『山のあなた』
『山のあなた』
更新日: 2023/06/02 21:46その他
本編
男が一人ベットの横に座っている。ベッドには父親が寝ている。
男はゆっくりと父親に語りかけ始める。
「でさ、『山のあなたになほ遠く「幸」住むと人のいふ。』
って詩を読み終わった後、大泣きしたろ。
結婚式で泣く父親なんか初めて見たって笑うんだよ。」
男は父親の顔に自分の顔を近づける 。
「息、静かになったね。
痰の吸引はしなくてもよさそうだね。」
「ちょっと血色悪いね。
聞こえる、父さん。」
「父さん、今年喜寿だっけ。
俺が厄年だから、そうだよね。
伯母さんたち、お祝いに来るかな?
結婚式の話されるかもね。」
「寒いね。
今日は雪だよ。」
「静かだね。
今日は積もるよ。」
「母さんは、寝てるよ。
俺がここにいるから、明るくなるまで寝かせてあげるよ。」
「血行悪そうだから、マッサージしとこうか」
男は手のマッサージを始める。
「相変わらず大きい手だね。
グローブみたいだよね。
ほんと・・・力仕事してきた手だよね。
よく肩車してくれたよね。」
「泣いてると必ず肩車してくれた。
中学になってからも肩車しようとしたろ。
結婚式の時、泣いてたんだ、俺も。
気がつかなかっただろ。
気がついてたら飛んできた?」
「足もマッサージしとこうか。」
男は傍らから瓶を取り出す。
「足のマッサージは馬油(ばーゆ)使うんだよね。
足先から上だよね、わかってるよ。」
男は馬油を手に取り、マッサージを始める。
「さらさらだけど、においきついね。
・・・冷たい足だ。
つるつるだ。すね毛もなくなっちゃうんだね。
獣臭かな。 馬の油ってかいてあるもんね。
かみさんがね。動物飼おうかって言ってるんだ。
子供も出て行ったし、でも、ほら 俺、犬猫駄目じゃない、 アレルギーで。
だから、魚はって聞いたら、触れないからダメだって。
毛があるものがいいんだって。
モフモフしたいんだって。」
男は父親の顔を見る。
「今のその顔をみせたら伯母さんたちびっくりするよ。
スキンヘッドで眉毛もなくなって。
ハムスターとか・・・
リスなら大丈夫かな。」
「冷たいままだ。父さん・・・」
男は足に手を置いたままうなだれる。
「伯母さん宛ての手紙読んだよ。
出さなかったんだね。」
「小学生の頃は、よく連れてってくれたよね、伯母さん家。
伯母さんね、もうだれも住んでないじいちゃん家にも連れってってくれたよ。」
「そこに、リスがいた。
がりがりに痩せたリスが。
遠くを見てる。」
「父さんが、ここでご飯炊いてたって、麦藁で、ご飯炊いてたって。
そこの竈も見せてくれた。
あっと言う間に燃えてしまうから、炊き上がるまで、ずっと、かまどの傍にいて、詩集読んでたって。
みんなで期待して学校出してやったのに、詩ばっかり読んでたって・・・」
「何を見てたんだろう・・・」
男はポケットから手紙を取り出し、読み始める。
「ごめんね。ごめんね。ごめんね。姉ちゃん。
恩返しできなくて。」
「伯母さんにあっても、手紙は見せないよ。」
「寒いね。
寒くて静かだよ。」
「父さん。
聞こえてる。」
「父さんはね・・・」
「謝らなくてもいいんだよ。」
「静かだね。
今日は積もるよ。」
「おやすみ父さん。」
父親の息が静かになっていく。
0男はゆっくりと父親に語りかけ始める。
「でさ、『山のあなたになほ遠く「幸」住むと人のいふ。』
って詩を読み終わった後、大泣きしたろ。
結婚式で泣く父親なんか初めて見たって笑うんだよ。」
男は父親の顔に自分の顔を近づける 。
「息、静かになったね。
痰の吸引はしなくてもよさそうだね。」
「ちょっと血色悪いね。
聞こえる、父さん。」
「父さん、今年喜寿だっけ。
俺が厄年だから、そうだよね。
伯母さんたち、お祝いに来るかな?
結婚式の話されるかもね。」
「寒いね。
今日は雪だよ。」
「静かだね。
今日は積もるよ。」
「母さんは、寝てるよ。
俺がここにいるから、明るくなるまで寝かせてあげるよ。」
「血行悪そうだから、マッサージしとこうか」
男は手のマッサージを始める。
「相変わらず大きい手だね。
グローブみたいだよね。
ほんと・・・力仕事してきた手だよね。
よく肩車してくれたよね。」
「泣いてると必ず肩車してくれた。
中学になってからも肩車しようとしたろ。
結婚式の時、泣いてたんだ、俺も。
気がつかなかっただろ。
気がついてたら飛んできた?」
「足もマッサージしとこうか。」
男は傍らから瓶を取り出す。
「足のマッサージは馬油(ばーゆ)使うんだよね。
足先から上だよね、わかってるよ。」
男は馬油を手に取り、マッサージを始める。
「さらさらだけど、においきついね。
・・・冷たい足だ。
つるつるだ。すね毛もなくなっちゃうんだね。
獣臭かな。 馬の油ってかいてあるもんね。
かみさんがね。動物飼おうかって言ってるんだ。
子供も出て行ったし、でも、ほら 俺、犬猫駄目じゃない、 アレルギーで。
だから、魚はって聞いたら、触れないからダメだって。
毛があるものがいいんだって。
モフモフしたいんだって。」
男は父親の顔を見る。
「今のその顔をみせたら伯母さんたちびっくりするよ。
スキンヘッドで眉毛もなくなって。
ハムスターとか・・・
リスなら大丈夫かな。」
「冷たいままだ。父さん・・・」
男は足に手を置いたままうなだれる。
「伯母さん宛ての手紙読んだよ。
出さなかったんだね。」
「小学生の頃は、よく連れてってくれたよね、伯母さん家。
伯母さんね、もうだれも住んでないじいちゃん家にも連れってってくれたよ。」
「そこに、リスがいた。
がりがりに痩せたリスが。
遠くを見てる。」
「父さんが、ここでご飯炊いてたって、麦藁で、ご飯炊いてたって。
そこの竈も見せてくれた。
あっと言う間に燃えてしまうから、炊き上がるまで、ずっと、かまどの傍にいて、詩集読んでたって。
みんなで期待して学校出してやったのに、詩ばっかり読んでたって・・・」
「何を見てたんだろう・・・」
男はポケットから手紙を取り出し、読み始める。
「ごめんね。ごめんね。ごめんね。姉ちゃん。
恩返しできなくて。」
「伯母さんにあっても、手紙は見せないよ。」
「寒いね。
寒くて静かだよ。」
「父さん。
聞こえてる。」
「父さんはね・・・」
「謝らなくてもいいんだよ。」
「静かだね。
今日は積もるよ。」
「おやすみ父さん。」
父親の息が静かになっていく。