ボーイ・ミーツ・ガールの因果律

作家: 蒸気宇宙船
作家(かな): じょうきうちゅうせん

ボーイ・ミーツ・ガールの因果律

更新日: 2023/06/02 21:46
SF

本編


 昭和32年の夏のある日、ぼくは彼女に通信を送る前に、彼女と出会った。

 7月のある日、ぼくは行きつけの和白駅の前の貸本屋で『少國民畫報』という、やや時代がかったタイトルの月刊誌を借りて、自分の部屋の中で何気なく読んでいた。その雑誌の中の、「速記通信講座」「伝書鳩の飼育法を伝授します」といった広告に埋もれるように、「鉱石ラヂオ格安でお譲りします」という一文があった。
 ぼくは常々「鉱石ラヂオが欲しい」と思っていた。ただ、「ぼくの小遣いでは鉱石ラヂオなんて絶対に買えないだろう」と諦めていたことも事実だ。ところが、その広告をよく読むと、「送料込みで50円」と出ている。当然、ぼくは慌ててメモ用紙替わりの広告の束を電話台から拝借して宛先(長崎県の「浦上数学・物理教室」という所だ)をメモし、貯金箱を割って10円玉二枚・5円玉四枚・1円玉十枚を取り出した後に、郵便局へと向かった。
 郵便為替で50円を送ってちょうど二週間後、待望の鉱石ラヂオが届いた。ぼくは自分の部屋でワクワクしながらラヂオが入った段ボール箱を開け、一つ一つの部品をうっとりと見続けた。
「こうしちゃいられない。鉱石ラヂオの部品が届いたのなら、組み立てなきゃ意味が無い」
 我に返ったぼくは、早速鉱石ラヂオの組み立てにかかった。
 図面とにらめっこをしながら、ペンチでコイルを巻いたり、所定の位置に鉱石をはめ込んだりして、約1時間かけて鉱石ラヂオが完成した。が、完成直後、ぼくは図面と共に封入されていた手紙に、今さらながら気付いた。その手紙の文面は、次のようなものだった。

この鉱石ラヂオを手に入れるキミへ

実をいうと、これは鉱石ラヂオではない。おじさんは今年の6月、爪を切ろうとしてふと、超光速通信の理論を思い付いた。この発見は、今までの古典力学はおろか、量子力学の根幹さえをもひっくり返すような大発見といえよう。場合によってはノーベル物理学賞をおじさんが受賞し、そればかりか、人類の科学が飛躍的な大発展を遂げることとなるかもしれない。だが、ニュートンからアインシュタインに到るまでの先人たちの、数百年に亘る物理学にまつわる労苦を、一介のアマチュア研究家たるおじさんが、たった一カ月でひっくり返して良いものだろうか?おじさんはそう思い悩んだ。おじさんは、近所の少年少女たちに算数・数学・物理、および錬金術を教える、一介の塾の先生に過ぎない。そんなおじさんが、アインシュタインを踏み台にするどころか、彼の理論を足蹴にするなど、おこがましいにも程があるだろう。そこでおじさんはみずから発見した理論を基にした超光速通信機を、単なる少年少女たちのおもちゃにしようと思う。おじさんのこの説明を信じるか信じないかは、キミ次第である。もしキミがおじさんの説明を「ばかばかしい」と思うのならば、この装置を「鉱石ラヂオ」として使用してほしい。それでは、キミのご多幸を祈る。

昭和32年7月
浦上数学・物理教室代表 乙一(きのとはじめ)

