Halloween's treat -ハロウィンズ トリート-

作家: 美月紫苑
作家(かな): みつき しおん

Halloween's treat -ハロウィンズ トリート-

更新日: 2023/06/02 21:46
その他

本編


十月の最終日。今日は街もいつもより楽しく賑わう声があちらこちらから聞こえてくる。
我が家もその為の準備を整えており、ビーっと呼び鈴が鳴ると、コンコンコンと玄関のドアがノックされる。
その後には小さい子特有の高い声で待ちきれないとばかりに大きな声が聞こえる。
「トリックオアトリート!!」
「はいはい、ちょっと待ってねー。」
なんていう返事が訪問者に聞こえないのを分かっていながらも返事をしながら急いで、用意しておいたお菓子を持って玄関を開けると様々な仮装をした子供たちが扉の前で待ち構えており、小さな体には大きく思えるカボチャランタン型の籠をぶらさげていた。
もう既に他の家で貰ってきたであろうお菓子がその籠から顔を出していたり、我慢が出来なくてこの家に来る途中で食べてしまったのか口の周りにチョコレートを付けている食いしん坊の子がいたりとその様子を見るだけでハロウィンらしさを感じられてこちらが仮装などしていなくても、街へ繰り出さなくても充分楽しめる。
「はい、お待たせしましたー!」
小さな笑いをこぼしながら、一人一人にお菓子を詰め合わせた袋を手渡していく。
キャンディ、チョコレート、クッキー、小さなスナック菓子……
事前にハロウィンには子供たちが家々をまわっていくのでお菓子の用意をお願いしますというのと、アレルギーのある子がいないかなどの連絡がまわってきていたから、こうしていきなり家を訪問されても事前にお菓子を用意していられている。
けれど、これはただ子供にお菓子を配るだけじゃなくて、何かあった時に近所の大人に頼りやすいようにしている大事な地域行動の一つ。
数年前からこの取り組みが始まったけれど、子供たちはただでお菓子がもらえる行事だと思っているだけのようで、貰ったお菓子を見せ合いっこしていたり、すぐに食べ出そうとしたりと自由にしていた。
そうして全員にお菓子を渡すと子供たちはとても喜んでいた。
「ハッピーハロウィン。」
「ハッピーハロウィン!!お菓子有り難う!」
そう言って小さなお化けさん達は嬉しそうに手を振って帰って行った。
彼らの後ろ姿を見送って、家に入ろうとすると視界に先程の子達とは違う子供が映った。
「あれ、もう来る予定だった子達は全員来たと思うんだけど……。」
けれどやっぱり門扉の傍で一人佇んでいる子がいた。
仮装にしてはあまりに質素な格好で、例えるならシーツをお化けの被り物に見立てたくらいの簡易な仮装だった。
緩く襟ぐりの開いたTシャツは薄汚れた感じで、ズボンも半ズボンでこの時期にしては寒そうなもの。腕などに包帯のような布が所々巻かれているような感じにも見える。
何の仮装だろうかと思いながらその子の様子を見ていると、近くに大人もいないし一人で来たのかもしれない。さっき他の子達がいたからお菓子がもらえる家だとは分かっているみたいだけど、どうしたのだろう。
小さくもじもじとしていて、恥ずかしそうな様子にも思えてこちらに来るのを躊躇っているようだ。
「もしかしたら来る予定の人数のお知らせが間違っていたのかも。まだお菓子あったかな……。」
一人で知らない家に行くのに抵抗があるのだろうかと思って、こちらから声を掛けることにした。この家が少しでも安心できる場所なのだと思ってもらう為にも。
「そこに居る子もお菓子あげるから、おいでー。」
手招きをしてその子供を玄関近くまで来させた。
声を掛けると驚いたように飛びあがって周りをキョロキョロと眺めて自分が呼ばれているのだと分かると、遠慮がちに近付いてきた。
「ちょっとここで待っててね。お菓子取ってくるから。」
家を訪れた子供たちに配る為に用意していたお菓子の残りと、少し余分にと買っておいたお菓子袋を手にして、あまり遅くなっても良くないからと急いでキャンディのようなポンポンがついたリボンで飾って先程の子に渡す用のお菓子を用意した。
「お待たせしましたー。」
全然待っていないと首を振って、でも視線はどう頑張ってもお菓子から離せないとでもいうように持ってきたお菓子袋に釘付けになっていた。
「それじゃあお菓子渡す前に、今日はハロウィンなんだからせっかくだし、合言葉をもらってもいいかな?」
「えっと、と、トリックオア……トリート。」
少し戸惑ったような、照れたような表情でその子はお菓子を渡すための合言葉を小さな可愛らしい声で答えてくれた。
「はい、ハッピーハロウィン。」
「ありがとう……!」
先程の子達と違って籠も持っていないようで、何か袋でも渡すべきだろうかと悩んでいたけれど、その子は中に何が入っているのかキラキラした目で見つめ、数を数えるようにじっくりと眺めていた。
「持って帰れる?手提げ袋もいるかな?」
「ううん。これで、還れる。ありがとう。」
そう言ってお菓子を持ったその子供は笑顔でお菓子毎すうっと消えてしまった。
「……あら、あらあら。」
どうやら先程の子供は仮装をしてお菓子をもらいにきた近所の子供たちとは違った存在だったらしい。
つまりあの格好は仮装でも無く、あの子自身の私服だったのだ。
初めてみた本物にあっけにとられながらも、どこか納得したような気持ちになった。
ハロウィンは元々死者が戻ってきて仮装した人に紛れて生者に会いに来るとかいう事を聞いたことがある。
そんな日だから、街に本物が混じっていてもおかしくないのかもしれない。
あの子はお菓子を手にできたから還っていけたとでも言うのだろうか?
先程の言葉を思い返しながら一つ決めたこと。
「来年はもう少しお菓子を多めに用意しておかなきゃかな?」
もしかしたら来年はこの家なら自分達もお菓子を貰えるという子達が来るかもしれない。
そんな未来の事を想像しながら、もう今度こそ誰も居ないことを確認して家の中に入った。
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