ビターバレンタイン

作家: 恋本麻由
作家(かな):

ビターバレンタイン

更新日: 2023/06/02 21:46
恋愛

本編


「はい、これあげる!」
「えっ……?」
突如彼に差し出されたものは、ラッピングされた四角い小箱であった。彼は小箱を見ると、驚いたように目を丸くした。
「これを……俺に?」
「アンタ以外に誰がいるのさ、まったく……」
彼女は呆れて溜め息をついたが、彼は固まっておりその場から動かなかった。
「ほら、さっさと受け取って!」
「あっ、えっと……」
彼は我にかえると彼女の方を一瞥したが、一向に受け取ろうとはしなかった。
「有難いけど今渡されても困るんだよ……ほら?この学校、お菓子類の持ち込み禁止だろ?」
「あっ、確かにそうだった!」
「だから、また放課後にでも渡してくれ……」
彼女が小箱を鞄に仕舞い込むと、彼は困ったような笑みを浮かべた。
その後二人は他愛のない会話をして、学校へと向かった。


放課後を告げるチャイムが鳴った。
彼女は彼を迎えに教室へと向かっているときであった。
「私……先輩のことが好きです……!」
聴き覚えのある声に足を止めると、もう彼の教室に着いていることがわかった。
ドアからそっと中を覗くと、そこにいたのは彼と後輩であった。
後輩の表情は今まで彼女が見てきたものとは違っており、それは彼に至っても同じであった。
緊張感が漂う中、彼女の額からは冷や汗が流れていた。
この場から離れようとするが、彼女の体は張り付いたように動かなくなっていた。

そんな時、彼が口を開いた。

「俺も……君が好きだ」

その言葉は彼女を貫くのに充分だった。


次にドア越しに見えたものは、後輩の嬉しそうな顔と彼の照れくさそうな笑顔であった。
目を逸らして逃げようとしたその時、クラスメイトのカップルと遭遇してしまった。
「あれ?どうしてここに……?」
「帰ったんじゃなかったのか?」
彼らも何事かと教室から出ていき、必然的にここにいることかバレてしまった。
「どうしたんですか?先輩」
「お前……なんで?」
彼女は何も言わず、ただ顔を真っ赤にしてその場から逃げ出した。
「おい、どうして逃げるんだ!?」
呼びかけられていたが、今の彼女の耳には入っておらず、ただただ一心不乱に走っていった。


学校の敷地から出ると、彼女は走るのをやめて呼吸を整えた。整えると同時に目からは涙がポロポロと溢れ出した。
ハンカチを取り出そうと鞄を開くと、真っ先に出てきたものは今朝の小箱であった。
「もう……渡しそびれちゃったじゃん……」
彼女は苦笑いしたが、やっぱり涙は止まらなかった。
やがてハンカチで涙を拭くと、鞄から取り出した小箱をじっと見つめた。それからリボンを外し、色紙を破くと真っ白な小箱が姿をあらわした。ふたを開けるとチョコレートを一粒、口の中に放り込んだ。
「……苦い」
そのひとことだけ呟いて、そのまま帰路へと歩いていった。
0