「ラブ・ストーリー」にならなかった「ラブ・ストーリー」
「ラブ・ストーリー」にならなかった「ラブ・ストーリー」
更新日: 2023/06/02 21:46恋愛
本編
ずどどどどどどど……。
(ビク―――――ッ! え? ……なに? 何があったの?)
春。N市Y中学3年生の校舎。階段下踊り場にいた氏家(うじいえ)真美(まみ)の真横で、ものすごい音がした。自分の足元を見下ろすと、学生服を着た男子生徒が、足を投げ出して座った格好のまま、転がっていた。
ばちっ!
階段から落っこちてきたらしい彼と眼が合った。真美も呆けていたが、落ちてきた彼も、自分の状況が把握できていなかったのか、びっくりして大きく眼を見開き、真美を見上げていた。
(どきんっ! どっくん! どっくん! どっくん! わたわたわた……。おたおたおた……。……擬音ばっかりだ……)
真美は、自分の頭と心臓が鳴らした音に、心の中で思わず呟いた。
そう。これから語られる話は、この二人が発した「擬音」で進む。
突然足元に降ってきた、初めて見る顔の、名前も知らない男の子。
(すっごく……、きれいな男の子……)
見下ろした彼は、線が細い華奢な印象の身体と、とても整った顔立ちをした……。そう……。俗にいう「ハンサム・ボーイ」だった。
真美は、彼が落ちてきた階段を見上げた。踊り場のところに男子生徒がいた。
(この人……。器楽部が使っている音楽室の隣の体育館で見たことがある……。そうだ。九組のバスケットボール部のキャプテン。加藤君だ)
真美は見下ろしている男子生徒の情報を脳内から取り出した。
彼女は三組。器楽部でピアノを弾いている。音楽室と体育館はドアでつながっていた。
「渡辺! 大丈夫か?」
踊り場にいる彼が真美の足元に転がっている彼に声をかけた。
(はっ! どうしよう?)
状況を把握した真美は、再び、足元に転がっている男の子を見つめて息を呑んだ。
三組は校舎二階にあり、九組は三階だ。同じ校舎であっても、滅多に会うことがない。真美が「渡辺」と呼ばれた彼を知るはずもない。ところが、たった今しがた、彼が真美の足元に降ってきた。この瞬間から、真美と渡辺は「ストーリー」を共有することになった。
出会い……。
「だ……」
ぷしゅう~って、風船がしぼんだ。たった一文字発したところで、真美は言葉を止めた。
「大丈夫?」と尋ねようとしたのだが、知らない男の子に、声をかけるのを躊躇(ためら)った。それに、心臓の音がうるさすぎる!
(どきっ! どきっ! どきっ! )
真美は渡辺に「一目惚れ」してしまった。しかも「初恋」だった。この二つの感情から、真美は完全に、渡辺にかける言葉を失(な)くしていた。
呆然と自分を見下ろしている、女子生徒を見上げていた渡辺は、自分の顔が、瞬間的に真っ赤になったのが分かった。
(どきんっ!)
渡辺の心臓からも同じ音がした。ハーフみたいに彫が深い顔立ちをした、スレンダーな女の子が自分を見下ろしている。
(恥ずっ!)
渡辺は慌てて飛び起きると、落っこちたばかりの階段を一段飛ばしで登っていき、加藤を無視し三階まで一気に駆け上った。
(どきっ! どきっ! どきっ!)
自分の席に座ると、さっき自分がしでかした光景を思い浮かべて頭を抱えた。恥ずかしさで、まさに「穴があったら入りたい」といった心境だった。
(誰だ?)
渡辺の心に疑問が浮かんだ。見たことがない女の子だ。ということは二階の一組から六組のクラスの子だ。
(おっきな眼だった……)
渡辺は、自分を驚いて見下ろしている、少女の眼差しを思い出していた。渡辺にとっても、「一目惚れ」だったし、「初恋」だった。
(どきっ! どきっ! どきっ!)
二階の三組と三階の九組の中で、二人の中学生が見つめ合ったお互いの眼差しに、心臓が大きな音を立てていた。
真美は加藤の言葉を思い出していた。
(九組の加藤君と一緒にいたから、きっと九組の人だわ。わ・た・な・べ……君?)
