バナナとわたしと宇宙戦争

作家: 井野ウエ
作家(かな):

バナナとわたしと宇宙戦争

更新日: 2023/06/02 21:46
SF

本編


 えーと、今日は二年さくら組のみんなの担任、綾子先生からお手紙を預かっているので、私が代わりに読みたいと思います。ほらミツル君、騒がない!

 先に言っておくと、みんなが楽しみにしいてる遠足は明日に迫っていますが、綾子先生は明日も欠席です。その理由もこの手紙に書いてあるのでしっかりと聞くように。
 では、



「みんな、おはよう? こんにちは? わたしがこの手紙を書いているのは夜なのでこんばんはと言っておくね笑。

 みんながこの手紙を聞いているということは、わたしはもうみんなと会うことができません。とても悲しいけれど、これはわたしの選んだ道。みんなもしっかりと受け止めてほしい。

 ことの発端は遠足の一週間前、五時間目の学級活動の時間だった。この時間は遠足のしおりが配られるということでみんなすごくわくわくしてたよね。授業が始まってすぐにミツル君が、『せんせー! しおりまだー!?』なんて言っちゃって。まだ始業チャイムの余韻すら残ってたのに笑。わたしもあのときはすごく浮足立ってたなぁ。なんてったってみんなと遠くへ行くのが初めてだったから。

 しおりを配ったあとのみんなの顔もすごく楽しそうだったよ。もう心は戸田川緑地《とだがわりょくち》へ行っているんだなって思った。

 でもね、ユウコちゃんのある質問でわたしはドキっとしたの。
『せんせー! おやつは三〇〇円って書いてあるよ!』
『うん、そうね。三〇〇円あればいろんなお菓子が買えるね!』
『そのおやつに、バナナははいるのー?』

 ……おやつにバナナは入るのか。その質問は永遠に答えの出ない難題。

 これまで数々の有識者がこの問題に取り組んできたけれど、結局正解は出なかった。囚人のジレンマやトロッコ問題のようにね。みんなにはちょっと難しいかもしれないから、気になる子は調べてみてね。

 で、わたしはというと、みんなもわかってる通りそのとき黙り込んでしまったよね。その一瞬で正しい判断をすることができなかったの。だから、『できるだけ早く答えるから今日はちょっと待ってね』と言って逃げてしまった。

 その日は家に帰ってじっくり考えたわ。その答えをこの手紙で伝えるわね。



 まず、【バナナ】と【おやつ】の意味から考えてみたの。

 バナナは【バショウ科バショウ属の植物のうち、果実を食用にするものの総称。主に熱帯域で栽培される(実用日本語表現辞典より)】と書いてあったわ。まあ、難しいから簡単に言うと、熱いところで作られる栄養たっぷりの甘い果物ってところかな?

 じゃあ次は、おやつね。おやつはみんなお昼と夜の間に食べるものだと思ってるよね。その認識は正しいわ。語源が面白かったの。【江戸期の時法で八つ時( 午後二時頃 )に食べた食事であることから。但し、当時は朝夕食の二食が一般的であったためのつなぎの食事であり、現在では昼食にあたるものであった( Wiktionary日本語版より )】なんだって。昔の人は一日二食だったのね。びっくり。その二食の間のちょっとした食事がおやつという言葉の本来の意味だったの。

 それで、二つの言葉の意味がわかったところで、みんなバナナがおやつに入るのか判断できるかな?

 わたしは一見バナナはおやつに入るんじゃないかなぁと思ったの。だって、おやつの意味を広い意味で食事とするならば何を食べてもいいわけでしょ? おやつとは、お菓子のことです。なんてどこの辞書にも書いていなかったわ。

 でもね、みんなに覚えておいてほしいことがあるの。言葉の意味をそのまま取るのがいつも正しいとは限らないのね。辞書に書いてあることはもちろん正確だわ。ただ、間違っているというより変化させてると言ったほうが正しいかしら、人間はね、文化やその時代によって言葉の意味を変化させる生き物なの。

 例えば、わたしはお皿を割ってしまったときに『やばい』と思うの。これは本来の使い方ね。やばいは危険や不都合を表す【やば】という形容詞からきているから。

 でも、大好きな杏仁豆腐を食べたときにも『やばい』と思うわ。さらには、倍率の高いアイドルのコンサートが当たったときにも『やばい』と思う。

 これらの使い方は本来の使い方ではないけれども、間違いともならない。なぜならわたしたちは長年の年月を経て言葉の意味を変えているから。

 ちょっと話が難しくなってきたね笑。じゃあ話をバナナとおやつに戻そう。

 言葉の意味はわかったところで、もう少し感覚的な話に落とし込んでいこう。



 みんなは朝、昼、晩と三回の食事をとっているよね。朝何も食べていない人はしっかり食べなきゃダメだよ。それで、お昼ご飯と夜ご飯の間にはおやつを食べるときも多いと思う。

