おじいちゃんは超能力者

作家: 井野ウエ
作家(かな):

おじいちゃんは超能力者

更新日: 2023/06/02 21:46
現代ファンタジー

本編


「ぜんじおじいちゃん、おめでとう~!」

 今日はわしの米寿祝いだ。息子が二人に娘が一人。彼らの子供達は合計で五人いる。そしてさらに孫の子供達も三人いる。ひ孫はみんな同じ歳くらいなので正直わしの目からは見分けがつかんが、可愛らしいのは感じる。

 長男のたかしが企画してくれたこの会は、わしの好きなもので溢れている。ポン酢で食べる水炊きにチョコケーキ。テレビには吉本新喜劇が賑やかしで流れている。このベタなお笑いが大好きだ。ぼんやり眺めているだけで心が楽しくなる。

「ぜんじおじいちゃん、じゃーん、金の座布団よ。これからも元気でいてね」
「おお、ありがとう」

 長女のゆうが嬉しいプレゼントをくれた。ちょうど今使っている座布団がぺしゃんこになっていたところだ。早速わしは金の座布団の上にどかんと尻を置く。

「ちょっと、普通こういうのちょっとの間飾ったりするでしょ。そんなすぐ座らないでよ」
「「あははははは」」

 確かにそうだな。座り心地がそこまで良くないことから察するに、観賞用の座布団なのかもしれない。いや観賞用の座布団ってなんだ。ともかく、四世代みなが笑っているこの時間がとても楽しい。女房にも見せたかった。

「じゃまたすぐ来るね。改めて米寿おめでとう。体に気をつけてね」
「はいよ」

 子供達は遅くなりすぎる前に帰っていった。もっと長居してくれてもよかったのに。家の前で手を振り終え中へ入ろうとしたその時だった。

「うわあああああああ」

 ドカンッ。
 
空から若い男が降ってきたのだ。その男は傷だらけに見えたが、血は一滴たりとも流していなかった。

「なんじゃ!?」

 遅れてわしは反応する。この頃考えてから言葉にするまで時間がかかってしまう。老いには勝てん。

「いてて、すみません。驚かせてしまいました。私、超能力者なんです」

 耳が遠くなってしまったのか、超能力者と聞こえたが実際は何と言っているのだろう。

「もう私の命は長くありません。能力を引き継ぎしなければ、そこのお祖父様、胸をお借りします」

 そう言って若い男はわしの胸に手を当てた。その瞬間心臓の脈がどんどん速くなっていくのがわかった。おいおい、死んでしまうぞ。

「はいやぁ!」

 ドクドクドクッ。

 わしの体に何やら力が注がれていくのがわかる。逃げようにも身動きが取れない。元から急には動けない体だが。若い男は二〇秒ほど注ぎ続け手を離した。

「はぁ、はぁ、はぁ。お祖父様、私の超能力のほとんどをあなたに引き継ぎました。説明書を渡しておきます。残りの人生を楽しんでください。では」

 そう言って若い男はびゅんと消えた。俗に言う瞬間移動とかいうやつに見える。超能力と聞こえたのは正しかったのか。



 家の中へ戻り状況を整理する。まず子供達と別れるために家の前で見送った。そうすると空から若い男が降ってきて理解もできないうちにわしの胸に手を当て何かを注ぎ込んだ。……考えても無駄なようだ。

 わしは若い男が渡してきた説明書なるものをひらいた。これを読めばちとは理解できるかもしれん。老眼でぼやけてはいるものの、その説明書の中身は『超能力』と書かれた欄と、『発動方法』と書かれた欄があり表のようになっていた。発動方法はどの超能力を見ても念じるとあるだけだ。この欄を作る意味あるのか。だがどうやら超能力を注ぎ込まれたらしいということがこの冊子を見てわかった。嘘だとは思うが空から降ってきたんだ、超能力をもっていてもおかしくはない。どれ、試してみようか。

 超能力といえばサイコキネシスだろう。手を触れず物を動かすあれだ。わしはまあまあSFが好きだからそのあたりは詳しい。近くにあるテーブルに手の平を向け念じてみる。

「ぐぬぬぬ」

 ピクリとも動かない。だが不思議なものでテーブルに向かって念が送られている感覚はある。もう一度やってみる。

「ぐぬぬぬぬ」

 だめだ。念は送れているが体がもたない。血管が切れてポックリいってしまいそうだ。もしかして、超能力をもらったはいいものの、この老いぼれじゃあ充分に使えないのか。ふとそんなことを思い今度は目の前のリモコンに念を送る。

 するとリモコンは私の手の平にひゅっと吸い込まれた。サイコキネシス成功だ。わしは超能力者になったのだ。ただ、リモコン一つ動かすのにもぜえぜえ呼吸が荒くなるほどの体力が必要だった。その日は倒れ込むように布団に入った。なにやら気持ちがふわふわしている。米寿にもなって初体験をするとは思いもしなかった。



 次の日、朝起きて一番にたばこをくわえる。毎日の日課だ。長生きの秘訣はたばこと言っても過言ではない。わしの原動力はニコチンだ。ライターで火をつけようとしたが、そうだそうだ、わしは超能力者だった。

 パイロキネシス、火を出すあれだ。わしは思い切り人差し指に念を送り込む。

 ボッ。

 ちょうどたばこに火が移るくらいの火力だ。普通は人が燃え死ぬくらいの火力だろうが、わしは老いている。本気で念じてこの程度だ。だがそれでいい。誰とも戦うわけじゃない。