真美は渡辺の、自分を食い入るように見つめていた眼差しを思い出していた。
渡辺も、自分をびっくりした表情で見下ろしている、女子生徒を思い出していた。
(あの子は、なんという名前だろう? 知りたい……。でも……)
渡辺は彼女を探すために、一組から六組までの所属教室しかない二階へ行く勇気はなかった。
しかし、意外と簡単にお互いを知る機会が訪れた。放課後クラブ活動の時、真美は音楽室へ、渡辺は体育館へと向かう。いつも、同じ廊下を歩いていたのだった。
(今まで、全く気がつかなかった……)
二人は、お互いの背中を見つめて、同じことを思っていた。
(華奢で……、柔らかい雰囲気を持った……とってもきれいな男の子……)
これが、真美の渡辺に対する印象だった。
(あの子。器楽部だったのか……)
渡辺は、階段で出会ってからすぐに、体育館近くまで歩いていく真美の姿を見つけた。
(ばくっ! ばくっ! ばくっ! なんてスタイルがいい女の子なんだろう。本当にハーフなのかな?)
「おい! 氏家~。落としたぜ」
バスケ部の鈴木が、彼女が落とした楽譜を拾い上げて声をかけた。
(鈴木? 三組だよな。彼女は三組か。氏家……? 氏家……なに……?)
渡辺は少女の横顔を見つめた。
(どきどきどきどき。彫が深くて……。こういう子を……、『美人』って言うんだろうな……)
体育館のすぐ前で、音楽室へと向かう廊下を曲がる真美を、渡辺は見つめていた。
以後、二人はまさにアメリカのFBI並みの情報収集力を発揮し始めた。
渡辺祐也(わたなべゆうや)君。氏家真美さん。M小学校出身。J小学校出身。三歳年上の兄がいる。
(そうか……。兄たちは同学年だ)
自宅で探し出した兄の中学卒業アルバム。
(渡辺。渡辺。渡辺……。あった! うわぁっ! お兄さんもきれいな人だったんだ。
そっくり……。……なんてきれいな兄弟なんだろう……)
(氏家。氏家。氏家……。あった! でも……。全然似ていない……。お兄さんは日本人そのまんまだ。全く似ていない。だって、彼女は……。ものすごくきれいな……、西洋人みたいな女の子)
その日の五限は美術だった。真美が水場でパレットを洗っていると、隣に人の気配がした。
(誰か来た!)
瞬間的に真横を見ると、隣に来た人も、同時に真美を見た。
(えっ!)
いち。
に。
さん。
(わ……。渡辺君?)
見つめた彼の瞳も、同じように驚きの色をしていた。でも……。三つ数えるだけの時間、二人は見つめ合っていた。
(ど……。どうして?)
真理は、心の中で問うた。
その後のことは覚えていない。気がついたら、渡辺は真後ろにある階段を駆け下りていった。
(ど……。どうして?)
渡辺も、自分に問うていた。
(そもそも僕は、どうして、彼女の隣の蛇口に行ったんだ?)
階段を駆け下りながら、渡辺は心の中で叫んだ。彼の心臓は、すごい音を立てていた。
(ばくんっ! ばくんっ! ばくんっ!)
真美はパレットを洗う手を止めた。わずか五十センチしか離れていない距離で見つめた渡辺の眼差しが、脳裏に強烈に焼き付いた。
(どっきん! どっきん! どっきん! なぜ? なぜ……、私を見たの?)
(なぜ? なぜ……、横を向いちゃったんだろう……。僕……)
この時、二人は確信した。
渡辺君は……私が好きだ。
氏家さんは……僕が好きだ。
(でも……。何も言えなかった……。声を出す勇気がなかった……)
言えないまま、時間だけがどんどん過ぎていった。すれ違う時は、いつも眼が合った。それでも、何も言えなかったし行動も起こせなかった。
(体育係だからって……)
真美は石灰の袋を見下ろしていた。これを校庭まで運ぶように、体育教師に言われたのだった。
(10キログラムだよ? 持てるかな? お……、重い)
四苦八苦していると、すっと、横から手が伸びてきた。黒い袖。学生服。その腕から眼を移動させて顔を見た。
(わ……渡辺君?)
真美は完ぺきに固まった。その腕が、軽々と石灰の袋を持ち上げ、真美を見ることもなく、黙って歩き出した。
(えっ? うわぁっ! な……ぜ?)
