人魚の逆さ鱗

作家: 夕霧
作家(かな): ゆうぎり

人魚の逆さ鱗

更新日: 2023/06/02 21:46
現代ファンタジー

本編



 それは酷く蒼い鱗であった。
 水の中に降り注ぐ陽の光は蒼く美しい鱗をキラキラと反射させて水流に不思議な模様を浮かばせる。
 僕はそれをぼんやりと眺めながら、目の前の少女とのやり取りを思い返していた。
「返して、私の鱗」
 そう言って海から伸びた白く細い手に腕を捕まれ、そのまま海へと沈んでしまった。
 彼女はなんだ?上半身は人間のようだが、下半身は魚のようにヒレがある。
 段々と鮮明になっていく意識の中で、彼女のことを思い出した。彼女は、僕に鱗を預けた美しい人魚だった。
 幼い頃、僕は港町で暮らしていて、そこで人魚の友達と一緒になって遊んでいた。
 僕が港町を離れることになった時に、彼女は「いつか会いに来て、これは約束の証だから」と自身の鱗を1枚剥いで僕に寄越した。
 それから何年も時間が経ち、僕は大人になって再び港町に来ることになった。人魚の彼女との再会を果たすために。
 だが、再会を果たせたものの彼女は僕の話も聞かずに海に引きずり込んできた。
 そしてすすり泣く声で繰り返す
「ずっと待ってた。待ってたのよ?でも、貴方が全然会いに来てくれないから…寂しかったの。辛かったの。どうにかなりそうだった。こんなに辛いなら泡になって消えてしまいたいと思ったわ。だから私と一緒に沈んでちょうだい。鱗は返さなくていいから、どうか一緒にいて。離れないで。そばにいて。お願い」
 何年経っても会いにこない僕にとうとう痺れを切らしたようだ。
 人魚の涙は海の中では見えないみたいだ。
 泣きそうな顔なのに、涙が見えない。
 僕は随分と彼女を悲しませてしまったみたいだ
 水の中では僕の声は届かない。なんとかして海から上がりたい。これでは君に伝えたいことも伝えられない。ただ会いにきたわけじゃない、遠く離れててもずっと胸にしまい込んできた淡い恋心を伝えたいのだ。
「僕もだよ。ずっと会いたかった。早く鱗を君に返して、好きだよって伝えたかった」
 そう言いたい。そうして思いっきり抱きしめたい。
 息が続かない。このままでは完全に溺れる。
 水面が遠くなっていく光景に危機感を覚える。
 闇雲に水面に向かって手を伸ばすと、彼女の手が阻止するように僕の手を絡めとった
「大丈夫、貴方は死なない。水の中でも大丈夫なようにしてあげる。だから、もう陸になんて帰してあげない。ずっと私と一緒に溺れ続けていて」
 水の中で響く彼女の声を最後に僕は意識を手放した。
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