「な、何だこりゃ?」
 この手紙を読んで、ぼくは目を剥いた。この塾の先生、頭がおかしいんじゃないだろうか?まあ、学者には変わり者が多いって言うけれど...。
 そんなふうに考えている最中、「ガンガンガン」と窓を叩く音がした。四畳半しかないぼくの部屋は、道路に面している。磨りガラスの向こうに、道路に佇んでいる人影が見える。ぼくは「誰だろう?」と思いながら、窓を開けた。
 窓の向こうには、真ん丸な眼鏡をかけ、亜麻色のお下げ髪(お下げの部分には、包帯のような布を巻きつけている)で、編み笠を被り、背負子に大きな楊行李を載せ、卸したてのように真っ白な半袖の上着に、灰色の裾の広がったズボン、そして腰にはジャンバーのようなものを巻き付けた、何とも奇妙な体裁の、ぼくと同い年と思われる女の子がいた。
「タキオン受信機に入ってきた、お前さんからのメッセージで呼ばれた」
 開口一番、彼女はそんな奇妙なことを言った。当然のことながら、ぼくは面食らった。
「な、何を言っているんだよ!?ぼくはこのヘンテコな装置をたった今完成させたばかりだけど、まだ何もやっていないよ!」
「物質にせよ、情報にせよ、光速を超えると因果律が逆転する。つまり、『風が吹いた結果、桶屋が儲かる』のではなく『桶屋が儲かった後で風が吹く』ようなもの」
「いんがりつ???」
 女の子は良く分からないことを言った。
「上がらせてもらう。ごめんよ」
 女の子は背負子をドスン!とぼくの部屋の中に降ろし、次いでひょい!と部屋に上がり込んで、その後にブーツのような靴を脱いだ。
「キミは、一体何者なんだ?」
「チキュー星人から見ると、わたしはウチュー人ということになる。そしてわたしから見ると、お前さんはウチュー人とも言える」
「つまり、キミは宇宙人…」
 彼女は、本当に宇宙人なのだろうか?それとも、昔読んだ絵本に出てくる「ドン・キホーテ」という騎士のように頭がおかしい子なんだろうか?などと思っていると、女の子はこう語りだした。
「わたしは、あらゆる知性体の――それがたとえ機械であったとしても――認識を意のままに操作できるよう、遺伝子レベルで改造されている。たとえわたしが青くて丸い存在であったとしても、角が生え、半裸で空を飛ぶ存在であったとしても、知性体はわたしを当該共同体内部の異分子と看做し、排斥することは出来ない」
…何だかよく分からないが、要するにぼくらチキュー星人が宇宙人を目の当たりにしてもビックリしないように、催眠術のようなものをかけている、ってことだろう。
「キミがチキュー星に来た目的は、そもそも何なの?まさか、チキュー星の侵略が目的とか…」
 ぼくは半ば冗談交じりで訊いてみた。
「話は長くなるが、わたしの身の上話を兼ねて聴いてほしい」
 女の子はそう前置きをして、次のように語った。

 わたしは「アオゾラ鉱業機械集団」――略して「アオゾラ鉱機」――という工業集団に所属していた。役職は通信要員。アオゾラ鉱機の主な活動は、惑星・衛星を破壊して稀土類元素やレアメタル等の資源を採取すること。そしてわたしの任務は惑星上、もしくは衛星上に知性体が確認された場合、技術発達指数・社会発達指数・経済発達指数、及び個体数等を集団中枢に報告すること。
 わたしが構成員となっていた星間共同体の法律では、知性体の棲息する天体を破壊する場合、当該天体と酷似した環境を整備した上で、知性体の99パーセント以上を強制的にその環境に移住させるよう、定められている。その法律に違反した場合、知性体の大量殺戮の罪により、個人・法人、その他共同体を問わず、関係者は全て処刑されることになっている。
 当時、わたしは欲しかったタキオン受信機をようやく手に入れ、わたし独りだけが駐在していた、とある破壊予定の惑星を周回する人工衛星で、定期的に外部の星間共同体からの超光速通信が入ってきているか否かを確認する日々を送っていた。そしてその頃、惑星の調査隊から、この星に石器を用い、原始的な社会を構成し、更に他の生物との交易まで行う機械型知性体が、地中に約50億個体確認されたとの報告があった。
 その時、わたしはようやく入って来たタキオン受信機が受信したメッセージの解読を行っていた。そのメッセージの解読には時間を要したが、判明した内容はこのようなものだった。

「ハロー、コチラチキューセイカスヤグンワジロマチノ、『オマエサン』トヨバレルショウネン。コノメッセージヲジュシンサレタカタハ、アマチュアムセンニテヘントウメッセージヲオオクリクダサイ」

「えっ!?ちょっと待って!ぼくが送ったメッセージが、キミが持っていたタキなんとかに入って来たってこと!?」
 ぼくは仰天した。それに対して、彼女は説明する。
「先ほど説明したように、光の速度を超えると因果律は逆転する。このメッセージは、お前さんがこれから送るメッセージとなる」
 続けて女の子は話をする。