速足で歩く彼の後ろを追いながら、真美の脳内は、石灰と同じく真っ白気になっていた。
(ばくっ! ばくっ! ばくっ!)
渡辺は黙ったまま、石灰の袋をホームベースの横に下ろすと、一歩下がった。両腕と胃のあたりが、石灰で白く汚れていた。
(うわぁっ! 学生服を汚させてしまった! 何か言わなくては……。そ……。そうだ。お礼だ! で……でも……。こ……声が出ない……)
呆然としている真美を見ることもせず、渡辺は彼女に背を向けて、腕や腹についた石灰を叩き落としながら、校舎へと走っていった。
(ばっくん! ばっくん! ばっくん! せ……石灰を運んだから……。……僕の気持ち……。…絶対にばれたよな……)
渡辺は、役に立てた嬉しさと同時に、ものすごい羞恥心が沸き上がっていた。
やっぱり……。声を出(だ)せなかった……。
なぜ……。声が出(で)なかったの……。
どうして……、
私は彼と……。
僕は彼女と……。
話せないんだろう?
やがて10月になった。体育祭の恒例行事。フォークダンス……。
時計と逆回りに、男子生徒と踊っていた真美は、時計回りにきている渡辺の姿を見つけた。
(とくん……)
渡辺が、近づいてきた真美を見つけた。
(とくん……。わくっ! わくっ! あせっ! どきっ! やばっ! は……恥ずっ! 心臓の音、聴こえちゃったりして…… 。でも……。……確実に……一緒に踊れる……)
二人とも全く同じことを考えていた。
手をつなぐ。肩を抱く。くるっとターンさせる。氏家さんを僕の腕の中で……。
手をつなぐ。肩を抱かれる。くるっとターンする。渡辺君の腕の中で……。
……きっと……、最初で最後だ……。
二人とも、これだけは確信していた。
(だって、絶対に話しかけられない……。……勇気がない……。『好きです』って言えない……)
あと二人というところで、彼等の心臓は爆発寸前だった。
ばっくん! ばっくん! ばっくん!
ああ、初めて握る手……。柔らかいのかな? 温かいのかな?
抱いた肩は小さいのかな?
抱かれた胸は広いのかな?
二人は、無表情のままお互いの手を取った。完全に、頭の中は真っ白気だった。
(えっ……と……。えっ……と……。気がついたら……、手を……離していた……。
有りかぁぁぁぁぁ――――!)
フォークダンスが終わった後、二人は別々の場所で、同じことを考えて頭を抱えていた。
な~んにも……。覚えていない……。
えっと……。えっと……。
どんな顔していたっけ? どんな手だったっけ?
肩……。抱かれたよね……。
肩……。抱いたよな……。
覚えていなぁぁぁぁ―――い!
こうして、彼ら二人が接触する機会は、見事、無記憶の状態で失われた。
1月。高校を決めるための三者懇談が行われた。
真美の第一希望は、N西女子高校。次が共学のY高校だった。このどちらか決めかねていた。
真美が母親とともに、教員室に入ろうとしたら、渡辺も父親とともにやってきた。
(どきっ! えっ? 時間が一緒だったの?)
久しぶりに見た渡辺に、真美は口から心臓が飛び出すかと思った。
(どきっ! えっ? 氏家さんと同じ時間?)
渡辺も、真っ直ぐに真美を見た。
しかし……、……今さら……、だよね……。
二人は思った。
何気に担任の席を見たところで、二人は固まってしまった。通路を挟んで、背中合わせだったのだ。
わ……渡辺君の話が、聞こえるんじゃないの?
う……氏家さんの話が、聞こえるんじゃないのか?
