂!」」
「嫌よ誰の子かもわからないのに!」
「いいだろ子供欲しいって言ってたじゃないか。可愛い赤ちゃんじゃないか」
「いや自分の子供が欲しいのよ。苦労して生んだ子供が。あと可愛いって言うけどね、赤ちゃんなんてみんな同じ顔じゃない。この段階でわかるわけないでしょう!」
「どさくさに紛れてまあまあやばいこと言ってんな」



 三人の宝の押し付け合いは、ますますヒートアップしていった。常識的に考えて、自分の子でない赤ん坊を育てようとは思わない。しかしこの赤ちゃんが九年間目指してきたものである。絶対に誰かが受け取るべきだが、絶対に誰も貰いたくない。三人のぶつかり合う火水木の術で見るに耐えない姿に変わり果てていくマザー島を、赤ちゃんは眉間にしわを寄せ見ていた。

「いい加減にせんかい!」

 三人は声の聞こえる先へ視線を合わせた。明らかに下からの声である。

「今、この赤ちゃん喋ったか……?」

 下田が震えた声で尋ねる。

「そ、そんなわけないわ。まだ生まれて半年も経ってないであろう見た目よ。さっきまで泣き声すらあげてなかったし」
「わしゃ二〇〇〇年生きとるわい」
「「「ひゃあああ」」」

 散々怪物と対峙してきた勇者達が、赤ん坊に恐れおののいている。

「わしゃを生んでくれたこのマザー島をぼろぼろにしよって。三〇〇年前わしゃを見てただ逃げ帰ったラルフよりよっぽどやっかいじゃな」
「ちょ、ちょっと待って。ラルフが逃げ帰った? 伝説の宝を獲得して大富豪になったんじゃないのか。その宝の残りがこの島にあると、そう聞いていたぞ」
「それはラルフがビビッて逃げたのを隠すために伝説の宝とでもホラを吹いたのじゃろう。大富豪になったのは『冒険の書』の印税じゃよ。あいつはただビジネスの才があっただけじゃ。じゃがわしゃが伝説の宝レベルで幸運をもたらすことは間違いない。なんてたってこの世の全てを把握している神のような存在じゃからの。お前らせっかくここまで辿り着いたのに、もったいない。こんな勇敢さのかけらもない奴らのもとには行かん! さらばじゃ!」

 そう言って赤ちゃんは宝箱を強く閉めた。

 三人はその後、伝説の宝が赤ちゃんであったことを公表したが、誰も信用はしない。それどころかとんちんかんなことを言うのでそれ以外の冒険の話すら疑われ始めた。

 今でも冒険に出発する勇者は後を絶たない。勇者達のバイブルはもちろんラルフ著『冒険の書』である。
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