鳥居の先になにが見える? ~三十四・テセウスの船~

作家: 稲荷玄八
作家(かな): いなりげんぱち

鳥居の先になにが見える? ~三十四・テセウスの船~

更新日: 2023/06/02 21:46
SF

本編


 交通事故に遭った。青信号をわたっていたはずだから、相手方の過失だ。
 僕が病院のベッドで目を覚ますと、その相手がいた。

「いやーすまんね、信号見てなかったわ」

 相手はヘラヘラと笑い軽く言い放つ。

「次からは気をつけてくださいよ、治るとは言え痛いのは痛いんですから」

 それに対して僕は不満を隠さず伝えた。
 
「ん、肝に銘じておくよ。で、費用だけど如何程になるって?」
「右足の骨が粉砕骨折らしいので切断するのと、臓器がいくつかダメになっているらしいので交換です。後は後遺症の問題なのでわかりませんが、ざっと30万ほどですね」
「おお、意外と安く済んだな。あれだけ派手に事故ったからもっと行くかと思ったよ」
「反省してくださいよ、もう」

 あまりにも反省の色が見えなかったので語気を強めておく。

「ああ、悪かった。これから交換作業かい?」
「ええ、大体一日程度でしょうか」
「それならいっそ新しい体に全部変えちまったほうが楽じゃないかい?」
「この体にも愛着がありますからね。僕、持ち物は愛で尽くしてから捨てるタイプなもんで」
「おお、どこかの政治家に聞かせてやりたいセリフですな」
「よしてください」

 二人で笑い合っていると修理工が声をかけてきた。

「またあんたか。いい加減新しい体にかえたらどうだ?」
「その話はもう終わってるんだよ。スペアの体はまだまだあるんだから、もう少しこの体を楽しむんだよ」
「はいはい。えっと、今年齢いくつだっけ?」
「体は20代、中身は200を超えたところかな?」
「おお、それなら今度一緒に飲みに行きましょっか。はねちゃったお詫びに」
「いいんですか? 僕結構強いですよ?」
「ははは、お手柔らかに」
「はいはい、無駄話してないで交換作業しますよー」
「よろしく頼みます。それでは、また」
「それでは」

 今や体はいくつも保管しいざという時に交換するパーツとして扱われている。それら肉体に意思はない。壊れたり古くなったなら幾度となく交換が可能で、擬似的とは言え人類の寿命はなくなった。
 僕という個体が、本当に僕と呼べるのかはもう、わからないが。
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