逃がさない

作家: 貝人
作家(かな):

逃がさない

更新日: 2023/06/02 21:46
ホラー

本編



数年前のある夏の日の朝、私は変な物音で目を覚ました。

時間は朝の四時。

子供の泣き声が聞こえてくる。
当たりはまだ薄暗く窓から外を見ると、誰も歩いていない。
声はどうやら隣の家からだ。

ドゴッと鈍い打撃音が聞こえると、子供の泣き声は収まった。

虐待かと疑ったが、確証もないので私はその日はもやもやした気持ちを抱えながら再度床についた。

また朝の四時に子供の泣き声が聞こえてくる。

しばらくすると前回と同じ打撃音が聞こえてくる。
子供の泣き声はまたそこで止まった。

毎日、毎日、決まった時間の泣き声と打撃音。

私は心配になり、不動産屋に行き、賃貸契約を担当してくれた木村さんに話をした。

「毎朝、四時に子供の泣き声と打撃音がする」

木村さんは訝しげな顔をして、私に質問をしてきた。

「えっとお隣の205号室からですか?」

「はいそうです。普段生活音とかは全く聞こえないのですが、朝四時に決まって、子供の泣き声と打撃音が聞こえるんですよ」

「そうですか……。少しお調べしますね」

この時、私は木村さんが、何故怪訝な顔をしていたのか、全くわかっていなかった。

木村さんとの会話も終わり家に着くと

オギャー オギャー 

と泣き声が聞こえてくる。

猫でもいるのかな? と私は思い辺りを見ても猫はいない。

妻や友人に赤ちゃんの泣き声がずっと聞こえると話をすると、精神病院に行く事を勧められた。

何故ならこの時は、妻や友人には赤ちゃんの泣き声は聞こえていなかったから……。

私が家にいると、赤ちゃんの泣き声は四六時中聞こえている。

朝四時には子供の泣き声と鈍い打撃音。

正直、私の頭がどうかしたのかと思い悩んでいた。

ある日私は友人を自宅にまねき検証をする事にした。

検証方法は簡単だ、スマートフォンの録画機能を使って、幻聴じゃない事を証明するだけ。

友人は撮れる訳はないと笑っていた。

録画機能を付けたまま、友人とゲームをしていると赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。

「今聞こえただろ?」

友人に問いかけると友人は

「は? なんも聞こえねーし」

と言ってくる。

私は検証に使っていたスマートフォンの録画機能を止め再生してみた。

スマートフォンの録画の中には

オギャーオギャー

と赤ちゃんの泣き声が入っていた。

友人も私の幻聴じゃないと認めてくれた。

だが私には対処する術がない。

漫画やアニメのヒーローみたいに、都合よく力に目覚めるわけもなく、ただただ現象に耐える日々が続いた。

ある日友人といつもの様に、スマホを録画機能にして、自宅で遊んでいると

「…………けて」

と何度も聞こえてくる。

私は声のする部屋の隅に行き、耳を近づけてみると

私の耳元でハッキリと

「助けて」

と女性の声が聞こえた。

私は慌ててその場から飛び退いた。

友人には聞こえていないく、録画を確認すると

「助けて……オギャー! オギャーオギャーオギャー助けて」

と私達が気づかなかった音声も微かながらに録画されていたのだ。

私達がゾッとしていると、木村さんから電話がかかってきた。
余りのタイミングにドキドキしながら通話にでると

「もしもし○○不動産の木村です。いつもお世話になっております、お話を頂いてた子供の泣き声の話なんですが、205号室は高齢の方が住んでいて、子供はいないんですよ。203は空き部屋ですし……」

私は疑われているのかと思い

「えっそんなまさか……私が嘘を言ってると?」

と木村さんに問うと

「いえ、そう言う訳ではなく、私達も事実確認の為、アパートの下の階の方にお話を聞きに行ったんですよ。すると、お客様と話されている時間に同じ音を聞かれてるみたいなんですよ。それはもう何年も続いてると……」

「何年も!?」

「はい。そうなんですよ。私達も知らなかったもので……」

木村さんと二、三話をし引っ越す旨を伝え電話を切った。

下の階の人達は、恐ろしい事に何年も続いているこの異常な状況に慣れてしまっているらしい。

翌る日友人と自宅で引っ越しの話をしていると

「逃がさない」

とはっきり女性の声で聞こえてきた。

思わず私と友人は顔を見合わせてしまった。
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朗読者

逃がさない

語り手: 道野 草太 🕯怖い話を読む人 / 語る人🕯
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