 わたしはこのメッセージの解読にかまけて、アオゾラ鉱機中枢へ「この惑星には知性体が約50億個体棲息する。即刻惑星破壊計画を中断し、知性体の強制移住環境を整備されたし」との報告を怠ってしまった。その結果、50億個体の知性体は惑星もろとも、天体破壊ミサイルによって木っ端微塵に消し飛んだ。
 その後、惑星調査隊隊長からの告発によって、アオゾラ鉱機の全構成員が知性体の大量殺戮の罪によって逮捕された。もちろんその中にわたしも含む。
 裁判の結果、わたしを除くアオゾラ鉱機の構成員全員が死刑、アオゾラ鉱機の所有する手形・証券・不動産その他の全資産もわたしが所属していた星間共同体が没収することになった。
 わたし自身は触法少年未満であったため、極刑には至らなかった。しかし、世論は「通信要員の少女こそが知性体大量殺戮事件の張本人である。即刻極刑にすべし」という方向に傾いていた。そこで二審、三審と審議を重ねた結果「極刑ではなく、光子ロケットによって星間共同体からの永久追放処分とする」との判決が下された。
 わたしは強制的に光子ロケットに乗せられたが、星間共同体からの慈悲によって「行き先を自由に決定しても良い」との通達が出された。そこでわたしは超光速通信の発信元を行き先として希望し、星間共同体を後にした。
 長い旅路の果てに、わたしは約12年前に発信元のチキュー星に到着した。当時、この辺りは大きな戦争の直後だったらしく、一面の焼け野原となっていた。その後、わたしは泥水を啜り、草を食み、生ゴミを漁り、時折空き瓶を拾って酒屋で換金してもらい、その金で喰う焼き鳥やおでんを唯一の愉しみとし――その間、チキュー星からは次第に廃墟が消えてゆき、ビルが増え――そして今日この時、遂に発信元に辿りついた。

(…信じられないような話だ…)
 ぼくはそう思った。
 そしてよくよく考えてみると、彼女が50億もの宇宙人を見殺しにして、アオゾラ鉱機という会社を解散させ、それどころか社員全員を死刑に追い込み、その結果、故郷から追放された原因は、ぼくにあるということになる。ぼくは怖くなって、話題を変えた。
「と、ところでサ、キミの故郷の星って、チキュー星から何光年離れているの?」
 ぼくは先日読んだ、子ども向け科学雑誌で覚えた単位を用いて訊いてみた。
「20億光年」
「に、20億光年!?」
 ぼくは目が回りそうになった。彼女の住んでいた星は、チキュー星から12光年程度しか離れていないと思っていたのに、20億光年だなんて…。
「相対性理論によると、光の速さに近づけば近づくほど、時間の流れは遅くなる。わたしの乗ってきた光子ロケットは光速の99.999999999999999999999…」
 彼女は延々と9の数字を並べたのち、
「…99998パーセントの速度で移動可能。故に、わたしの体感した時間は50年程度。この年数は、わたしの出身種族の寿命の約1パーセントでしかない。しかし、その間に20億年もの歳月が…20億年もの歳月が…」
 ついさっきまで無表情だった女の子の目に、じわりと涙が浮かび、鼻からは、ずるりと洟が垂れ、そして彼女は
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!」
と、大声をあげて泣き出した。
「20億年もの間に、わたしの故郷は消滅していて、同胞は絶滅していて、仮に生き延びていたとしても、わたしとは似ても似つかぬ形態に進化しているのよ!!!わたしの同胞で生き残っているのは、わたしただ一人だけなのよ!!!!!おどーぢゃーん!!!!!!!おがーぢゃーん!!!!!!!」
(そうか…20億年もの間、彼女はたった独りで宇宙を航海し続け、そして本当に一人ぼっちになってしまったんだ…この子はチキュー星人よりはるかに長い寿命を持っているだろうけど、確実に言えることは、もう彼女には仲間がいないってことだ…)
 ぼくは想像を絶するような孤独感を思い、彼女を優しく抱きしめた。
「キミは一人ぼっちでここまで来たんだね…この国にも、12年前の戦争で独りぼっちになった孤児はたくさんいる。独りぼっちなのはキミだけじゃないんだ。ぼくは戦後の生まれだから、キミや、キミと同じような境遇の戦災孤児の気持ちは理解できないかもしれない。でも、孤独な人たちと向き合い、そして孤独な人たちに出来得る限り手を差し伸べよう。キミと出会って、ぼくはそう決心したよ。ところで、キミの名前は何ていうのかい?」
「茅葺き小屋の…グヒッ…一人…ヒック…娘…ズズッ…」
「『茅葺き小屋の一人娘』…か」
 女の子――茅葺き小屋の一人娘――は続けて言う。
「でも…ウウッ…もう…ヒック…こんな…グスッ…名前なんて…グシッ…意味は…グヒッ…無いのよ…ズズッ…お前さんが…ウッ…新しい…ズルッ…名前を…グシッ…付けて…ヒッ…ちょうだい…ウウッ…」
(この間国語の授業で習ったけど、小さな小屋のことを昔は…)
 ぼくは国語の授業を思い出しながら彼女に話しかける。
「庵(いおり)っていうのはどうかな?」
「庵…いい名前…」
 彼女――庵――は、ぼくのシャツを涙と洟でびしょびしょに濡らしながらも自分の新しい名前に賛同してくれた。
「そうだ!キミの口に合うかどうか分からないけど、冷蔵庫からパンビタンを持ってくるよ」
 ぼくのお父さんもお母さんも共稼ぎだから、こういう時に勝手に飲み物を持ち出しても、誰にも咎められない。ぼくは冷蔵庫からパンビタンを一本失敬し、コップに氷を入れ、それらと栓抜きをお盆に載せて、部屋に戻る。そして栓抜きでパンビタンの栓を開けてコップに注ぎ、まだぐずっている庵に差し出す。
 彼女は最初におずおずと、そして一口飲んでからは目を輝かせた。
「おいしい!」
 さっきまでベソをかいていたことが嘘のように、庵は喜んだ。
「そうだ!お前さん、超光速通信機でさっき話した文面で通信を送ってちょうだい」
「えっ?で、でも、そんなことをしたら、何十億もの宇宙人が死んで、キミの会社が潰れて、そしてキミ自身も故郷から追放されることになるよ。そんなことは出来ない…」
「やってちょうだい。でないと、わたしはここに存在しないことになる」
「で、でも…」
 ぼくは口ごもった。けれど、庵はこう言い切る。
「因果律が逆転すること自体が、更に大きな因果律に組み込まれているようなもの。因果律には逆らえない」
 ぼくには「いんがりつ」というものが、どういうものかが理解できないけれど、要するに「運命」ってヤツかな(いや、ちょっと違うか)?ともあれ、ぼくは机の上の超光速通信機に向き合う。
「えーと、最初に『ハロー』って言葉が来るんだったな」
 ぼくはマイクを口元に寄せて、よく分からないが20億年前の庵に呼び掛ける。