 このとき基本的には、市販のお菓子を食べているよね。

 じゃあこれを前提として、ちょっと考えてみてね。ポテトチップがあるとして、それを夜ご飯として食べられるかな? あまり聞いたことがないしちょっと嫌だよね。やっぱり白米やパンを主食におかずが欲しいものね。

 チョコレートはどうかな? これもやっぱりポテトチップと同じ理由でちょっと嫌だよね。おやつやちょっとした合間に食べたいよね。グミもそう、せんべいもそう。

 じゃあ、バナナはどうだろう。みんなは嫌かな? 一瞬そう思う人もいるよね。特にわたしたちの国では。

 ただ、実はバナナ、海外では主食として食べられている地域があるの。炒め物にバナナを入れたりもする。

 こうやって主食にもおかずにもなり得るバナナは、みんなが普段おやつの時間に食べるお菓子とは明らかに別物、という感覚が出てくるよね。



 さらには、みんなにとって一番重要なことがあるよね。遠足のルールにかんすること。

 そう、『おやつは三〇〇円までルール』よ。

 みんなそれぞれ戦略があると思うの。安いお菓子をたくさん買って量で攻めるタイプか、大きな、ちょっと豪華なお菓子を二個くらいで攻めるチャレンジャーか、それらを混ぜるオールラウンダーもきっといるよね。その戦略を考えるのはとても楽しくて、もしかしたら遠足の本番はこのおやつ選びなのかもって、みんなと同じくらいの年だったわたしは思ってた笑。

 でもこれがね、バナナをおやつに含めた場合どうなるだろう?

 三〇〇円の使い方が大きく崩れてしまうよね。それはみんなに遠足を楽しんでほしいわたしは絶対に避けたかったの。

 だからわたしの結論はこう『バナナはおやつに含めない。バナナを持ってくるのは良いけど、弁当箱にデザートとしてこっそり忍ばせておいてね』。



 早速わたしは校長先生に許可を得るべく話をしに行った。でも校長先生から発せられた言葉は耳を疑うものだったわ。
『いや、ダメだ。バナナはおやつに含める。バナナを持ってくるなら三〇〇円の中だ』

 余りにも強く言われたからつい反論してしまった。

『なんでですか! 子どもたちにとって三〇〇円をどうやりくりするのかがどれほど重要かわからないんですか! バナナを含めてしまうとお菓子を買う余裕がなくなってしまいます』
『わかってくれ。政府が決めたことなんだ』

 意味がわからなかったわ。何回頭の中で繰り返しても。政府が介入してる? 国にとってこんなにも些細な問題で?

 わたしはすぐさま官邸に向かった。総理になんて会えっこないのにね。そこで担当の人からさらに驚くべきことを聞かされたの。
『この国のお菓子はヤナギバカ星人に非常に好まれているのです。

 われわれ政府は、ヤナギバカ星人にお菓子を献上することで、侵略を控えていただく条約を結んでいます。

 もしバナナをおやつに含めないという判断を政府がした場合、全国の子供たちがお菓子を多量に買い、消費量は一気に上がるでしょう。それは困るのです。

 ヤナギバカ星人へ献上するお菓子の量は莫大であり、現段階でギリギリのラインです。これ以上お菓子の消費量が増え献上がままならなくなった場合、この国は、この星は、一巻の終わりです。あなたはその責任が取れるのですか?』

 つらつらとフィクションのような話を並べられたけど、わたしの心は決まっている。みんなの笑顔がみたい、それだけ。
『なら、わたしがヤナギバカ星人を倒しに行きますよ! どんな手を使ってでも!』
『な、何を言っているのですか!?』

 担当の人は必死に止めたけれども、わたしのあまりにもしつこい嘆願に上層部が見かねて出てきたわ。わたしを宇宙船に乗せて飛ばしてくれるらしい。おそらく頭のおかしい人だと思われてるのね。そうやってこの星から追い出す気よ。

 でもわたしにとっては願ったり叶ったり。ヤナギバカ星人をやっつけて、必ず遠足までにバナナをおやつから外してみせるからね。みんな待っててね」



 ということです。綾子先生からのお手紙は以上です。

 このお手紙を書かれた後、綾子先生は三日間猛修行をしてヤナギバカ星へ旅立ちました。そして二日間激闘を繰り広げたのち、今朝帰らぬ人となったそうです。

 綾子先生はみなさんのために人生を捧げました。絶対に忘れないでくださいね。

 ユウコちゃん、一週間前の質問に私が代わりに答えます。

 バナナはおやつに含まれます。食べたい子は三〇〇円のなかでやりくりしてください。



 では、明日は遠足を楽しみましょう。
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