愛の詩

愛の詩

更新日: 2023/06/02 21:46
詩、童話

本編


黒い月が昇った。
地上へと落下する。
音楽をかけない
カナル式イヤホンと一緒に。
ドクン、ドクンと身体を這い踊る熱。
生きていることが気持ち悪い。
ギラギラと光る、
出来たばかりの道路のノイズに。
サイズ違いのサンダルが置いていかれる。
銭湯の湯気を感じる独特の、
懐かしいような匂いを通りすぎ、
むせ返るような
息もできない夏。
何もできない夏。
今日も、許せなかった。
愛せなかった。
もう、疲れたんだ。

燻(くすぶ)る 黒く焦げ付いた群青の跡で
錆びた銅を舐めた時と同じ。
名前の分からない虫が死んでいるのをみて
その虫を食べたかのような感覚を得る。
罪悪感で、その細部にまで目が離せない。
こんな風に死にたくはない。
せめて命おちる時は、
透明に、粒子に、溶け合うように。
最初から居なかったんだと。
全部夢であったと、思わせてくれ。
もう、許すことは出来ない。
あの頃に帰ることは叶わない。

小さな頃から繰り返し見る夢がある。
蝉の喚く昼下がり。曲名のない、
オルゴールの調子外れの汚い音に、
白く脆い空に、ディルフィニウムの花畑。
彼女らは 視界をねじませる暑さに
頭(こうべ)を垂れて、
太陽が死んでくれる日を
いまか、いまかと待っている。

その花畑の中央には、
私を待つ、白いワンピース姿の少女。
細く伸びた両手には、
白くて丸い何かを抱えて。
それに私が触れた時、
世界のすべてが砕け散るのだ。
少女の笑った口元だけが見える。
そして、白くて丸い何かに触れようとした時。
わっ、と目が覚める。

愛していた人が、
誰かに愛されなかったことを知った。
代わりになど、なりたくはない。
胸がすっとした。
もう価値は無くなった。
全部。

時折訪れる、何も出来ない日。
人として思考していたいが、
脳の内側から何かが湧き上がり
この世の色を奪う。

駆け引きなんてクソくらえだ。

涙が出るほどの空白ではない。
何かで埋めるまでもない。
きっとこの空白は、
そのままのほうがいいんだ。
考えないことだ。
あの時みたいに。
全部無くなれば。

愛されたくないんだ。
たいして痛くも無いのに。
閉ざしたその目の中で何かが泳ぎ
身体の末端がびりびりと疼く。

生きるなんて、
簡単なことじゃないか。

薬を飲んで
息をするだけ。

りんごジュースを冷やす氷が
熱に溶けてもそこにあるなら
意味なんてないじゃないか

どうか目の届かぬ処で
愛の幻を見てみたい

抱きしめられないなら
この手からすり抜けて

求めてもそこに無いのなら
心の穴を広げてくれないか

消えないならば
消えればいい。

それでも出来ないならば、
死んでしまえばいいんだ。

全部吐き出して
死にたいんだ。
綺麗になって。
夢だったように。

そんな顔しないで。
もう大丈夫だから。
心配しなくていい。

愛した人などいなかったんだよ。
愛された人はどこかへいったよ。

私にとっては愛なんて
ただ傷を残すことなんだ。

愛されないならそれは
その心に空いた穴は
何かを押し込めるより
走って、掴んで、
広げて、広げて、広げて、
世界が裏返るまで。

愛した人などいなかったんだよ。
愛された人はどこかへいったよ。
愛した私は偽物だったよ。
愛されたかった私はもういないよ。
愛してくれた人は幻だったよ。

抱きしめたいほどに、
まぼろしだったんだ。

陽炎が揺れて
ひたすらにぼやけた世界でも
目を覚ましたくないほどに
このままずっと生きて居たいほどに
愛しい、愛しい夢だったよ。
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