「ハロー、コチラチキューセイカスヤグンワジロマチノ、『オマエサン』トヨバレルショウネン。コノメッセージヲジュシンサレタカタハ、アマチュアムセンニテヘントウメッセージヲオオクリクダサイ」

 あれから50年以上の歳月が流れた。
 僕は現在、ミッション系の孤児院を運営している。庵はその50年の間に3センチメートルほど背が延びた。そして彼女は周囲の人間の認識を操作しているため、「宇宙人がチキュー星にいた!」などとマスコミを騒がせることなく、他の身寄りの無い子どもたち、事情があって親許に居られない子どもたちと遊ぶ日常を過ごしている。尤も、庵がハマっている遊びというのが花札・麻雀、そして「競馬の予想ごっこ」というのが気になるが…。
 そんな庵だが、彼女は最近アマチュア無線を始めた。ギャンブル関連の遊びではなく健全な趣味を持って何より…と言いたいところだが、ここ数ヶ月間、彼女は学校から帰ったら他の子どもとも遊ばずに無線機と睨めっこばかりしている。
「なあ、庵、君は最近アマチュア無線と睨めっこばかりしているが、どうしたのかね?」
 ある日、僕は堪りかねて彼女に訊いてみた。
「20億年前、わたしはアマチュア無線にメッセージを送った。お前さんへの返答だよ」
 その言葉が終わるか終らないかのうちに、ザザー、ピー、という雑音と共に何やら言葉が入って来た。
 その声は、まぎれも無く庵の声だった。そしてその声を聴いた庵は、初めてパンビタンを口にした時のように顔をほころばせた。
「やった!20億年前に送った返答が、遂にチキュー星に届いたのよ!チキュー星の言語の解読に約50年かけた後で、わたしはタキオン受信機に入ったメッセージの指示に従ってアマチュア無線を送ったの。それが遂に届いたのよ!」
 超光速通信機によるものではない、単なる電波によって20億年もの歳月をかけて到達したメッセージは、このように繰り返した。

「ハロー、チキューセイカスヤグンワジロマチノ『オマエサン』トヨバレルショウネンノメッセージヲジュシンサレタ。アマチュアムセンニテヘントウメッセージヲオオクリ。ハロー、チキューセイカスヤグンワジロマチノ『オマエサン』トヨバレルショウネンノメッセージヲジュシンサレタ。アマチュアムセンニテヘントウメッセージヲオオクリ。ハロー...」
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