二人とも、背中に大きな耳ができてしまった。お互い、それが分かっていたが、逃げ出すことはできない。内情を全て聞かれてしまうと、覚悟した。
「N高校だったら、真ん中あたりの学力で受かる可能性がありますね。確実なのはY高校ですが……」
九組の担任が声を発した。N高校は、N市学区では最高レベルの高校だ。
(渡辺君。N高校志望か。頭、いいんだ。でも……。私と同じ状況なんだな。合格に賭けるか、レベルを落とすか話している。Y高校だったら……)
(氏家さん。僕と同じなんだ。N西女子高にするかY高校にするか、迷っているんだ)
「どうします? レベルを落として確実を狙うか、それとも挑戦するか」
二人の教員が同じ言葉を発した。
「N高校に挑戦します」
渡辺の声がした。
(そ……っか……。挑戦するんだ。N高校は私の家から一番近いな。でも、N高校へ行かれるほどの学力は、私にはない。私も、N西女子高に挑戦しよう)
「N西女子高を受験します」
真美も、渡辺に聞こえる声を発した。これでもう、二人は絶対に、同じ学校へは進学しない。中学を卒業したら、会うこともないだろう。
それでいい……。「とくんっ……」とは……、……さよならだ……。
真美は、お互い好きだったのに、結局はどちらからも言い出せなかった、渡辺と自分に別れを告げた。
卒業式の後(あと)、二人はお互いを探した。でも……、見つけることはできなかった……。
二人はそれぞれ志望校に受かっていた。
(もう、二度と会えないだろうな……)
渡辺は、校門を振り返った。真美も同じように校門を見つめていた。
二人とも、背中にすっと、カッターナイフが滑ったような気がした。
渡辺君が切り離された?
氏家さんが切り離された?
……何となく……。 そう思った……。
真美は、高校に入っても、渡辺を忘れることはなかった。
真美の家は高原へと向かう山の中腹、観光道路沿いに建っていた。道を上(のぼ)っていくと、高原や西の山の中腹に建つ、N西女子高へと降りられる山道にもつながっていた。
その道を下るとN高校があり、運動部のランニングコースだ。帰路、N高校の運動部生徒とすれ違う。
秋になった。
真美の家は、道路の下に建っていた。一階へと下る道の途中にプラムの樹があり、毎年たわわに実がなる。大きな樹なので、てっぺんがちょうど上の道から手が届き、美味しいプラムの実を失敬していく通行人が多かった。その日真美は庭にいた。
(ん? にぎやかだな。もしかして……)
真美がプラムに近づくと、N高校の男子生徒たちが、上の道からプラムをもぎ取って食べていた。
真美はため息をつくと樹の下に立って、彼らを見上げた。
「この樹は自生しているんじゃなくて、わが家のものなのですよ?」
言った瞬間、真美は驚きで大きく眼を見開いた。しゃがんでいる男子が、ちょうどプラムを半分かじったところで彼女をびっくり眼(まなこ)で見下ろしていたのだ。
(わ……渡辺君? そうだ。彼だ!)
彼を確認した瞬間、真美の心臓が跳ね上がった。
(どっきん! どっきん! どっきん! ま……。まさか、自宅で会っちゃうなんて……)
いち。
に。
さん。
(この間合い……。絵具を洗い流していた水場で見つめ合った時間と同じ長さだ……)
思った瞬間、渡辺が立ち上がって逃げ出した。
(ばく・ばく・ばく・ばく・ばく!)
渡辺の心臓の音は、尋常じゃなかった。
(う……氏家さんち? 嘘だろ? 俺……。俺……。氏家さんちのプラムを……。
盗み食いしちゃったぁ――――!)
渡辺は自分が「燃え盛るマッチ棒」になっていると思った。
(顔……じゃない……。俺の頭……。全部、燃えてるぅ―――――!)
もう二度と、会うことはないだろうと思っていた二人。なんと、間抜けた再会だろうか?
(俺……。俺……。もう、この道、通れねぇ……)
渡辺は、その時はマジにそう思った。
(こっぱずかしくて、どの面下げて、この道が通れる! でも……。でも……。会いたい……。それに……。バスケット部のランニングコースだ。行きません……。とは……、言えない……だろ?)
それからの真美は、N高校の生徒が上ってくると、渡辺を探すようになった。
(渡辺君なら……。すぐに分かる。あっ……。上ってくる……。相変わらず……。華奢で柔らかい雰囲気をまとった、きれいな顔立ち……、きっと、もてるんだろうなぁ)
渡辺も同じだった。
(あっ……。下ってきた……)
展望道路を下りてくる真美の姿を見つけると、ぎりぎりまで見つめていた。
(元々モデルみたいな女の子だったけれど……。一段と加速したよな……)
どきんっ! どきんっ! どきんっ!
