鳥居の先になにが見える? ~六十一・初キッスはレモン味?~

作家: 稲荷玄八
作家(かな): いなりげんぱち

鳥居の先になにが見える? ~六十一・初キッスはレモン味?~

更新日: 2023/06/02 21:46
SF

本編


 誰だよそんなこと言ったバカはと、俺は思う。
 教室のベランダで独り空を見上げ、ぼーっとしている時にふと思ったことだ。グランドや体育館からは部活連中の歓声が聞こえてくる。高校三年間という貴重な時間をあいつらは汗水垂らすことによって青春とするのだろう。校門を見れば、参考書片手に友達とワイワイやりながら帰る連中も見える。あいつらは勉学に励むってことだわな。両者ともまったくもって素晴らしいよ。

「ま、俺からしてみればくそくらえって感じだけどな」

 違うだろ、もっとこうあるだろ、健全な男子高校生ならさ。部活も勉学も大事だよ? だけどあるじゃん、もっと大事なことがさ!

「なに独りで黄昏てんのよ、あんた」
「……うるせえな」

 一人悶々としていると、一番会いたくないのが教室に入ってきた。俺のぶっきらぼうな答えに憤慨しながら近寄ってくる。

「うるさいとはなにさ、せっかく心配してあげてるのに」
「あーあ、そりゃありがたいこって。ありがたいついでにほっといてくれませんかねえ」
「何よその態度、感じ悪」

 これだけ悪感情を隠さずにいるというのに、勝手に隣まで来て俺と同じようにベランダの手すりから身を乗り出す。

「あー風がきもちいいね、ここ」
「お前にそんなことわかるわけねえじゃん」
「ほんっと失礼。私にだって情緒を楽しむ感性くらいありますぅ」
「ねえって」

 なおも文句を言ってくるが俺は無視する。頬をふくらませて不機嫌さをアピールする仕草に、吐き気を催す程怒りがこみ上げるが。俺はなんとか耐えた。

「ね、私と付き合わない?」
「唐突になんだ、気持ち悪い。寝言は寝て言え」
「だってあんた、青春を運動にも勉強にも捧げたくないんでしょ? なら残るは恋愛かなって」
「だからってお前とはねえよ」
「なんでよ、これでも私あんたの幼馴染なんだけど?」
「笑わせんな」
 
 この会話を続ける気のない俺は教室に戻り自分のカバンを手に取る。あとを追うようについてくるが俺はそれを手で制した。

「なんで? 家も隣同士だし、一緒に帰れば効率的じゃん」
「効率とかどうでもいいわ。とにかく俺はお前となんて絶対に一緒に帰らない、何があってもだ」
「高校一年の時は一緒に帰ってくれたのに」
「それはお前じゃなくて”幼馴染”だからだよ。”お前”じゃない」
「何言ってんの? 私が幼馴染でしょ」
「違うッ!!!」

 俺はカバンを乱暴に投げつける。ビクともしないのは分かっている。それでもやらずにはいられなかった。

「何するの、痛いじゃん」
「嘘つけよ」
「いいからさ、私と付き合って、一緒に帰ろうよ? 私とならあんたの望んたこと全部出来るよ?」
「黙れ、これ以上しゃべるな」
「キスだって、初体験だって私とならどんなプレイでも」
「喋るなって言ってんだろうがこのくそ人形が!!!」

 俺の言葉に体を震わせ、張り付いた笑顔で止まる。

「俺の”幼馴染”は死んだ! お前は幼馴染の両親が買った”自動人形”だろ、いくら見た目や記憶、思考回路が似ようともあいつじゃねえ! だからお前となんか仲良くできねえし、なるつもりもねえ。わかったら俺に二度と関わるな!」
「”自動人形”差別は国際規約に反するものだけど、いいの?」
「知ったことか。これ以上俺とあいつの仲に土足で踏み込んでくるな、壊されたくなかったらな」
「あんた以外はみんな受け入れてくれてるのに。てゆうか”自動人形”は世間的にも普遍的になっているのに」

 ”幼馴染”の両親も、俺の両親も。クラスメートもみんなみんな普通にこいつを受け入れている。俺にはそれが信じられない。

「”自動人形”と恋愛だって出来るんだよ? 性行為だって出来るし、子供も作れる。なにがそんなに不満なの?」
「俺の”幼馴染”なら、そんなこと言わなかったからだよ」
「そっか、それは学習不足だった。ちゃんとフィードバックしていかないとね」
「俺には関係のないことだ」
 
 俺の送りたい青春は絶対に掴むことのできない夢となった。ほかの女なんて、まして自動人形相手なんて絶対にない。この先、何があってもだ。
 俺は投げつけたカバンを拾い踵を返す。これ以上ここにいても無駄だ。

「●●君」
「てめえがその名で呼ッ!?」

 振り返った俺の唇に暖かくて柔らかいものが当たる。それも一瞬のことですぐに離れた。

「いつか、振り向かせてみせるから」

 そう言って奴は小走りにかけて教室を出た。
 あまりの出来事に、俺は呆然と立ち尽くすしかできない。

「……なにが初キッスはレモン味だよ。ゴムみたいな味だったぞ」

 
0