 朝ゆっくり過ごした後は買い物だ。いつも行く肉屋のせんちゃんに超能力を自慢してやろう。そうだそうだ、歩いて行く必要もないな。わしには瞬間移動がある。わしは目をつむり全身に力を込めた。肉屋まで。肉屋まで。ぐぬぬ。

 ビュンッ。

 明らかに立っている場所が変わった。高揚感に包まれる。瞬間移動は気持ちがいいな。目をあけるとそこは台所だった。リビングから五メートルほど移動しただけだった。なんだかやり切れない気持ちになる。今ほど若ければと思ったことはない。結局肉屋へは杖をつき歩いて向かった。



「おう、ぜんじさん、米寿なんだって? 元気だねえ」

 せんちゃんが明るく迎えてくれた。せんちゃんと呼んでいるものの、こちらが八八歳のおじいちゃんならば、向こうは五五歳のおっさんである。

「今日は豚バラが安いよ。ちょっとぜんじさんには脂っこいかな? 何買う?」
「まだまだ脂も取らなきゃ。豚バラ三〇〇グラム貰うよ。あと、わし、超能力を使えるようになったんだよ」
「あいよ、三〇〇グラムね。で、超能力だって? ぜんじさんとうとうボケたかい」

 こんな軽口を叩いてくれるのはせんちゃんだけだ。気心の知れた仲ってのはいいね。ただ今回ばかしは腹が立つ。超能力は事実なのだから。

「見せてやるよ。テレパシーをせんちゃんにお見舞いするよ」
「テレパシーって思ってることを当てるあれかい? じゃ俺が何を思い浮かべてるか当ててみてよ」

 目を閉じせんちゃんに集中する。ぐぬぬ。何かが見えてきた。が、ぼやけすぎて色味しかわからない。テレパシーまで老眼なのか。

「……赤いなにかだな」
「おお! ざっくりだけど当たってるよ! 俺が考えてたのは肉だよ」

 目の前にあるものじゃないか。単純な男だ。肉を貰い別れ際にサイコキネシスでせんちゃんのカツラを飛ばす。

「ちょっと! 超能力はわかったって! やめてくれ!」

 友達をおちょくるのは楽しい。



 その夜は、もし超能力を手に入れたら絶対にやりたかったことをすることにした。わしが向かったのは言わずもがな女風呂だ。全ての超能力が使えるのなら女風呂を覗くことなんて容易なはず。問題はわしの老化による超能力の劣化との戦いだ。なんとか覗かせてくれよ。

 まず試したのは千里眼。壁を隔てた向こう側を見ようと意識を集中して念ずる。見える、見えてきたぞ、と思った映像はただのわしの妄想だった。女風呂を想像してムラムラしてるだけだ。結局老眼でぼんやりすぎて覗けやしない。モザイクが厚すぎる。

 次に試したのは透明化だ。正直今までの経験からするとできる気はしないが試してみる。わしは絶対に女風呂を覗きたいのだ。全身に念を送り体を薄くしていく。いいぞ、この調子だ。いける、今ならばれない程度に透明だ。わしは堂々女風呂へ向かう。

「きゃあああ。半透明の変態がいるわ!」

 バコーン!

 何人もの女性に桶で頭を叩かれた。裸は見えた気がするが衝撃で映像は全て飛んだ。目をひらくとそこにはわしがいた。

「なんだ、どういうことだ」

 どうやらわしは宙に浮いており倒れたわし自身を見ているようだ。幽体離脱だ。速く体へ戻らねば。そう思い泳ぐように下へ進むがわしの体はどんどん遠ざかっていく。というよりわし自身が泳げば泳ぐほど離れていく。



「超能力を手に入れた人生はどうでしたか?」

 気がつくとそこにはわしに超能力を与えた若い男がいた。そうか、わしは死んだのか。

「もっと若い頃に注ぎ込んでくれ。まとめに使えたもんじゃない。老いには勝てん」
「ははは。そうですか。偶然私の前にあなたが現れたので超能力を引き継いだんです。それだけでもすごい確率なんですよ」

 逆だ。君がわしの前に現れたんだ。まあそんなことはどうでもいい。

「あ、そういえばあなたの奥様がここを先に行った場所にいらっしゃいましたよ」

 その言葉を聞きわしはすぐに向かった。死んでも良いことあるじゃないか。

「あら、あなた、来たのね。早かったじゃない」
「そうか? 八八まで生きたぞ。おかこ、お前こそ行くのが早すぎたぞ」
「しょうがないじゃない。私が元々体が悪いのを知ってて結婚したんでしょ。残った方は存分に悲しんでちょうだい」

 趣味の悪いことを言うな。

「で、なんでこっちへ来たの? 事故? ガン? 肺炎?」
「……言いたくない」
「夫婦に隠し事はなしでしょ」
「しょうがないな。女風呂を覗こうとして桶で叩かれてこっちへ来たんだ」
「あらなにそれ。笑っちゃうわ。こっちへ来ても冗談が好きなのね。でもあなたならやりかねないわね。そんな死に方本望じゃない。女好きのあなたにはお似合いよ」

 やっぱり女房と話しているときが一番落ち着くな。

 超能力は、予定より早くわしと女房を再会させてくれた。
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