すれ違う時、二人の心臓の音はきれいに重なり合っていた。それでも、二人が歩み寄ることはなかった。絶対に無視した。
「なんとも思っていません……」
そんな素振り……。
私……。
俺……。
上手(うま)すぎるよ……。
やがて受験シーズンになり、渡辺の姿もなくなった。
これで本当にもう……。
渡辺君と
氏家さんと
二度と会うことはないだろう……。
その後、二人の人生が接することはなかった。しかし、心の奥底に残っている彼の姿を、真美が忘れることはなかった。
彼は15歳のままだったし、17歳の時の姿も鮮明に残っている。でも……。その年齢で……、真美の中に住む渡辺の時間は凍結した……。
真美は23歳になっていた。
休憩中、同年齢の女子社員三人から声をかけられた。
「氏家さん! あなたY中学の出身よね?」
「ええ……」
なぜ聞かれたか分からないまま、頷いた。
「祐也知らない? 渡辺祐也。バスケットがとっても上手な人なの。祐也がね。今度、試合に出るのよ。私たち、応援に行こうと思うんだけれど、祐也と同じ中学出身のあなたがいたら、祐也に近づけるかなって……」
(知っているなんてもんじゃない。今でも、一番好きな人だ。まさか……。今頃になって、名前が出てくるなんて……)
「知っている?」
再び確認された。
「ええ。中学生の時もバスケット部だったわ。彼のプレイも見たことがあるわよ」
「すてきでしょう! 祐也!」
「ハンサムだし、バスケットやっている姿は、本当にかっこいいの!」
(違う中学。違う高校。でも、渡辺君を知っている……。しかも、名前を呼び捨てにしている。まるで、有名アイドルだ……。彼……。どんだけ、すてきになっているんだろう)
真美を見つめている、渡辺の眼差しを思い出した。
(渡辺君が……。全く知らない人みたいよ……。すごく遠くに行っちゃった……)
私たちは……、もう……、きれいに……、重なり合わない……。
「一緒に行かない?」
(『うん』。そう言うのは簡単だ。でも……、今、行ったら、好きだってばれる……。そんなこっぱずかしいこと……。できない。それに……会ったら、……この気持ちが、さらに加速する。でも……、告白なんて……、絶対にできない……。会いたい! 行きたい! 会いたい! 行きたい!)
その思いを振り切って、真美は彼女たちに告げた。
「ごめんなさい。私……、行かない」
言った瞬間、真美は、これでもう完全に、彼との接点は失われたと思った。
(切ったのは私……。チャンスはいくらでもあった。ただ……。私たちは、あまりにも似すぎていたのだ。自分のことを好きなことも、分かっていたのに……、どちらもそれを、言い出せなかった)
「勇気」の欠片を持っていなかったそっくりさん……だった……。
彼は17歳の姿で凍結されている。私の中で老いることはない。きっと……、彼の中の私も……。17歳で凍結され、彼の中で老いることはないだろう。何年経っても、何十年経っても……、私たちは少年と少女のままだ……。
その一歩が踏み出せなかった私たちは……。「ラブ・ストーリー」にならなかった……「ラブ・ストーリー」を……。中学生時代……、共有していた……。
あれから30年が経った。
最近よく、渡辺君の夢を見る。フラッシュのように、見つめ合った時の眼差しが、鮮明に脳裏で点滅する。パシャッ! パシャッ! て。どうしているのだろうか? 探してみようか……)
封印していた秘密を、渡辺君と同じN高校出身の心友に話した。彼は親身になって消息を調べてくれた。でも……。高校生時代の実家の住所までしか辿れなかった。
あれほどに……、中学生時代、何度も何度も横に並んだのに……、一度として、二人の人生が交わることはなかった。
一度でも二人の人生が交わっていたら、きっと今とは全く違った人生を、歩んでいただろう。
何となく後悔がにじみ出る……。渡辺君と一緒に歩いてみたかった……と……。
でも、分かっている。真美と渡辺の人生は、けっして交わらないという「運命(さだめ)」だったのだ。
真美はパソコンを起動させた。
彼女の中に住まう、年を重ねるごとに美しさを増しながら凍結している、15歳の渡辺君との思い出を……書き残した。
(いつか、このお話が本になったら……。最後の消息場所。渡辺君の実家を訪ねてみたい)
……一言……。
「中学生の時……。私はあなたが……、とても好きでした」
(そう、書き添えて……。渡したい……)